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赤レンガへ




「いや、そのままなんだけど、なんで怒ってるの?」

「私は用済みだとでも言うのかっ!」


 その言葉が耳に入ってから理解するまで、たっぷり5秒はかかった。

 笑いが込み上げてくる。自然とだ。


「くっくっくっ、あーっはっはっ!」

「なにがおかしいんだ!」

「い、いや、あまりに予想外の勘違いされたから、おっかしくって・・・」

「勘違い?」

「うん。陸軍の説得なんて、三歩にしか頼めないでしょ。それが私は用済みとか言うから、ぷっ」

「うあ、うああ・・・」


 見る間に三歩の顔が真っ赤になる。


「恋する乙女は、別れの気配に敏感やからなあ」

「かんっぺきに、捨てられそうな女の言動だったっちゃ」

「まあ、姐さんも女だし・・・」

「う、うるさいうるさーい!」


 かわいいなあと思いながら腕を振り回す三歩を見ていると、控え目なノックの後に大淀が顔を出した。


「あの、よろしいですか・・・」

「はいはい。どしたの?」

「えっと、紙やインクを補充できるあてがないので、月に数枚の報告書を作成して後世に残そうと思うのですが・・・」

「記録を残したいなら、好きにしていいよ」

「ありがとうございますっ。じゃあ、司令の業務は口頭での指揮のみですねっ」

「指揮、ねえ。三笠、僕は軍事知識なんてこれっぽっちもないよ?」

「ええねんええねん。艦隊を組むにも、マズイ編成なら大淀が意見具申するやろ。海戦も旗艦にはそれなりの娘を置くねんから、笠原はんはこの司令室にデーンと座って、大淀の尻でも撫でとったらええんや」

「はあ・・・」


 それでも、僕に出来る事があるなら手伝いがしたい。

 とはいっても、そんなに大層な事は出来やしないだろう。


「ああ、旗艦に乗り込むか」

「はあっ!? 何を言うとんねん・・・」

「僕がいればHPを回復できる。旗艦に乗ってて、戦闘後に飛行機でHPを回復して回ればいいじゃん」

「あかんあかん。人類の希望に、そないに危険な事させられへんわ」

「陸戦には出るからねえ。どっちにしろ危険はあるよ。大淀、今の状態で怨霊艦隊が来るとして、6人で迎え撃つならどんな編成?」


 軍隊手帳を出し、部隊表の解散にチェックを入れる。

 それだけで、三歩や僕の名前は消えた。


「そうですねえ。旗艦に海軍の誇りであり象徴である戦艦、長門さん。呉を攻める怨霊にはなぜか空母がいないので新鋭空母の葛城さん、それと修理を終えてやる気充分の龍鳳さんに艦攻と艦爆を満載して。ああ、経験値やレベルとの兼ね合いもありますから、艦種も考えた方がいいですね。一等巡洋艦の青葉さんと、一等駆逐艦からは、やはり雪風さん。潜水艦からは伊402さんといった感じでしょうか」

「ん、了解。・・・これで艦隊は組めたはず。この6人は艦に近い同じ部屋で、仕事はせずに過ごしてもらって」

「えっと、皆さん修理の手伝いをしてるんですが・・・」


 やはり軍隊は、ハードワークが当たり前って風潮なんだろうか。

 爺ちゃんが酔って歌う月火水木金金金とかってのは、土日なんて軍隊にないって歌だった気がするし。


「いつ来るかわからない敵を待ってるんだから、その間はゆっくり休ませてあげて。次の攻撃が終わったら軍港の外を車両で偵察に行くから、それが終わったらまた新しい艦隊を組もう」

「えっと、三笠さん?」

「まあ、好きにさしたらええ。陸での護衛はうちらの仕事じゃあらへんからな。ほいで、旗艦に乗り込むのはまだ禁止や。せめて長門のレベルが上がらんと、怖あて許可できひんわ」

「まあ、仕方ないか。じゃあ、それでお願い。長門達には、ゆっくり休んで戦闘になったら怪我しないように頑張ってと伝えて」

「わかりました。では、行ってきます」


 大淀に手を振って、三笠の向かいの応接セットに座る。

 ポンと、小さな箱が僕の前に置かれた。


「なんだこれ、煙草?」

「せや。兵隊はほとんどが好きやった」

「遠慮するよ。お酒にもまだ慣れてないし」

「さよけ。三歩殿、九三式装甲自動車を使うってほんまなんかい?」

「笠原はそのつもりのようですね。だが私が赤レンガに行くなら、その間は海に専念してもらうつもりです」


 海に専念って言ったって、何をすればいいんだろう。

 テーブルの地図で、呉の近海に何かないか探す。


「江田島と倉橋島は、こっちが確保してるんだよね?」

「せやな。その他は敵地と思ってくれてええ」

「松山か高松か、それとも岩国を叩いておいて陸軍を待つか・・・」

「ほう、マトモな戦略やんか。士官学校にでもおったんかいな?」

「まさか。普通の高校、こっちで言う中学に通ってたんだよ。それに、戦略なんて言えるほどの大した話はしてないでしょ」

「三笠殿、笠原のいた世界はトコトンまで戦争に負けてから、世界有数の国と言われるまでに発展したらしい。教育も高度なものだが、情報、たとえばそうだな。遊びまで、私達の常識では想像も出来ない技術が使われてたりするんですよ」


 原爆なんかの事は話してないけど、三歩達には僕のいた日本がどんな国だったのかは話してある。

 三歩は世界のあり方、三剣ちゃんはパソコンやゲーム、飛龍は飛行機、海鷹は船の話を聞くのが好きみたいだった。


「遊びに技術なんてあるんかいな?」

「過去の戦争を絵で再現し、自分が部隊を動かしてその戦争に勝つような遊びまであったそうです」

「なんやねんそれ・・・」


 ラジオがかろうじてあるくらいのこの世界では、パソコンどころかテレビの説明すら難しい。

 三歩達と寝っ転がって雑談をしていて、あまりの質問攻めに万年筆を取り出して絵で説明した事が何度もある。


「ところで三歩、赤レンガには行ってくれるの?」

「笠原が、呉から出ないと約束するならな」

「いいよ。正直、三歩が隣にいないと怖いし」

「・・・ふん。で、どこまで説得すればいいんだ?」

「出来れば全員で呉に引っ越し。この状況で関東に1つ拠点があるくらいじゃ、ほとんど意味がないからね。西を手に入れるのに、陸軍の力が必要だって言っといて」

「多少持ち上げたくらいじゃ、首を縦に振らんと思うがな・・・」


 陸軍は個々の戦闘力が低い。

 それに全員が歩兵として動けて戦車なんかも自在に動かせるとしても、圧倒的に数が足りないのだ。


「歩兵は数がいなきゃ意味がないよね。それを陸軍は理解してないの?」

「身に沁みて理解している。だが、認めはせんだろう」

「厄介だな・・・」


 陸軍はこの400年、かろうじて赤レンガの建物と飛行場を守り通していたと聞いている。

 反攻作戦のための合流なら、簡単に承知すると思ってたんだけど。


「僕も行くしかないか・・・」

「それでも納得してくれるかどうか」

「いや、僕が行けば希望者だけでもレベルとスキルを手に入れられる。それで関東から南下してもらうしかないかってね」

「だが、呉にも陸兵は必要だぞ?」

「そうなんだよねえ・・・」


 現在は陸から攻めてくるのは野良怨霊くらいだから、交代で10人ほどが呉軍港の門を守っているらしい。

 でもそんな状況がいつまで続くかもわからないし、軍艦で港の怨霊艦隊を潰しても、その後には陸戦の必要がある。

 どうしたって、歩兵は必要なのだ。


「陸軍のトップってどんな人?」

「九五式一型練習機殿だ」

「飛行機なの?」

「そうだ。赤トンボだよ」

「うえっ、僕は陸軍のトップを爆弾代わりにしたのか・・・」

「あれは九五式二型練習機だがな。穏やかだが、この400年を戦って1人の戦死者も出していない名将だぞ」

「頭のいい人なら、合流が必要でそれに適しているのは呉だって理解してくれると思うんだけどなあ・・・」


 地図をズームアウト。スワイプして関東を睨む。

 当時、敵は太平洋の向こうだった。

 北は確か、遥か西の同盟国にかかりっきりだったはず。

 だから基地は太平洋の沿岸と、大陸や東南アジアに近い西に多い。

 仲間を目覚めさせるにしても怨霊を倒すにしても、呉にいた方が都合がいいはずだ。


「仕方ない。出来るだけ説得してみるが、上手くいかなくても恨むなよ?」

「もちろんだよ。三笠、伊203に送ってもらえる?」

「揉めるだろうから、道中よりも赤レンガに着いてからが心配やなあ」

「三剣を護衛に付ける。どうかお願い出来ないだろうか?」

「ずっとそばにいるようにするっちゃ」

「それなら、まあええか。ほな、伊203のトコ行こか」

「飛龍、笠原を頼むぞ?」

「任せといてくれよ、姐さん。バカをするなら股間だけ出して、ロープでふん縛っておくさ」


 股間は隠して欲しい。

 あ、銃弾や爆弾の補充のためか。


「では三十年式歩兵銃、三十年式銃剣の両名は赤レンガに向かって陸軍の説得にあたります」


 敬礼。立ち上がって返礼する。


「無理だけはしないように。合流がムリなら、こちらで目覚めさせた武器に陸兵となってもらえばいいんだ」

「はっ」


 三歩、三剣ちゃんの順にキスをする。

 怒られるかとも思ったが、2人は微笑んで三笠と部屋を出て行った。


「ふう、後は三歩達に任せるしかないか・・・」

「だね。話し合い次第だろうけど、すぐに帰ってくるさ」

「飛行場はどうだった?」

「問題なく使えるよ。でも陸軍が引っ越してくるなら、少し手狭だろうね」

「やっぱり【設備投資】が欲しいねえ」


 油と弾薬を消費して施設を拡張する【設備投資】は魔法のようなスキルだ。

 出来れば早めに取得しておきたい。


「ありゃ、チビッコ達が来たよ」


 執務室の入り口で中を覗き込んでいるのは、竹を先頭にする松型駆逐艦達。戦争がなかなか終わらなくて資源が足りない中で量産されたからか、小柄で小学生くらいの身長しかない。

 なので、レベルもスキルもないままだ。


「どうしたんだい、中に入っておいで?」


 小学校低学年にしか見えない松型駆逐艦が13人、ゾロゾロと入って来た。

 執務室が、小学校の教室になってしまった感じがする。飛龍は子供が好きなようで、ニコニコしながらその姿を眺めていた。


「どうしたのかな?」

「あのね、しれー。かき達を助けてほちいの!」

「カキ?」

「うんっ。まいじゅるとかおーみなとで眠ってるの!」


 松型駆逐艦は数が多い。

 この呉にいるのは、三笠が横須賀で目覚めさせて陸路でここまで来た艦と、人間がシェルターに篭ってからずっと呉で眠っていた艦。それと、瀬戸内海にいた艦だけだ。

 松型駆逐艦と改松型駆逐艦には、樹木の名前が付けられている。カキとは多分、柿なのだろう。


「えーと、飛龍。まいじゅるとかおーみなとって?」

「多分、舞鶴港と大湊湾だろうね。京都と青森だよ」

「京都はまだ近いけど、青森か・・・」

「制空権を確保しないと難しいだろうね。出来るのなら、だけど」


 これは困った。


「えーっとね、陸軍のお姉さん達が呉に来て、練度が上がったら舞鶴港には行くよ。ただ、青森は凄く遠いんだ。時間はかかるけど、きっと助けに行くから待っててくれるかい?」

「竹も、すきるがあれば行ける?」

「それは辛いかな。日本の端っこだからね」

「そっかー・・・」

「でも、誰も見捨てない。約束するよ」

「ありがと、しれー」

「ん。じゃあ、お外で遊んでおいで」

「はーい!」


 パタパタ靴音を鳴らして、松型駆逐艦が執務室を出る。


「ふうっ、どうなる事かと思った・・・」

「スキルが欲しいって言われたら、どうしたんだい?」

「全力で誤魔化す!」



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