表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/33

海軍




 それって誰だ、そう思っているのは僕だけらしい。

 呻きのような声が、工場の空気を揺らした。


「ですが、そうと決まった訳ではっ!」

「少なくとも、地図は本物やで」

「っ・・・」

「それに無人は尾木はんの幼名だったやんなあ、三十年式銃剣殿?」

「ですね。地図はやはり・・・」

「せやで。間違いなく北郷のや。ほんで、笠原はん?」

「え、あ。味方は1人でも多い方がいいです。よろしくお願いします」

「こちらこそや!」


 でも、海軍は大丈夫なのだろうか。


「それじゃ、このまま出て呉が混乱しても困るので、引き継ぎなんかをして来て下さい。ここに泊まって待ちますんで」

「了解や。みんな、医務室に行くでー」


 女性達は、どうしたら良いかわからないようだ。

 それでも三笠が歩き出すと、恐る恐るといった感じで工場を出て行く。


「司令」

「うん。修理、出来るだけお願い」

「ありがとう」


 冠ちゃんを見送り、くろがねの荷台の縁に腰掛ける。

 尾木、北郷。

 さっぱりわからない。


「ねえ、尾木、北郷って誰?」

「陸軍と海軍の軍人だ。どちらも軍神と称えられている」

「へー。だから、三笠はこっちに付いたのか」

「それに、北郷は三笠に乗って大戦果を上げた軍人だからな」

「それにしても司令、男を見せたねえ。惚れ惚れしたよ、アタシは」

「笠原はやれば出来る男だっちゃ~」

「ん。カッコ良かった」


 悪い癖で意地になっただけとは言えず、曖昧に頷いておく。

 しばらく時間が出来たが、軍艦の修理なんて手伝いすら出来そうにない。ダベっていてもいいが呉を出ればいつ戦闘になるかわからないので、背負った三十年式歩兵銃を持って立った。


「素振りか、笠原?」

「うん。銃は苦手だけど、銃剣での白兵戦では役に立ちたい」

「銃剣突撃など決してさせぬが、稽古はしておいて損はないな」

「三十年式歩兵銃の、弾の備蓄は?」

「おかげさまで、たっぷりとあるぞ」

「何日か泊まりになるようなら、射撃の練習もしたいな」

「射撃場もあるだろうから、好きなだけ撃つといいさ」


 打ち込む度に床が鳴る。

 大きく、遠く。最初はそれで動きを体に覚えさせる。幼稚園の頃、そうやって剣道を習ったのを覚えていた。

 大きく、遠く。


「悪くないね、姐さん」

「ああ。笠原は生まれる時代を間違えたのかもな。三十年式銃剣を両手に握って振っているのを見たが、どこぞの剣豪の若かりし頃だと言われれば納得しそうな剣舞だったぞ」

「うえっ。見てたの、三歩?」


 姫島に渡る前の数日、あまりに爛れた生活だったので早朝に1人で素振りをしていた。

 隠れてやるつもりはなかったので窓からでも覗けたはずだが、視線なんてこれっぽっちも感じなかったのに。


「司令、アタシ達にも見せておくれよ?」

「後でね。でも、家伝の剣だから人に見せるなって言われてたんだよ。ま、世界も違うしいいのか」


 300本の素振りを終えると、ビスケットと干し肉の昼食が配られた。あまり甘くないビスケットなので、干し肉と食べても苦にならない。


「笠原、これを使うっちゃ~」

「ホントにやるのか。はぁ・・・」


 食事中も手の届く範囲に置いている三十年式歩兵銃をそのままに、三剣ちゃんから銃剣を2本受け取る。

 立ち上がって少し離れると、パチパチと拍手された。


「ほう、左は逆手に持つんだね」

「面白い剣術だぞ。しかも、笠原は基本が出来ている。それなのにそこから敢えて奇を衒ったような剣を教え込んだのだから、笠原の師は流派に絶対の自信を持っていたのだろう」

「そんな大層なものじゃないと思うけどね」


 僕にだけ見える敵。

 いつもは顔のない男を想像して稽古していたけど、今はその額にツノが生えている。

 黒チハ。

 これなら、遠慮なく殺せる。そんな物騒な事を思った。

 倒れ込む。


「えっ!」


 飛龍の驚く声が聞こえる。

 三歩も驚いているかもしれない。朝の稽古では、これはやらなかった。

 倒れ込むと見せかけ、対応できないスピードで相手の腹を狙う。

 肝臓。

 貫いた。これだけで、常人なら死ぬ。

 抉りながら右手の銃剣を抜き、バックハンドブローのように左の銃剣を黒チハのコメカミに叩き込む。

 軸足をクルリと回し、さらに半歩踏み込む。

 水月。

 これは蹴りだ。

 めり込む右足に力を込め、左足を振り上げる。実際に足がめり込んでいないので高さは出ないが、しっかりと顎を砕いたはずだ。


「2段蹴りだとっ!?」


 やっぱり三歩も驚いたか。

 でも、まだ終わらない。

 身を丸めながら床に落ち、すぐさま左の銃剣で足を刈る。

 僕にだけ、倒れる黒チハがはっきりと見えた。

 喉に銃剣を突き入れ、掻っ切りながら飛び退く。


「ふーっ・・・」


 残心。

 剣道のように美しい残心ではない。

 前屈みで左右の銃剣を前に出し、いつでもまた飛び掛かれる構え。

 一連の流れを呼気を止めて行ったので、深く長く深呼吸をした。


「見事っ!」


 声は、三笠が発したものだ。拍手しながら近づいて来る。

 その後ろには、30人以上の女性達がいた。車いすに乗っている人もたくさんいるようだ。


「どうしたんです?」

「話し合いが終わったんで、報告や。門を守っとる子達の意見も聞いたさかい、心配はいらんで。しっかし凄いなあ、笠原はんは忍者の末裔?」

「わかりません。それより、怪我人にムリをさせるのは感心しませんね」

「寝とってええ言うたのに、聞いてくれまへんねん」

「はあ・・・」

「笠原はん、これを」


 手渡されたのは、装飾された短剣だった。


「これは?」

「三笠刀。甲種三笠短剣っちゅーやつや。使ったって」


 三十年式銃剣より少し短い三笠刀は、左手に持つのにちょうどいい。


「大切な物じゃないんですか?」

「この子達より大切なものなんてあらへん」


 そう言って、三笠は車いすの女の子の頭を撫でる。


「では、大切に使わせてもらいます。で、報告というのは?」

「海軍は笠原司令の指揮下に入る。あんじょうよろしくたのんます」


 三笠が敬礼すると、並んだ女性達も敬礼する。

 なんとなく同じ敬礼をすると、数人が嬉しそうに笑った。


「なんとまあ、よく説得しましたね。三笠殿」

「そこは実利や。でも最初はレベルとスキルのためならって言うとったが、さっきの剣舞を見て頬を染めとったで。鹿島までな」

「三笠さんっ!」

「待て待て待て待て・・・」

「なんやねん、壊れた蓄音機みたいに」


 三歩達を入れて40人以上にレベルとスキルって・・・


「まあ、常人じゃムリだろうな」

「僕だってムリに決まってるじゃん!?」

「笠原ならやれるっちゃ~」

「笠原エンジンは焼け付かない」

「最初は個別だろうけど、次からは班を組んで当たればいいさ。ねえ、姐さん」

「名案だな。三笠殿、部屋の準備は?」

「出来とるで。酒なんかも運ぶさかい、よろしゅうな」

「ムリでしょ・・・」


 結論から言うと、無理じゃなかった。

 重傷者から僕に与えられた部屋を訪れ、1日かけて傷を癒やす。 

 怪我人が終わると、1日に大体5人ずつの所有者になる事が出来た。


「三歩、僕の仕事ってなんだっけ・・・」

「平時は大奥の主。事あらば司令長官、だな」

「いや、普段から司令長官じゃなきゃダメでしょ! そろそろまた、怨霊艦隊が来るんじゃないの!?」

「そうらしいな。三笠殿が張り切っていたよ」


 ノック。


「二等巡洋艦、大淀であります」

「おお、入ってくれ」


 三歩の言葉を聞いて入って来た大淀に、立ち上がって敬礼する。


「近衛殿がお呼びになっていると聞き、出頭いたしました」

「メガネちゃんに用事、三歩?」

「め、メガネちゃん、ですか・・・」

「三笠殿の推挙でな。笠原付きの幕僚、受けてくれるか?」

「ご命令とあらば、喜んで!」

「あ、命令はしないよ。僕のそばにいるとレベルが上がらないし、嫌な思いもするかもしれない。よく考えてから、返事を聞かせて」


 大淀は僕の部屋で、自分が最後の連合艦隊旗艦だったと誇らしげに言っていた。

 メガネの似合う小柄で華奢な少女だが、プライドが高いのかも知れない。もしそうなら、手柄を立てるためにこの要請は断るだろう。


「いいえ。戦闘向きのスキルではない事に落ち込んだりもしましたが、司令のそばでそのお手伝いをさせていただけるなら、私でも役に立てると思います」

「よく言ってくれた。この笠原は軍の事を何も知らない。そのつもりで、支えてやってくれ」

「はいっ。では、円滑に司令の業務をこなしていただくための準備に入ります!」

「気負わずにお願いね。あ、それと三笠を呼んで来てもらえると嬉しい」

「はっ。失礼します!」


 司令の業務なんて、これまで1度もした事がない。

 でも、仕事があるなら安心だ。

 手入れと称して毎日アレをするのが仕事だなんて、考えたくもなかった。


「とりあえず、次の怨霊艦隊が来るまで僕達は動けないか・・・」

「ああ。陸も徐々に片付けたいが、予想されている襲撃前に司令部を留守には出来んさ」

「三剣ちゃんと飛龍の報告次第じゃ、面白くなりそうなんだけどなあ」

「噂をすれば、だな。丸2つ接近だ」


 ノック。

 すぐに開いたドアから顔を見せたのは、三剣ちゃんを肩に乗せた飛龍だ。


「おかえり」

「ただいま。海鷹はもう少しかかるってさ」

「そっか。まあ、あっちは数も多いだろうからね。で、どうだったの?」

「目玉は九三式装甲自動車かな。輸入したクロスレイはなかったけど、あれでも5人まで乗れるからいいさ」

「装甲自動車か。戦車が相手じゃなきゃ大丈夫?」

「宇品には戦車もあったかもしれない。出来れば陸軍との合流までは、出撃は控えてもらいたいね」


 今は8月の終わり。

 予定では10月に陸軍の潜水艦が定期連絡に来て、それに乗って赤レンガへ。そこから陸軍を説得して呉に拠点変更の引っ越し。それを考えたら、とてもじゃないが待てやしない。

 まあ、予定通りに事を運ぶつもりはないけど。


「待てないな。1日でも早く【開発の基礎】が欲しいし、最低でも陸海を1部隊ずつ展開したい。【訓練の基礎】を取れば出撃できない子も経験値を稼げるし、陸軍のために【設備投資】で飛行場も拡張したい」

「欲張りだねえ・・・」

「やっほーい。三笠、参上やでー」

「あ、お疲れ様。呼びつけてごめんね」

「ええってええって。ほんで、どないしたん?」

「伊203と伊402に聞いたんだけど、2人は赤レンガに行った事があるんだって?」

「せやで。それがどないしてん」

「赤レンガに、三歩を送って欲しい」


 机を叩く音。

 三歩だ。


「どういう事だっ、笠原!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ