呉
引きずられるようにして、軍艦の前を通り過ぎる。
この軍艦達を修理するんじゃないのかなと思っていると、巨大な工場のような建物に引っ張り込まれた。
軍艦。
それも、空母だ。
「龍鳳や。無茶をやらかして、こんな酷い傷を負うとる。何とかならへんか?」
三笠さんが来たのを察してか、何人かの女性が集まっている。
その人達に会釈だけして、冠ちゃんの本体を出した。
光に感嘆の声が上がる。
敬礼。
冠ちゃんは龍鳳を見上げ、哀しげに頷いた。
「いつもゴメン。でも、この呉には負傷した艦がたくさんいるんだ。なんとか、頑張ってくれないかな?」
「了解。全力を尽くします」
「お願い」
「うちからも頼んます。どうか、どうか・・・」
三笠さんが頭を下げると、後ろに並んだ女性達も頭を下げる。
敬礼した冠ちゃんが階段に向かうと、やっと追いついた三歩達が工場に入って来た。
「龍鳳か。見てるだけで辛いね・・・」
「ほんまや。うちが動ければ、盾になってでも庇ったんやけど・・・」
三笠さんの本体は動けないのか。
それなのに海軍の女帝とまで三歩に言わせるなんて、とんでもなく強い人なのかもしれない。
見た目では元気な美人のお姉さんなのにな。
「ところで、ゆ4はいつ定期連絡に来ましたか?」
「7月の始めやな」
「なら、次は10月か。三笠殿、それまで私達の呉滞在を許可していただきたい」
「もちろんや。好きなだけいてくれてええんやで」
「ありがたい。笠原司令、三笠殿と海軍の方々には私から状況説明でよろしいでしょうか?」
「お願い。三笠さん、歩けないほどの負傷者はいるんですか?」
「おるけども・・・」
三歩を見る。
海鷹の時は、みるみる減っていたHPが手を握ると減らなくなった。
所有者でなくとも、怪我をしている戦乙女に触れれば痛みを和らげるくらいは出来るかもしれない。
「女性の寝所に、説明もせずに踏み込む気ですか。まずは説明して、それからです」
「・・・わかった。じゃあ、よろしく」
痛みに耐えている人がいるのに説明かと言いたい。
でも三歩も三笠さんも軍人で、ここは軍の施設なのだ。
我を通してはいけないとわかっていても、苛立ちは募る。それを押し潰すように、どっかりとその場に座った。
「応接室で茶でも・・・」
「三笠さん、ここは何も言わず三歩の説明を聞いて下さい。どうか、お願いします」
目を見ながら頭を下げる。
1秒でも早く。
心からの願いだ。
「は、はあ・・・」
「では、説明します。後ろの皆さんも、よろしければそばに寄って聞いていただきたい」
三笠さんの背後の女性達が歩み寄る。
誰もが美人で、HPは10000を超えていた。
三歩の説明を耳に入れながら、唇を噛んで耐える。
僕の中では、苦しんでいる人の痛みを和らげられるのにそれをしないという選択肢はない。でも、ここは軍隊。僕なんかの思いより、優先されるべき事がある。
そう、自分に言い聞かせた。
「バカなっ、そんな事が信じられるかっ!」
しばらくして怒鳴ったのは、三笠さんの後ろにいる長い黒髪の女性だ。
どことなく、三歩に似ている。
「ですが実際・・・」
「陸軍の考察なんぞが正しいはずがなかろうっ!」
三歩に食ってかかる女性を、三笠さんは止めようともしない。
それが、僕には信じられなかった。
「大体、皇軍の兵ともあろうものが作戦行動中に男に抱かれるなど。恥を知れ、三十年式歩兵銃!」
「くっ・・・」
ああ、ダメだな。
心の中で、何かがギュッと凝縮されてしまった。
三歩の銃身を掴んで殴られた時と一緒だ。
悪い癖だと思いながらも、我慢できないしする気もない。
思い切り、立ち上がった。
「そちらの考えは理解した。行くよ、三歩」
「ど、どこへです?」
「東。陸路で赤レンガを目指す。もう、海軍はないものと心に決めてくれ」
「なんだとっ、貴様!」
「黙れよ、姉ちゃん。人の事を悪く言うくらいなら、距離を置くのが互いのためだろう。大人ならわかるはずだよ?」
「ぶち殺されたいのか、羽虫にも劣る陸兵風情がっ!」
「だから、出て行くって言ってるでしょ。助けられる人がいるのに、貴方みたいな考えの足りない人に殺されるなんて、そんな選択肢はないよ」
凍りついた工場内の空気に、足音が響く。
「司令、出発?」
「僕達はね。冠ちゃんはどうする?」
「一緒に行く。司令は機械と助け合える人。艦船には悪いけど、司令と行くのがこの国のため」
「そうか、ありがとう。飛龍、くろがねを出して」
飛龍は動かない。
目を見ると、視線を逸らされた。
「飛龍?」
「怒るのはわかる。でも、どうか許してやってくれないだろうか・・・」
「ダメだ」
「なぜっ!?」
「海軍のすべてがダメだから。三歩を侮辱する女も、それを止めない女帝様も、その配下も、すべてがダメだから。納得できないなら、飛龍は残るといい。関東から北を片付けるだけでも、僕の寿命ではムリかもしれない。時間がないんだ。くろがねを出して。僕が運転する」
「海軍なしで、怨霊を根絶やしになどっ!」
飛龍が下を向きながら叫ぶ。
それがどうした。
「勘違いをしないで欲しい。日本は、海に囲まれている」
「だから、海軍の力が必要なんだろうっ!」
「それはない。僕達の目的は、地上を安全にして日本人を地上に迎える事。国内の怨霊を倒し尽くせば、沿岸部以外は安全になる。航空機を迎撃する準備さえ整えたら、内陸で日本を再興すればいい。そこからの発展で、鎖国状態を続けるか外国と連絡を取り合うかを決めればいいんだ。日本という国がね」
ずっと考えていた事だ。
陸軍の航空機次第だが、成功する可能性はあると思っている。
「そんな事が・・・」
「出来る。僕を信じてくれ、飛龍」
目が合う。
今度は、視線が逸らされない。
黙って見つめ合っていると、ため息を吐いた飛龍がくろがねを出した。
「ありがとう」
「司令の運転じゃ、くろがねがかわいそうだからね」
「じゃあ、行こうか。海鷹、元気でね。部隊に編成してあるけど、ここを出たらすぐに外しておくから。こんな事になって、本当にゴメン」
「え、ぼくも行くけど?」
「はあっ!?」
見事にハモった。
僕、三歩、三笠だ。
「ちょい待ち、海軍を抜けるっちゅうんかい海鷹!?」
「うん。未練はない」
「なんでや・・・」
「400年、擱座していた。義理は果たした」
海鷹が言い切る。
「えっと、三歩はどう思う?」
「いいんじゃないか。海軍との決別を笠原が決めたなら、私の任務は赤レンガまで笠原を無事に送り届ける事だ。兵は、1人でも多い方がいい」
「ストレートだなあ。ま、いっか。これからもよろしく、海鷹」
「うんっ」
飛龍がくろがねに跨がり、海鷹が荷台に乗る。
それに続こうとすると、聞き慣れない音がした。
「行かせると思うか、陸軍のアホウ共!」
「へえ、カッコイイ拳銃だね。撃ちたいなら僕を撃てばいいよ」
「十四年式拳銃。陸軍から供与された銃で陸軍の司令長官を撃とうとは、恥知らずにもほどがあるな。鹿島殿?」
三歩、飛龍、海鷹も三十年式歩兵銃を構えている。
驚いた事に、冠ちゃんまでも。
撃つのではなく、銃剣で突く構え。意外といい構えだ。でも、君は戦闘に参加できないんじゃなかったのかと、小1時間問い詰めたい。
「三剣は2人いけるっちゃ~♪」
三剣ちゃんは三歩の肩で、三十年式銃剣を両手に持って微笑んでいた。
「なら死ぬ前に、6人には直撃弾の痛みをくれてやれるな」
「甘いよ姐さん、25番が1発だけ補充されたんだ。あいつらのど真ん中に【急降下爆撃】で落としてやれば、全滅させられるさ」
「頼りになるな、飛龍」
「司令に銃を向けるのは敵。それが怨霊じゃないってんだから、笑えるけどね」
「はいはい。物騒な相談しないの。三笠さん、僕達は行きます。だから撃たないで下さいね?」
「脱走者は海軍が処罰する!」
十四年式拳銃とやらを構えた女の人が叫ぶ。
「脱走、誰が?」
「海鷹に決まっておろうっ!」
「脱走じゃないね。彼女は陸軍への移動を希望し、陸軍の司令長官である僕が許可を出した。問題はないだろう?」
「あるっ。海軍はそれを認めていないっ!」
「へえ、君が海軍の責任者だったのか」
「そ、そうではないが・・・」
「なら、責任者を呼んでくれ。戦乙女じゃない、軍人をだ」
そんな事が出来るはずがない。
人間ではないから責任者とは認めない。我ながら酷い言い草だ。でもそうしなければ海鷹を助けられないなら、僕は鬼にだってなる。
「ふふっ。せやかて笠原はん、あんさんも正式に軍を預けられた訳ではおまへんのとちゃいますか?」
三笠さんに歩み寄り、万年筆と地図を出して渡す。
それをじっと見る三笠さんに、軍隊手帳の1ページ目を開いて突き付けた。
「その万年筆と地図を受け取り、軍隊手帳に第零司令部司令長官と記載された。それで僕は任官したと思っています。異存はありますか?」
「あらへんわ、まさかこんなん・・・」
「では、失礼しま」
「お待ち下さい、笠原司令!」
「なんですか、僕達には時間がないんです」
三笠さんは、直立不動で真っ直ぐに僕を見ている。
「鹿島、銃を下ろしてんか」
「しかし・・・」
「これは頼みや。うちは鹿島の上官でも何でもあらへん。だから命令は出来ん。せやから、お願いや」
「わ、わかりました・・・」
「ありがとうな、鹿島。ほんで笠原司令、コンクリートで固められ、動くこともかなわん老兵ですが、どうかこの三笠を笠原司令の指揮下に入れていただきたい!」
「ええーっ!」
叫んだのは、三笠の後ろに並ぶ戦乙女達だ。
意外な事に三歩達は平然としている。
「・・・なぜです?」
「三笠さん、なんでこんな男にっ!?」
「この万年筆と地図を、どこで手に入れはったんですか?」
「夢に出てきた、老人達にいただきました」
「それはどんな?」
「万年筆は枯れ木のような老人に。難しい話をずいぶんされましたが、ほとんど理解できませんでしたね」
「無人、ですさかいなあ。地図は?」
「丸太のような老人に。あ、そういえばあなた達と同じような敬礼されたかも」
「ふふっ、丸太でっか。おもろいなあ」
「み、三笠さん、それはまさか・・・」
鹿島と呼ばれていた女性が、唇を震わせながら言う。
三笠さんははっきりと頷いた。
「尾木と北郷の両名に、間違いあらへんやろな」