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砲撃戦




 6本オールの救命艇を降りて飛龍がくろがねを出すと、海鷹は明らかにほっとした表情を見せた。

 本体が空母なのだし、歩くのが苦手なのかもしれない。


「内火艇もあるけど、陸路?」

「制海権を失っているからな。どうしても使うなら、救命艇の方だろう」

「怨霊って、潜水艦もいる?」

「ああ。たっぷりいるぞ」

「頑張って、沈める!」

「それは頼もしい。笠原、敵はいないな?」

「見える範囲にはね」


 地図に僕達以外の丸はない。

 またいつ黒チハのような怨霊に出くわすかわからないのだから、おざなりに索敵するつもりは微塵もなかった。


「国東半島はどうする?」

「それなんだが、この先の宇佐には海軍の、次の中津には陸軍の飛行場があったんだ。悩みどころだな」

「あちゃー。そしてその先は工業地帯の北九州って、本当に海に出た方が安全じゃない?」

「だが、豊後水道は怨霊の手に落ちているんだぞ?」


 どちらにしても、生半可な覚悟じゃ越えられそうにない。


「専門家の海鷹はどう思う?」

「潜水艦がいるなら、念の為にエンジン音の出る内火艇は使いたくない。風のいい夜を待って、救命艇にマストを立てて帆で走れば、漂流物と判別できないから行ける、と思う」

「三歩、伊美って辺りからとりあえず姫島に渡ってみるのは?」

「姫島、祝島と渡って中国地方へか。まるで遣唐使の帰り道だな・・・」


 どちらにしても危険なら、時間が短縮できる方がいい。

 なんといっても、呉に辿り着かなければ始まらないのだ。

 僕の戦いも、三歩達の新しい戦いも。


「海鷹、さっきは見事に救命艇を操ってたけど、マストを立てても自由自在に救命艇を操れるの?」

「もちろん。これでも、空母の端くれだから」


 三歩と目が合う。

 これは、戦いを始めるための戦いなんだと目で伝えた。

 このくらい出来なくて、日本が取り戻せるものか。僕には何も出来ないかもしれないけれど、考えて決断する事は出来る。

 その決断がいつか、大切な誰かを殺してしまうかもしれない。

 それでも、決めなければ進めないのだ。


「我が司令長官は、もう決めているようだな。・・・指示を聞こう、笠原」

「国東半島の伊美まで前進。風を待って姫島、祝島へと渡り、中国地方上陸を目指す」

「はっ」


 全員がくろがねの前に並んで、一斉に敬礼した。

 僕はあまりの事に、口をポカンと開けてしまっている。


「ぶはっ。いい目で命令したと思ったら、なんて顔をしてるんだい司令」

「だ、だって・・・」

「マジメな顔してたら、笠原はカッコイイっちゃ~♪」

「提督っぽくて好き」

「まだまだだが、少年ではなく男の目だったな。行こうか」

「さあ、乗った乗ったー」

「なんか恥ずかしいんですけど・・・」


 僕が最後に乗り込むと、くろがねは石を弾き飛ばしながら走り出した。

 杵築、国東と何事もなく通過し、夕方には目的の伊美に到着。夕陽に照らされる姫島を見てから、漁港近くの廃墟に足を踏み入れた。


「いつも通りだ。手早くやろう」

「了解っ。風呂に期待だね」

「笠原、行くっちゃ~」

「ぼくは?」

「海鷹は、風を見るのに都合の良い部屋を選んでくれ。私がそこを掃除する。何日か待つ可能性もあるから、妥協しなくていいぞ」

「わかった」


 ほとんど自分の足では歩いていないが、溜まっている疲労を回復しながら風を待とうと決め、数日ダラダラ過ごした。

 良い風だから島に渡ると海鷹が言ったのは、月の美しい夜だ。


「ついに、九州を出るか・・・」

「2人で上陸した時は、こんな風に九州を出るなんて想像しなかったっちゃね~」


 この九州にゲリラ戦をしつつ仲間を探しに来た三歩と三剣ちゃんは、やはりずいぶん感慨深いようだ。

 この船に乗れば、僕は軍人として生きねばならない。

 いいのかと自分に問いかけると、自然と口の端がつり上がっていた。


「惚れた女も助けられずに、何が男か・・・」

「お、おい、いきなり何を言ってるんだ笠原!」

「ん。爺ちゃんの口癖。今なら、心の底から同意できるね」

「キザだねえ。ま、嫌いじゃないさ」


 月明かりの下で救命艇に乗り込む。

 海鷹が僕を見ている。

 頷いた。

 帆が、風を孕む。

 救命艇は音もなく、滑るように海原を駈け出した。


「凄いな、この速度は・・・」

「それもほとんど無音だからね。海路は正解だよ、姐さん」


 姫島はみるみるうちに近づいてくる。


「灯台の手前に、船溜まりがあるはず。そこを目指す」

「頼んだ、海鷹」


 左手に姫島を見ながら、救命艇は素晴らしいスピードで進む。


「灯台があるのか。何も見えないな、僕には」

「もう灯台守はいないからな。怨霊の母港になるには小さな島だし、また風を待つにはいい島だろう」

「許可してくれるなら、朝までに津和地まで進んでみせる」

「なんだって。そこまで行けば、呉は目前の位置じゃないか・・・」

「ぼくの本体から無線機だけ出して連絡も出来るし、その方がいいとは思う」

「そうだな。いいか、笠原?」

「うん。でも危ないと感じたらすぐに逃げようね、海鷹」

「了解。総員、監視を厳に」


 月明かりで地図を照らす。

 三歩達も、空や海原に目を凝らしているようだ。

 夜明け前に到着した津和地島は小さな島で、仮眠を取った小屋のような廃墟から出ると、山頂にコンクリート製の施設が見えた。


「何だ、この音・・・」

「姐さん、砲撃戦の音だ!」

「くろがねを出せ、山を登って戦況を見るぞ!」

「了解っ」


 全員がくろがねに飛び乗る。

 30分ほどで、海を見渡せる場所にくろがねが停まった。


「鳳翔さん!」

「あの優しげなご婦人が出陣か。なんとか助太刀してやりたいが・・・」

「八雲さんもいる!」

「何だとっ! クソッ、旧型艦がムリをするっ!」

「雪風さん、汐風さんに夕風さんも・・・」


 僕には判別できないが、海鷹は正確に艦影を見分けているらしい。


「5艦しか出ていないらしいな。敵艦は、駆逐級が6か・・・」

「海鷹、勝てそう?」

「無傷ではムリ」

「そっか・・・」


 海戦とはもっと派手なものだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 どちらも無闇に突っ込んだりはせず、ある程度の距離を保って砲撃を繰り返しているようだ。


「でも、この機を逃す訳にはいかないね。飛龍、港に向かって」

「え・・・」

「いいから早く!」

「了解!」

「お、おい、笠原。何をするつもりだ?」

「今のうちに呉を目指す。もし潜水艦がいるなら、あっちの加勢に行くはずだからね」

「なるほど・・・」


 荷台の隣に座る海鷹の頭を撫でる。

 思いが通じたのか、海鷹は僕に頭を預けてきた。


「今だけ、我慢して欲しい。呉に入って合流できれば、整備だって出来る」

「うん・・・」

「内火艇っていうのは、エンジンが付いてるんだよね?」

「うん。燃料もある」

「なら港に着いたら、それに乗せておくれ。戦闘している海域を避けて呉までだ。いいね?」

「うん。ぼくの内火艇は武装がないから、猿ヶ鼻方面から呉に入港する」

「頼んだ」


 砲撃に続く機銃の音が、誰かの泣き声のように聞こえる。

 それが聞こえなくなったのは、島と島の間のトンネルのような海路に入ってからだ。


「もうすぐ、呉が見える」

「辿り着いたか・・・」


 海から見る呉は、コンクリートやレンガ造りの立派な建物が多い大都会だった。

 停泊している軍艦があるが、遠目から見てもわかるほどに損傷している。


「酷い傷だね、長門に榛名、伊勢と日向もいる・・・」

「冠ちゃんに頼んで直してもらう。だから泣かないで、飛龍」


 肩を抱き寄せる。


「泣いてなんて。あれっ、変だな、なんか視界がボヤけてら・・・」

「ぐすっ。停船指示を確認。笠原、機関停止の指示を」

「機関停止。接近している呉の内火艇を待つ」

「了解。機関停止」


 接近してくる内火艇はこちらのものより大きく、機関砲まで搭載している。

 船首に立って待つと、あちらの船首に白い軍服を着た髪の長い女性が出て来た。

 すぐに、互いの表情さえ見分けられる距離になる。

 女性は目を見開いて、後部の誰かに指示を飛ばした。


「・・・あれは、誰?」

「海鷹は知らないか。まあ、会ってからのお楽しみだ」

「ま、まさかあの人は・・・」

「飛龍は知っているか」

「当然だっちゃね」


 僕は知らない。言いかけたが、女性が敬礼したので僕も敬礼を返した。

 見よう見まねで僕がしているのとは、少し違う敬礼。掌を見せないのには、何か意味があるんだろうか。思っていると、女性はなんとこちらの船首に飛び移ってきた。


「ええっ!?」

「アンタっ、海鷹、海鷹やんなあ!?」

「へっ・・・」

「すっかり元気にならはってー。愛の力? ねえ、これって愛の力?」

「その辺にしていただきたい、三笠殿。海鷹が困っているではありませんか」

「ええーっ!」


 海鷹が叫ぶ。

 ミカサ、ミカサ、聞き覚えがあるのは流行っていたアニメのせいだろうか。

 いや、どこかで聞いた事がある気がする。どこだ。

 それにしても、一目で海鷹に所有者が出来たと見抜くなんて、この女性は只者じゃない。


「わてくち、連合かんちゃいたっ、ちたかみまみた・・・」

「あっはっはっ、おもろい子やなあ。三十年式歩兵銃殿、この度は海鷹の救出、誠にありがとうございました。全海軍を代表して、心より御礼を申し上げます」


 表情を引き締めての敬礼に、三歩も敬礼を返す。


「私は第零司令部所属の兵となりました。海鷹殿を救出せよと命じたのは、我が司令長官であります」

「笠原だっちゃ、ですっ!」

「三剣殿も元気そうで何より。そちらはたしか・・・」

「四式重爆撃機、飛龍でありますっ。英雄たる三笠殿にお目にかかれ、光栄でありますっ!」

「うんうん。陸軍はんの傑作機。そして笠原はん、ですか・・・」

「ええ。とりあえず、挨拶より入港を。こちらには、腕の良い整備士がいます」

「ホンマかっ!?」

「え、ええ・・・」


 目の色が変わるとは、こういう時に使う言葉なのだろう。

 素早い動きで、三笠さんはこちらの操舵室に走った。


「・・・どうすんの、三歩?」

「好きにさせればいい。あれでも海軍に君臨する女帝だ。何をしたって、問題にはならないさ」

「へえ、って急発進ですかっ!?」


 内火艇は三笠さんが乗ってきた艇を置き去りにして、真っ直ぐ呉の港に向かっている。

 海鷹がどう動くか決めかねている間に、内火艇は小さな桟橋に到着した。


「なにしとんねん、はよう上陸せんかいっ!」


 言いながら、三笠さんは自分でロープを持って桟橋に飛び移り、金具にそれを巻いてしまった。


「笠原はん、こっちや!」

「はぁ・・・」



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