海鷹と
「ううん・・・」
「お、起きたかな?」
「あなたはさっきの。夢じゃ、ない・・・」
「そうさ。HPは少ししか回復してないけど、動けそうかな?」
「だいじょうぶ。中破は無傷。うっ・・・」
「はいはい、ムリはしない」
「HP? そんなっ、この記憶は何っ!?」
HPなんて概念は、ただの空母だった頃にはなかったのだろう。
いきなり僕達の頭の上に浮かぶHPバーを見れば驚くだろうし、なぜかそれを当たり前の事として認識している自分に気付けばさらに驚くだろう。
「落ち着いて。三歩、説明を」
「わかった」
「三十年式歩兵銃・・・」
「アタシもいるぞ?」
「靖国・・・」
「雷撃仕様じゃないから飛龍だけどな。よく頑張ったね、海鷹」
「・・・う、ぐすっ。や、靖国ぃー!」
だから飛龍だって、そう言いながらも、飛龍は優しく海鷹さんを抱きしめた。
圧倒的ボリュームが離れてしまったのは寂しいが、見知った顔に会えた海鷹さんが安心したようで嬉しい。
「知り合いだったんだね、飛龍」
「アタシは魚雷を積んでの戦いにも向いていたから、海軍でも使われてたのさ」
「なるほど。さて、まずは海鷹さんの食事かな」
「昨日の握り飯と干し肉しかないが食え。説明を聞きながらでいい」
「あ、ありがとう」
淀みない説明を聞きながら、小さく口を開けて海鷹さんが食事をする。
僕達は怨霊が必ずというほど携行しているカンパンと干し肉だ。どちらも水分がないので、水の美味しさが際立つ。
「じゃあ、今の日の本は・・・」
「400年だ」
「えっ・・・」
「400年、待った。ロクな反攻作戦も行えず、終わりの見えない籠城戦が続く中、少数の精鋭を日本全土に放ち、なんとかこの状況を打開する糸口はないかと探り続けた。こんな泥沼の戦に、シェルターにいる国民を巻き込むという選択肢はないからな。・・・そして、笠原が現れた」
「軍神の選んだ、もののふ・・・」
「そうだ。だからなんとしても、呉まで笠原を送り届けねばならない。手を貸してくれないか。この通りだ、頼む・・・」
三歩が頭を下げる。
胡座を掻いて両拳をつけてそうするので、まるで三歩が武士のようだ。
「・・・わかりました」
「おおっ、では!」
「か、笠原、船室に行こう・・・」
「へっ、なんで?」
ビタンッ、そんな音がして、僕は座ったままつんのめった。
「痛っ。何すんのさ、飛龍!」
「海鷹に恥をかかせるからだよ」
「恥って・・・」
海鷹さんは顔を赤らめ、半泣きで僕の顔を見ている。
「や、やっぱりぼくなんかが相手じゃ嫌、だよね・・・」
「えーっと、話が見えない」
「海鷹の所有者になれと言ってるんだよ、笠原」
「はあっ!? 武器や飛行機ならわかるけど、空母を所有なんか出来るのっ!?」
「おそらく可能だろう。戦乙女、レベル、スキル、司令部レベル、万年筆に地図。そうやってお膳立てをして、笠原にこの国を託したのだと思う。軍神達はな」
そんな事が出来るなら、軍神っていうのが日本を救えるんじゃ。
でも、状況からすると三歩の言う通りかもしれない。
「参ったな。戦う決心はついてたけど、これ以上所有者になるなんて考えてなかったよ・・・」
「所有者がおらねばスキルも手に入らんし、レベルアップでの成長もない。どう考えたって、怨霊から日本を取り戻すなら、所有者としての笠原の存在は必須だろうさ」
「うーん。でも、海鷹さんはそれでいいの? シェルターには、僕なんかより所有者に向いた人がたくさんいるんだよ?」
「か、笠原がいい・・・ダメ?」
潤んだ瞳。
上気した頬に手を当てて上目遣い。
舌っ足らずな話し方。
これでダメと言える男がいるだろうか。
否ッ!
「わかった。でも、先に言っておくよ?」
「な、なにかな・・・」
「君にスキルや成長を与えるために、所有者になるんじゃない。いいね?」
「えっと・・・」
海鷹はわかっていないようだ。
いつかわかってもらえたらいい。そう思いながら、海鷹の手を取って立たせる。
「じゃ、行ってくるよ」
「相手は怪我人だ、抑えるんだぞ」
「まあ、最中にHPは回復するっちゃ」
「キザ司令、海鷹をよろしくね」
やっぱりキザだったかな。
そう思うと、自然と笑っていた。
「行こう、海鷹」
「あ、うんっ」
海鷹は、情熱的だった。
すっかり寝入ってしまった海鷹に毛布をかけ、豪華な船室を出る。
2つ隣の部屋から声が聞こえたので覗き込むと、三歩達が酒盛りをしていた。
「ゴメン、今って何時? 地図がないからわかんなくって」
「21時だよ。よくもまあ、頑張ったもんだねえ」
「うっわ、何時間してたんだ僕・・・」
「ご苦労だったな。まあ、座るといい」
車座に加わると、すぐに焼酎が満たされた茶碗を渡される。
喉が渇いているので一口飲んだが、前のように吐き出したくなったりはしなかった。
「お、だいぶ慣れたみたいだね、司令」
「爺ちゃんも父さんも、焼酎をがぶ飲みしてたからね。僕も飲める方なのかな」
「所有は?」
「出来たみたい。HPも回復したし、機銃の弾も補充されたって」
「それは良かった。明日にはここを出られるな」
「でも海鷹はあの状態の笠原を、よくこんな時間まで相手に出来たっちゃね~」
「あるぜんちな丸の名は伊達じゃないってか。にひひ」
「海鷹って、アルゼンチンの人なの?」
偏見かもしれないが、南米の女性は情熱的というイメージがある。
それなら、あの変わりっぷりも納得だ。
「根っからの日本人、と言うか国産艦だよ。だが、彼女は戦争になったら軍艦に改造される前提で建造された貨客船だったんだ。航路は、南米だな」
「それであるぜんちな丸、か。最初から軍艦にするか貨客船のままか、どっちかにしてあげればよかったのにね」
「当時の世界情勢が、それを許さなかったのさ」
「そういえば、艦載機が補充されないって残念がってたよ、海鷹」
「それはそうだろう。航空機は航空機、銃弾とは違う」
「ちょっと待って・・・」
三歩は、三十年式歩兵銃をレベルと同じ数だけ具現化する。
なら、飛龍は・・・
「まさか、飛龍って爆撃機をレベルと同じ数だけ出せたりする?」
「もちろん。まあ、意味はないけどねぇ」
「海鷹は、空母を動かしながら艦載機も操れるって言ってたよ?」
「そうか。司令は軍の常識を知らなかったんだ。アタシらみたいな重爆撃機はね、空母じゃ使えないのさ」
「なんで?」
「デカイ、重い、発艦も着艦も距離が足りない。なんか、自分で言ってて嫌になるね・・・」
落ち込む飛龍の膝を、三剣ちゃんが叩いて慰める。
苦笑しながら三歩が注いだ焼酎を、飛龍は一息で飲み干した。
「う、なんかゴメン・・・」
「いいさ、事実だし。飛行場を1人で運用できるスキルでもなきゃ、アタシの分身は使い道がないねえ」
「笠原、【開発の基礎】というスキルがあると言っていたな?」
「うん、あるよ。まだ取ってないけど」
「それがあれば、艦船や航空機の性能は上がるかもしれん。それに期待だな、飛龍」
「そうだねえ。もう少し工業力があれば、助かった仲間も多かったはずだからね。悔しいよ」
「日本の技術力って、凄かったんじゃないの?」
零戦なんかがバタバタと敵機を墜としたって話は、僕だって聞いた事がある。
物量に負けた戦争、それが第二次大戦のイメージだ。
「技術力か。まあ、間違ってはいないがな」
「根っこがないのに、大樹となった感はあるよね。日本の技術力って聞くとさ」
「巧い表現だっちゃね~」
「どゆ事?」
「簡単に言うと、発想は良い。それを成し遂げる応用力と実行力も良い。が、基礎がなってないんだよ」
「基礎?」
「機械なんかは、当時の天才が集まって良い物をたくさん設計した。それを卓越した職人の腕で形にする。が、簡単な部品なんかはさっぱりだったのさ。維新から50年ほどで、五大国なんて言われたツケだろうな」
さっぱりわからない。
学校の成績は悪くなかったけど、それは受験勉強に限った話だ。
当時の世界情勢なんかも僕が知っている知識と、実際にそれを見てきた三歩達では感じ方が違うのかもしれない。
「たとえばだ。アタシの機体に使われてるオイル漏れを防ぐ部品は動物の皮を圧縮して成型した物なのに対し、敵機の部品はゴム製で熱膨張時の変形までも計算され尽くした高性能部品なのさ」
「うっそ・・・」
そんな状態で戦争に勝てるなんて、どうすれば信じられると言うんだ。
「ふふっ。まあ、そんな時代だったんだよ。寝酒も飲んだんだ。海鷹のそばで寝てやってくれ、笠原」
「・・・うん。ねえ、三歩。いつか、【開発の基礎】を取ってみんなを助けよう。基礎っていうくらいだから、その先にもスキルがあると思うんだ」
「楽しみにしてるよ」
「夢のようだっちゃ・・・」
「轟沈した艦達も、なんとか蘇らせてあげたいねえ。アタシが知ってるだけでも、たくさんの艦が沈んだ・・・」
「だな。いつか、きっと・・・」
静かに部屋を出て、海鷹の眠る船室に戻る。
きっと、3人は朝まで飲むのだろう。
なぜか僕は、その場にいてはいけない気がした。
いつか、僕も一緒に飲めると良い。そう思いながら、朝まで眠った。
「んん・・・」
もにゅもにゅ。
「ぷはっ」
「あー、おはよう。海鷹」
「お、おはよう・・・」
「今日は呉に出発だよ。痛いところはない?」
「う、うん。えっと、今のはその・・・」
海鷹は顔を真っ赤にしてもじもじしている。
「ん、ああ。いいんだよ。人前でとかじゃなかったら、好きな時にしていい」
言ってからキスをする。
唇を離すと少し寂しそうにしたが、海鷹はすぐに笑ってくれた。
「行こう。三歩達を起こして出発だ」
「うんっ」
2つ隣の船室。
思った通り、潰れるまで飲んだらしい。空の一升瓶や茶碗が床に転がっている。
「はいはい、起きた起きたー!」
「朝か・・・」
「そうだよ、飛龍も起きるっ」
「んー。眠い・・・」
「かしゃはりゃ、おみじゅがほひいっちゃ~」
「はいはい。どうぞ、三剣ちゃん」
全員が起きて身支度を整えると、船体の割れた場所で海鷹が救命艇を出してくれた。
それに乗り込んで外に出て、海鷹が本体を収納する。
「姐さん、この救命艇を3人で漕げば、内海を渡れるかもね」
「ふむ。関門鉄道トンネルを使うつもりだったが、怨霊が待ちぶせているならそれもありかもな」
「ま、まさか呉まで徒歩っ!?」