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海鷹




 慌てて軍隊手帳を取り出す。

 司令部レベルは、2になっていた。しかも、140も経験値がある。


「経験値300だったの、黒チハ!?」

「ああ。私達は全員がレベル9だ。笠原のHPも増えてるぞ」

「強くなったのは気のせいじゃなかったのか。そうなると、スキルが取れるね。三歩達はスキル追加されてる?」

「残念ながらないな」

「むう、レベル10に期待だね」


 渡された水筒を傾ける。

 飲み終わった水筒を渡すと、三歩もそれに口を付けた。

 三剣ちゃん、飛龍と水筒が回される。何気ない事だけど、自然と回し飲みが出来る関係というのは嬉しい。


「ごめんね。魂が宿ってないとはいえ、仲間である赤トンボをあんな風に・・・」

「さっき冠が言っていただろう。喜んでいたさ、赤トンボも」

「そうだっちゃ」

「だね。アタシだってあのままなら最後には、本体で体当りするつもりだったし」

「それでも、赤トンボには謝りたい、ううん。お礼が言いたいな」


 燃え尽きた赤トンボの残骸を見ながら、ありがとうと呟く。

 何かの部品が、カランと落ちた。


「気にするなって言ってるっちゃ」

「そうだと嬉しいね。大分方面に戻る? それとも、九重連山越え?」

「黒チハが待ち伏せていた道は、かなりの悪路だった。出来れば避けたいな」

「なら大分まで行って、市街地には入らずに別府か」

「先は長いねえ」

「慌てず行くっちゃ」


 出発前に決めていた通り、【部隊(艦隊)編成】を取得する。

 頭の中に、軍隊手帳の部隊編成欄に書き込みましょう、と文字が浮かんだ。


「うわっ、変な感じ!」

「どうしたっちゃ?」

「【部隊(艦隊)編成】を取ったら、頭の中に文字が浮かんだんだ」

「それは驚くね。なんて文字だい?」

「軍隊手帳の部隊編成欄に書けって、これだね」


 後ろの方のページに、第1部隊と書かれた枠がある。

 番号は、1から6。


「名前を書けばいいのかな」

「多分、そうだろうな」

「それじゃ、隊長の1番に三歩。2番の副隊長が三剣ちゃんで、3番が飛龍。僕が4番目かな」


 サラサラと、万年筆で名前を書き込む。


「うきゃっ!?」

「ぬっ!」

「ひゃー。何か文字がたくさん来たよ!」

「僕にも見える。えーっと、レベル1第1部隊に編成されました。スキル【以心伝心】が適用されます。・・・連携強化の部隊スキルか、いいね」

「司令長官が4番手というのはどうかと思うが・・・」

「まだ二等兵だからね。気にしないで」

「司令、修理完了」


 敬礼しながら言う、冠ちゃんの姿が透けていく。


「ありがとう、前回もっ!」


 早口で言うと冠ちゃんは敬礼しながら花がほころぶような微笑みを浮かべ、冠スパナになって地面に落ちた。

 なるべく丁寧に拾い上げ、軍服で土を拭ってから収納する。


「・・・行こっか。まだまだ先は長い」

「そうだな。それにしても、別府を通過する事になるとはな。笠原、別府の海岸に少しだけ寄り道してもいいか?」

「いいけど、目的は?」

「座礁した海軍の空母がある、かも知れない」

「なるほど。その空母が眠りについている可能性があるからか」

「いや、軍艦には同型艦はあれど同じ艦はない。可能性ではなく、ほとんど確定なんだよ」

「な、なんだって・・・」


 座礁なら、沈没ではないのだろう。

 400年もの間、その子は傷ついたまま眠っているなんて・・・


「一刻でも早く、その現場に行こう!」

「助かる。彼女の救出は現海軍の悲願。ゆ4にも、どうか様子を知らせてくれと頭を下げたくらいだからな」

「司令、運転は任せろ!」

「さっさと行くっちゃ~!」

「う、うん。行こう、三歩!」

「ああ」


 気合の入った飛龍の運転で、黒チハに遭遇した大分川の手前まで進んで1泊。

 翌日の昼前には、別府港に辿り着いた。


「怨霊、全然いないね」

「別府港は海軍の船が寄る事はあっても、大きな基地なんかはなかったからな。見えた。海鷹は健在だぞ!」

「あれか。かいよう、ね。覚えた。眠ってる?」

「まだわからん。飛龍、海岸沿いに進んでくれ。海鷹に一番近い場所から、船体に取り付く方法を探す」

「了解!」


 港も海岸線も、コンクリート製の建物が多い。

 港の入り口からチラッと覗けた市街地には路面電車らしき物も見えたし、都会だったのかもしれない。

 1時間も走らず、くろがねは小さな石の転がる浜に乗り上げてエンジンを止めた。


「姐さん、泳いで行くならここいらからだよ」

「満潮の状態で、それはさすがに危険過ぎる。漁船でもないか探そう」

「了解。じゃあ、くろがねは仕舞っておくよ」


 浜の陸側には石垣がある。

 その上に、亀のように船底を上に向けた漁船らしき船が何艘かあった。


「あれ、使えないかな?」

「塗料も塗っていない小舟か。怪しいが、見てみようか」


 三剣ちゃんを肩に乗せ、石垣によじ登る。


「そんな傷んでるようには見えないね」

「櫂もあるな。これなら、行けるか」


 3人で小舟を下ろし、波打ち際まで運ぶ。

 海に浮かべた小舟は水漏れもなく、普通に使えるようだ。


「行けそうだな。飛龍、櫂を頼む」

「あいよ。陸軍の航空機が船を漕ぐとか、訳がわかんないね」

「もう、陸軍だの海軍だの言ってられる兵力じゃないさ」

「そういう意味じゃないんだけどね。どっせーい!」


 小舟を押して、飛龍が小舟に飛び乗る。

 櫂なんて使えるのかと思って見ていると、飛龍は器用に小舟を操ってみせた。


「おお、さすが飛龍。何でも運転するんだねえ」

「言う事を聞かずに好き勝手にアタシを攻めるような乗り物もあるけどね。これくらいなら、かわいいもんさ」

「何の事かわかりません!」

「説明してあげようか?」

「結構です。おお、でっか。海鷹でっかー!」

「これでも、商船改造空母だから小さい方だっちゃ」

「ほえー。凄いんだねえ」


 まるで横にした高層ビルのような船体が、徐々に近づいてくる。


「どこで目覚めさせるの?」

「考えてなかったな。飛龍、いい案はないか?」

「そうだねえ。ロープで小舟を固定して、ここで起こせばいいんじゃないかな。もし海に落ちたって、かえって目が覚めていいさ」

「乱暴な奴め。だが、それでいいか」

「いや、それはムリっぽいよ・・・」

「なぜだ、笠原?」

「し、浸水してるっちゃ~!」


 漕ぎ出してしばらくして、老朽化した小舟は海に耐えられなくなったらしい。

 すでに砂浜より海鷹の方が近い。

 掌で水を掻き出す。雀の涙だとしても、やらないよりはいいだろう。


「退屈しないねえ、まったく。急ぐよっ!」

「海鷹の船体が割れてる。あそこを目指せ、飛龍!」

「あいよっ」


 水はどんどん染み出している。

 割れた船体に小舟が入り込む頃には、ほとんど沈没寸前になっていた。


「三剣ちゃん、僕の頭の上に! 髪の毛をしっかり掴んでるんだよ!?」

「助かるっちゃ」

「姐さん、ロープだ!」

「任せろ。笠原、肩を借りるぞ!」

「好きにしてっ!」


 僕の肩に手をかけ、三歩がジャンプする。

 そのまま肩を蹴り、かなりの高さの船内に三歩は消えた。同時に、小舟が完全に沈む。

 立泳ぎ。小学校の頃から、数時間なら泳いでいられた。僕の数少ない特技だ。


「飛龍、泳げるっ!?」

「長くはムリ!」

「なら先にロープで上がって!」

「助かるっ」


 垂らされたロープに飛龍が取り付く。

 そのまま腕の力だけで、飛龍はロープを登り始めた。


「三剣ちゃん、いるね?」

「あったりまえだっちゃ~」

「いいよ、司令!」


 ロープ。

 腕に力を込める。

 レベルアップの効果か、それほど苦労せずに登り切った。


「ふうっ。危なかったねえ」

「やはり、船は苦手だ・・・」

「姐さんにも、苦手な物があるとは」

「三歩はモズクも苦手だっちゃ~」

「ここで目覚めてもらう?」

「だな。艦内を勝手に動き回るのも申し訳ない」


 陽の光は差し込んでいるので、地図を出して怨霊がいないか見ておく。

 戦乙女を目覚めさせる時、僕に出来る事はなにもないのだ。

 割れた船体が痛々しい。食料が手に入れられるなら、冠ちゃんに修理を頼むべきだろうか。

 いや、ここで修理するよりも、呉まで行ってから修理をした方がいいはずだ。本体が損傷していると戦乙女が動けないとか痛みを感じるとかでないのなら、すぐに出発するべきかもしれない。


「目覚めるぞ・・・」


 横になったまま、ふわりと浮いている女性。

 セーラー服に、栗色パーマをかけたような髪。背は三歩より低く顔立ちも幼いのに、胸やお尻が飛龍より大きいのはなぜなんだろう・・・

 海鷹さんは横になったままゆっくりと床に下りて、動かなくなった。


「本体が損傷しているから、動けないの?」

「違うとは思うが・・・」

「・・・ううんっ」


 エロい、言いかけて慌てて口を止める。


「おい、大丈夫か?」

「機雷、爆発・・・」

「もう大丈夫だ」

「夕風さん、ぼくはもうダメ・・・」

「おい、しっかりしろ!」

「黒い所属不明機、爆弾投下。そ、そんな、排水ポンプが動かないっ! いやああああっ!」

「おい、おいっ! クソッ。笠原、HPが減ってる。手でも握ってやってくれ」

「武器じゃないけど、回復するの?」

「わからん。だが、このままでは・・・」


 海鷹さんは、床で苦しげに身を捩っている。

 効果はないかもしれないが、上半身を起こして肩と胸の間に頭を置いた。手を握ると、意外なほど強く握り返される。


「怖かったね。もう、大丈夫。敵機は飛んでいないし、浸水は止まってるよ」


 額の汗を拭う。

 薄く目を開けた海鷹さんが、微かに唇を動かした。


「三歩、水を」

「わかった」


 頭を撫でながら、水筒が出て来るのを待つ。


「こ、こは・・・」

「海鷹さんの船内。遅くなってごめんね、助けに来たよ」

「ぼ、くを?」

「そう。君を、助けに来た。もう心配しなくていい」

「水だ。少しずつ飲むんだぞ?」


 口に水筒があてがわれると、海鷹さんは少しずつ喉を鳴らした。

 たっぷり飲んで満足したのか、僕の胸に顔をうずめるように動く。


「ぼく、助かった・・・」

「うん。もう怖くないからね」

「黒、い所属不明機は・・・」

「もういないよ。呉でみんなが待ってる。一緒に帰ろう」

「呉、帰ってもいいのかな。役立たずのぼくが・・・」

「もちろんさ。ずっと、仲間は君を助けようとしていたんだ」

「ほんとう?」

「間違いない。だから、一緒に帰ろう?」

「・・・うん」


 そう呟いて、海鷹さんは眠ってしまった。

 16700というとんでもないHPは半分ほどに減っているので、それも仕方のない事だろう。


「座礁中だから、HPが減ってるの?」

「多分な。だから本体を収納させて、陸で休ませたかったんだが・・・」

「寝せといてあげよ?」

「気持ちよさそうに眠ってるっちゃ」

「まあ、仕方ないな」


 今は、ゆっくり眠って下さい。

 そう思いながら、栗色の髪を撫で続けた。



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