2話
連への嫌がらせは、日に日にエスカレートしていった。
『死ね』なんて書かれた張り紙が、家中に貼り付けられたり、家の中にゴミが投げ込まれたり、カミソリ入りの封筒が送り付けられたり。ありきたりな嫌がらせのオンパレード。
そうやって、ウジガミ様をこの村から追い出すのがウジガミ様の儀式だ。悪いものを村から追い出すことで、村の人間は平和に暮らせる。それが何百年も前から続いている、ウジガミ様の言い伝えだ。
あたしも連も、そんな悪意に満ちた罵倒や嫌がらせは全部無視した。村ぐるみで行ってることだから、いちいち腹を立てたってどうしようもないって諦めてた。
けど、実際その悪意を全部受けてる連は、一体どういう気持ちなんだろう・・・
学校も退学になって、この村にもう連の居場所なんかない。むしろ、どんどん追い詰められてる・・・
けど、連はウジガミ様のことで一度も怒ったことがなかった。悲しそうな笑みを浮かべるだけで、あたしの顔を見て微笑むんだ。
もちろん、村から出て行こうなんてしない。
どうして、連はこんなことを我慢してるの・・・どうして、我慢してまで、この村に留まろうとしてるんだろう・・・
「星を見に行こうよ!!」
悪意にずっと耐え続ける連のことを、とても見ていられなくて、せめて元気付けてあげたいって、私は連を外に連れ出した。
真夜中に人目を避けて、近くの高台に向かった。そこなら、満天の星空が見られる。連も喜んでくれる。
「綺麗・・・」
目の前に広がる無数の星に、あたしは思わず呟いたんだ。針で穴を開けたような小さな星の光が、それでも強く輝いていて、あたしの瞳に深く焼き付いた。
素直に感動してしまう。自分の村なのに、知らなかったんだ。星空がこんなに綺麗だなんて。
二人で芝生に座って、星空を眺めた。連も星空に夢中みたいで、ずっと上ばっかり見上げて。
けど、小さな声で
「ありがとう、スズ」
って呟いた。
「星・・・ちっちゃいね。どれだけ遠くにあるんだろ?」
ひときわ強く瞬く星を指差して、あたしは連に問いかけた。
本当に、小さい。小さくて、遠くて、見えなくなっちゃいそう。それはまるで、あたしたちと村のみんなとの間ぐらい、離れてるって思った。
あたしと連との、距離だとも。
「何万光年も離れてるんだろうね」
「何万光年って、なんで急に時間の話?」
あたしがバカっぽく尋ねたから、連は可笑しそうに笑って。
「距離の単位だよ。一万光年ってのは、光の速さでたどり着くのに一万年かかるって、それぐらい遠いって意味だよ」
「ふーん。じゃあ、あの星はきっと、十億年くらい離れてる」
何の意味もなく口にした数字だった。
あたしの言葉に、連はまた失笑して
「そんなの、たどり着けないじゃん」
そうだよ、たどり着けないよ・・・
あたしは連の心に、全然たどり着けない・・・
二人で星を眺めながら、あたしはちゃんと聞かなくちゃって思ったんだ。
正直、聞くのは怖いよ。連だって、触れられたくないのかもしれない。けど。
「・・・ウジガミ様のこと、つらくない?」
連は、何も答えてくれなかった。いつもみたいに悲しそうな笑みを浮かべて、あたしの顔を見て微笑んでた。
「どうして、連が苦しい思いをしなきゃいけないの・・・こんな小さな村なんかのために」
この村は外の世界から嫌われて、追い出されて、見放されたような村だ。みんな、村の外から出ようとはしないし、身内思いだなんて言ったら聞こえはいいけど、ただ排他的なだけだ。
ウジガミ様だってそうだ。自分たちが平和に暮らしたいからって、誰かにウジガミ様を押し付けて、陥れて、優越感に浸ってる。そうしなきゃ自分たちのコミュニティを守れない、そんな腐った連中の集まりだ。
こんなちっぽけな村に何の価値があるの?
そんな奴ら、死んじゃえ。みんな、いなくなればいいのに。
「村のためなんかじゃない・・・計算したんだ」
連は恥ずかしそうにうつむいて、急に小さくこもった声になった。暗くてよくわからなかったけど、もしかすると顔も真っ赤になってたのかもしれない。
「・・・ウジガミ様になって、悪いもの全部背負い込めば、スズはずっと平穏のまま過ごしていけるって・・・」
えっ・・・
あたしは驚いて、何も言えなかった。連がウジガミ様になったのは、こんなに苦しいことを耐え続けてるのは、全部あたしのためだんて。
勝手に涙が零れる。
「えっ、ちょっ・・・嘘・・・」
どんどん涙が頬を流れていくから、あたしは格好悪いくらいうろたえちゃって、涙を拭うことで必死だった。
連が心配そうにあたしを見つめる。
「どうしたの、スズ・・・何かあった?」
ごめん。違うんだよ。
嬉しかったんだよ。本当に、本当に嬉しかったんだよ。
けど、もしかしたらあたしのせいで連はウジガミ様になっちゃったんだって、あたしがいるから連はウジガミ様として苦しい思いをしてるんだって、バカなこと考えちゃったんだ・・・
ゆるしてよ・・・
「・・・っ」
もうこれ以上、涙が止まらないところを連に見られたくなくて、あたしは連の口をふさいだ。
あたしの唇で。強く、強く。
そうしなきゃ誤魔化せないくらいあたしの心は爆発しそうで、いてもたってもいられなかったんだ。
連は少し驚いた素振りを見せたけど、何も拒否はしなかった。
そのまま、無言の時間が過ぎていく。真っ暗な場所で、長く。
・・・ねぇ。今なら、あたしの心が直接連に伝わるかな?
口移しで、喉に流し込んで。
あたしの全部、連に伝えたいよ。連の全てを、知りたいよ。
ゆっくりと連の唇から離れて、あたしは微笑んだ。涙はもう、止まってた。
「・・・あたしたち、堕ちてるよね。きっと、この村の子じゃないんだよ」
ウジガミ様に選ばれた子。
ウジガミ様を愛してしまった子。
そうだ、あたしたちは村のみんなから弾かれ嫌われた、疎まれ者なんだ・・・
「そうかも。もしかしたら、あの星から生まれ落ちたとか。」
連が空に瞬く星を指差しながら、そんなロマンチックなことを口にした。
あたしは「十億年先から?」なんて鼻で笑った。
「・・・そうだったら、いいよね」
本当、そうだったらいいのにね。
けど、現実あたしたちはこの村で生きている・・・
あたしは少し肌寒く感じて、連の胸に寄りかかった。
連がそっとあたしを抱き寄せる。
そのままずっと、夜が明けるまで連と一緒にいた。
たった一夜が、十億年の距離を埋めてくれるような気がしたんだ。