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1話

 幼馴染みの(れん)が、ウジガミ様に選ばれた。


 昔は『氏神様』なんて呼ばれて、姓名を司り五穀豊穣や安産をもたらす神様だったらしいけど、それが年月が経つにつれて『ウジ虫の神様』に変わった。

 深い森や山に囲まれて外の世界から拒絶されたこんなド田舎じゃ、そういった迷信や言い伝えが未だに根付いていて、ウジガミ様もその一つだ。


 二十年に一度、村の人間からウジガミ様が選ばれる。


「連くんが、今回のウジガミ様に選ばれんたんだって・・・」


 学校からの帰り道。同級生のサキからその話を聞いたとき、あたしは深くは知らなかったんだ。どうしてサキが暗い顔をしているのか。それが、どういう意味を持っているのか。


 十六歳のあたしたちにとっては、それは初めてのウジガミ様だったから。







「今日も遊びに来ましたよ!」


 あたしはいつものように、連の家の扉を開けた。放課後は連の家に押し掛けて過ごすのがあたしの日課だった。


 連はいつも笑ってあたしを迎えてくれる。嫌な顔ひとつせずにお茶を入れてくれる。

 そんな連の横で、あたしは来て早々横になってゴロゴロダラダラって過ごしてた。


「本当、スズは飽きないね。こんな何もない家に毎日来てさ」


「だってこの家、居心地いいし」


 そう返したのは、半分本当。子供の頃から毎日来てるこの部屋に、自分の部屋以上の心地よさを感じてる。


 連には両親がいない。子供のときに土砂崩れに巻き込まれて、それから連はずっと一人きりだ。寂しい思いをしてる連を何とかしてあげたくて、毎日連の家に遊びに来てた。それが十六歳になった今でも続いてる。


 ・・・けど、あたしはそれを言い訳にしている。


 自分でもわかっていた。連のことが気になり始めていたことを。ただ毎日、連に会いたくてこの家に来てる。


 もちろん、そんな恥ずかしいことを言えるわけも無くて、認めたくなくて、つい意識してしまうといつも連から視線を反らして、素っ気ない態度を取ってしまうんだ。


「なんか、いいな・・・こういうの。幸せ」


 ダラダラしながら、あたしはしみじみ呟いてた。


 「そうだね」って連も応える。


 軽い気持ちの独り言だったけど、本当にそう思ったんだよ。平穏でゆったりとしたこの時間が、ただ連と一緒にいるだけの時間がずっと続けばいいのにって、本当に思ったんだ。


「そういえば、ウジガミ様に選ばれたんだってね・・・」


 自分で話を振ったけど、何て続けたらいいのかわからなかった。おめでとう?頑張ってね?そんな言葉、連に言える訳がない・・・


 けど、言葉に迷うあたしを見て連は優しく微笑んでくれた。


「・・・ありがとう」


 次の日、連は学校を退学になった。







 ウジガミ様に選ばれた人間は、村中から忌み嫌われる。ウジガミ様がこの世の悪いものを全部集めたようなウジ虫だからだ。


 連は、ウジガミ様ってだけで学校を退学になった。学校にも行けなくて、働くこともできなくて、外に出れば村中から無視される。白い目で見られる。罵られる。暴力を受けることだってあるみたいだ。


 そういう場面を時たま見かけると、あたしは何もしてあげられない自分が悔しくて堪らなかった。連の頬の青いあざに、胸が苦しくなる。

 どうして、連にこんな酷いことができるんだろ・・・ウジガミ様だから? ウジガミ様ってなんなの・・・


 だからこそ、あたしは毎日連の家に行くことをやめなかった。連が酷い仕打ちを受けてることを知ってたから、余計に連の側にいたかったんだ。何とかしてあげたかったんだ。


 ウジガミ様が選ばれてから、村の人間は露骨に変わった。今まで連と親しくしてた人たちが、手のひらを返すように連のことを拒絶した。


 あたしにだって。


「・・・ねぇ、スズちゃん。ちょっといいかな?」


 教室でサキから気まずそうに声をかけられた。そのまま校舎の人気の無いところまで連れられて、サキは言いにくそうに口を開いた。


「・・・こんなこと言いたくないけど、もうウジガミ様に関わるの、やめたほうがいいと思う」


「なんで、そんなこと・・・」


 優しいサキからそんなことを言われたから余計にショックだった。心配そうな顔で、不安そうな声で、本当にあたしのことを思って言ってくれた言葉だって、痛いくらいにわかったから、余計に。


 ずっと『連くん』って呼んでたサキも、もう連の名前を口にしない。誰も名前を呼ばない。連の話をしてるはずなのに。まるで、『連』って名前は初めから存在してなくて、生まれたときから『ウジガミ様』だったみたいに。


「スズちゃんのことが心配なの・・・正直、スズちゃんがウジガミ様に構っちゃうの、みんな快く思ってないの。このままじゃ、スズちゃんまで酷い目に合っちゃいそうで、私は怖いよ・・・」


 泣きそうな顔で、サキはあたしの顔を見つめた。


 ・・・あぁ、きっと勇気を出して言ってくれてるんだろうな。普段から人に優しいサキだからこそ、こうして真剣な眼差しであたしに話してくれてる。あたしのために。


 けど、だからこそあたしはYESなんて言えないって思った。連のこと、放っておける訳が無い・・・


「・・・ウジガミ様なんて関係ないじゃん。連は大事な友達だもん!仲良くするのは当たり前じゃない!なんでそんなこと言うの!!」


 サキがあたしのことを心配してくれてるのはわかってる。


 ここでふて腐れるのは、逆ギレするのは、サキに申し訳ないってわかってる。


 けど・・・


「・・・もう、あの子は連くんじゃないよ。ウジガミ様だよ」


 ・・・だから、仕方の無いことなんだよ。


 ・・・連くんのことは諦めて。忘れて。


 サキがため息をつく。


「違う!ウジガミ様である前に、連は連だよ!連がウジガミ様だってことは、そんなに大事なの!!」


「大事だよ!!」


 ビックリするくらい大声で、サキは叫んでた。


 あたしはたじろいで、何も言えなかった。静かな空間の中でサキの荒い呼吸の音がただ聞こえてる。


「ウジガミ様は悪いものだもん。この村にはいられないんだよ・・・」


「・・・はぁ、何それ?訳わかんない」


 あたしは逃げるように立ち去った。


 ・・・信じない!!信じたくない!!


 連が悪いものだなんて、この村にいられないだなんて・・・


 連は、何も悪いことなんかしてないのに!!



 それから、サキと話すことはなくなった。


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