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向こう側にある世界

作者: 荒巻素子

向こう側にある世界


 チャイムがおされた。僕は玄関に行き、ドアについてるのぞき穴から外を見た。


 スーツを着た女性が立っている。礼儀正しく両手でアタッシュケースをもっている。からだの前で手を交差させ、右手でケースの取っ手を持ち、左手はそれを隠すように指をピシリと伸ばして添えられている。おそらく保険のセールスだろう。

  彼女は若かった。二十代前半に見える。背すじをのばし、ほほえんでいる。客がドアを開くのを待っている。こんな僕のことを待っている。

 僕は半年前に大学を休学した。今はずっとネットゲームをやっている。唐突に二度めのチャイムがおされた。


―――だれもいない空間に音が響く


 それは「東京アンダーライフⅣ」というゲームだ。夜のゆりかもめから世田谷区の小道まで再現された世界で、約百万人のユーザーと三百万のプログラムされた人々が生活している。僕はその中でタクシー運転手として働いていた。駅前でユーザーを拾って、目的地まで送り届ける仕事だ。彼らは仕事の取引だったり、仲間同士のチャットパーティーだったり、あるいは殺人を犯して逃げる途中だったりでなんらかの急用を抱えていた。ゲームの中では経済のスピードが現実より段違いに早い。工場での生産や企業の研究開発が無人化、高速化されているため、次々に新しいものが産み出される。特に開拓されていない市場(若者向けの在宅介護、子供向けのジュエリーブランド、二十四時間東京観光タクシー等、現実世界では考えられない商品が盲点となり新規市場として広かれていた)を掘り当たときは、商品を展開した次の日にはライバル企業が複数現れていて、市場のシェアを三分割されているといった有り様になる。

 僕の商売は繁盛していた。ゲーム中のタクシーは初乗り千円で、バスのおよそ十倍の価格であるがそれでも人々はこぞって乗りたがった。理由はいくつかある。


①ゲーム中では、人々はとにかく時間を短縮したがる。目的遂行を一秒でも早くしようと必死になる。たとえ新宿から渋谷まで歩いても肉体的な疲労はゼロなのにだ。これはインターネットの特性による。人間は現実世界で1時間座席に座ることはできるが、ネットの中では十秒すらじっとしていられないようだ。

②ゲーム中では、人々はお金を使いたがる。あらゆる人気商品、サービスがウィンドウで常に参照できるようになっているため、自分の欲望を満たすものに常に出会う。一身上の心配などしないから貯蓄などあり得ない概念なのだ。

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