表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

第四話・終わりへの道(新版)

2008年8月10日


毎朝新聞記事

千里総合病院で謎の症例。大阪府千里中央にある千里総合医療で食中毒により死亡した患者が霊安室で突如生き返ると言う医療ミスが発生。

患者は現在隔離されている。

専門家からが、これから原因を究明するとの事。

間違えて死亡と判断した責任として千里総合病院の福田院長が辞任すると発表。

なお、先月も枚方市の病院で同じような事例が発生しており、医療機関の質の低下が指摘されている。





2008年10月10日


朝夕新聞記事

伊丹市の福田病院で医療ミスか?。

死亡認定後に患者が生き返る。

患者と家族は現在安全の為隔離中。




二つの事件は新聞は取り上げられたものの話題になる事は無かった。


それには理由があった。







2008年8月1日


 大学の広い講義室に、一人の白衣を着た男性が壇上に立っていた。

 大学特有の、急勾配にせり上がったひな段の列には学生がびっしりと座っている。

 講義室の引き扉には、「E-6 烏丸からすま教授の細菌学」と記されている。


「えー、このように致死率40パーセント以上と言われる天然痘てんねんとうですが、1958年にWHOで可決された「世界天然痘根絶計画」によりウイルスの根絶が始まりました」


 白衣男性は、右手でマイクを握り、左手で、マウスをクリックした。すると、スクリーンに天然痘ウイルスの顕微鏡画像が表示される。


「撲滅運動のおかげもあって、日本では1955年以降、症例は報告されていません」


 生徒の一人が手を挙げた。


「はい、そこの君!」と段中央に座る女子学生を指す。


「致死率40パーセントのウイルスが簡単に死滅してしまうのでしょうか?」


 白衣男性が女子学生の質問に納得したように大きく頷く。


「何も特別な事はして無い。天然痘の撲滅は地道なワクチン摂取によって達成されたんだ。つまり、コツコツと積み重ねる事が大事なんだね」


 なるほどと頷く女子学生。


 そんな、講義の様子を見守る不思議な男性達がいた。

 黒いスーツに、アルミ製のロック付きのケースを持った二人組だ。

 その、大学の講義室には到底いるはずもない二人組は、壇上の白衣男性の話の話に耳を傾けている。


 耳を劈くようなベルが鳴り響いた。

 その音を聞き、待ってましたとばかりに一斉に荷物をまとめ始める学生達。


「それじゃあ、明日は、感染症とワクチンについてです! 予習を忘れないように!」講義室を出ようとしている学生にも聞こえるように大声を出す白衣男性。


 ベルが鳴って1分もしない内に、講義室は空っぽになってしまった。

 学生が居なくなった事を確認し、スーツ男性の一人が声を挙げた。


烏丸後城からすまごじょう教授ですか?」


 見知らぬ男たちに声を掛けられ困惑する白衣男性。


「ええ、そうですけど」

「私は、DJ機関から来た者です」

「DJ?」

「ディフェンス・ジャパンの略です」

「あの、そのDJさんが、何の御用でしょうか?」

「これを見ていただければ解るかと」


 ケースを机の上に置き、ロックを外すスーツ男性。

 中には沢山の写真やグラフの載った紙がクリップで止められている。

 その中の一枚を取り出し、渡すスーツ男性。


「こちらの資料です」


「これは……そんな!」




 何かが動き始めた。




2008年9月15日

首相官邸


 木目調のアンティークな椅子に白髪の男性が腰を掛けている。そこまで広くは無いが、木の温もりを感じる事の出来そうな板張りの壁。大きな窓の向こうには東京の超高層ビルが見えている。

 男はくるっと足で椅子を回転させ、窓の方に向かせると静かに立ち上がった。

 彼は、五十嵐重造(いがらしじゅうぞう)58歳。当時の総理大臣である。


「それが、君の出した答えかね」


 そう言うと、五十嵐は窓を向いたまま静かにため息をついた。


「はい、間違いありません」


 五十嵐と話しているのは京都医学大学教授の烏丸後城(からすまごじょう)である。

 彼は未だ29歳と若い青年である。烏丸はジーンズに灰色の作業着と、首相官邸には到底似つかわしく無い出で立ちである。しかし、頭の方は切れる男だった。


「五十嵐総理、もはや一刻の猶予もありません。遅れれば遅れる程、尊い命が失われる事になるのです」


 五十嵐は窓から見える景色をじっと見ていた。そして、そこに居るであろう人々の事を考えた。



 今、車に乗った彼は助かるだろうか? あの一人歩いている若い女性はどうなるのか?

 これから自分がしなければならない決断がどれ程重大な事か。


「烏丸君、君が言っている事が本当だとするとだ、何故この国なんだ。何故日本なんだ!」

「分かりません、ただ私が言えるのは、我が国は"細菌"による攻撃を受けていると言う事だけです」


 五十嵐は納得がいかなかった。

 細菌テロならば犯行声明が有る筈である。しかし、一ヶ月が過ぎようとしているのに今だにどこからも声明が無いのだ。


「だがね、あんな恐ろしいウィルスをどうやって作ったんだ」

「それは未だ解析が出来ていません」


 五十嵐は少し感情が込み上げてきたが、ここで冷静にならねばと心を落ち着かせた。


「官房長官や大臣を集めて話をする。君も来てくれ」


 烏丸は少し気が引けた。研究所から急いできたので格好も普段着のままだったからだ。


 「その前に、着替えた方がいいな。秘書に言って服を用意させよう」

 「ありがとうございます」


 烏丸は心配事が一つへり胸を撫で下ろした。


「会議は20時から行う」

「わかりました、失礼します」


 そう言って烏丸は部屋を出た。




 会議は予定通り20時から行われた。

 厳選された内々のメンバーだけでの会議だ。その為人数も15人居るか居ないである。

 ピシッとしたスーツを着た烏丸が話を始めた。


「みなさん、これを見てください。これは、先月に大阪の病院で撮影された映像です」


 照明の光量が落ち、スクリーンに映像が写し出された。

 映っているのは暗い部屋にベットが並んでいる様子のようだ。

 大臣の一人が早く終わらせろとばかりに文句を言ってきた。


「これが何だって言うんだ。結論を言いたまえ結論を!」


巣鴨(すがも)農林水産大臣、静かに観た方がいいですよ」


 五十嵐が仲裁に入ると巣鴨は咳払いをし、しょうがなさそうに映像をみ始めた。

 依然映像に変化は見られなかった。

 この頃になると、部屋に居た大多数が、何の映像を見せられているのか検討が付いていた。暗い部屋にベットが並んでいる。そう、霊安室だ。

 1分程経過した時、家族連れが霊安室に入ってきた。


「何なんだね?」と、巣鴨大臣。


 映像は、家族連れの中の女性が枕元に線香を立てようとしている所だ。

 女性が線香に火を付けた瞬間だった。なんと、死んでいると思っていた遺体がいきなり女性の腕に噛みついたのだ。

 余りにショッキングな映像だった為、数人が仰け反った。また巣鴨が文句を飛ばした。


「新作のホラー映画かなんかかね?私は忙しいのだよ、こんな馬鹿げた事に付き合ってはおれんのだ」


 烏丸は少し結論を急ぎ過ぎた。五十嵐にはそれが分かっていた。こういう連中を相手に話す時は、順序をゆっくり説明しなければならないのだ。


「とにかく、私は帰らせてもらうよ」巣鴨は立ち上がってしまった。


「巣鴨君、席につきなさい」


「私は…」


「君は聞いて居なかったのかね?」


「何をですか総理?」


「烏丸君、これは何処で撮影された映画かね?」


「総理、これは大阪の病院で撮影された映像です。それと、これは映画ではありません」


 巣鴨も他のメンバーもようやく事の重大さを理解してきたようだ。


「じゃあ、つまりこれは本物の映像…」


 巣鴨は映像を見て、唾を呑み込んだ。

 なんと酷い光景なんだ。しかし、何故これを我々に見せるのか?噛みついた患者は病気なのか?

 今度は別の大臣が烏丸に質問を投げ掛けた。文部科学大臣の上田だ。


「烏丸君だったね、君とは依然何度か会った事があるし君が優秀なのも解っている」少し照れる烏丸。


「しかし、この映像だけ見せられてもよくわからんのだ。この映像が指す意味を教えてくれ」


 自分の説明不足を理解し頷く烏丸。


「申し訳ありませんでした。ですが、映像のとうりなんです」


「と、言うと?」


「はい、この映像は見ての通り霊安室の監視カメラの映像です。そしてベットには遺体」


「それは解っているよ我々も!」と巣鴨が茶々を入れる。


 動向を静かに聞いていた外務大臣の外山(とやま)が初めて口を開いた。


「今、霊安室と言ったかね?」


 外山の目を見て烏丸は「はい」と答えた。


 上田は思わず立ち上がると「まさか!」叫んだ。


 五十嵐は冷静に「そのまさかです」と力強く答えた。


 状況を読み込めていない巣鴨が「何がなんだ」と焦る。


 そして、上田は半ば喧嘩腰に烏丸に歩みよりながら「それでは、ベットに寝ているのは遺体だと言う事かね!」と叫んだ。


 烏丸の胸ぐらを掴む上田。


「そうです、遺体です」と苦しそうに話す烏丸。


 上田は暫く胸ぐらを掴んでいたが、我に返り「すまない」と烏丸の襟を元にもどした。そして頭の中で整理をつけながら話を始めた。


「このビデオが語る事はただ一つ。死んだ筈の人間が生き返った事だ」


 部屋中がどよめいた。


「だが、我々をここに集めたのには訳が有るのだろ総理?。じゃなければ医学博士を呼ぶべきだ」


 上田の話は的を得ていた。大臣達や厳選されたメンバーを集めたからには他に理由が有る筈だからだ。


「テロ…かもしれんのだよ」総理は目を閉じ、神妙な口振りで呟いた。


「テロ、と言うと?」と外山。


「細菌テロだよ外山君」と総理。続けて「これについては、官房長官から話してもらう」と答える総理。


 大臣の一人が質問した。


「今、どれくらいの人数が把握してるのですか!」

「私と官房長官、そして烏丸教授、DJ機関だけです」

「DJ機関とは?」巣鴨がまくし立てるように質問する。

「ヂィフェンスジャパン、防衛省に設置された極秘機関です」


 ざわめく会議場。


「どうやって予算を捻出したんですか?」と、外山議員。

「解りました。その前に、細菌の性質について烏丸教授から説明をお願いします」と総理がごまかす。


 長い夜が幕を開けた。烏丸は総理の指示通り、ウイルスの特性を大臣達に説明した。


 今度はうまくやるぞ彼はそう心に決め、ウイルスの話を始めた。


「このウイルスは非常に危険な特性が有ります。簡単に説明すると言う死に至ります」


「それじゃあ患者が生き返った説明がつかないじゃないか」と巣鴨大臣。


 それに対し「そう、患者はウイルスによって死にました。しかし、生き返ったのです」


「と、言うと?」


「正解には患者は死んでいます。しかしウイルスによって無理やりに体を動かしているのです」


 ポカンとする大臣達。


「ウイルスが人間の動物的な部分を刺激しているようなんです」外山大臣が「それで他人に噛みついたと言う訳か」と、続けて官房長官が悔しげに「しかし、何処の国の馬鹿がこんな物を」と拳を握った。


「それが分かって居ないんです。これが自然発生的な物なのか或はテロなのか」


 驚いた様子で「まるで狂犬病のようだな」と巣鴨。

 会議室には何とも形容し難い雰囲気に包まれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ