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6話「帰宅と巫女」

「こ、これは……その」


西条さんに呼び止められ事情を訊かれた僕は何も言えずにいた。どう答えたものか判断つかなかったからだ。

彼女も僕に話しかけてくれる数少ない人だ。クラスの人気者で中心人物。きっと一般的に見ても可愛い部類なのだろう。

そして善人だ。

そんな善人な西条さんを不快にさせるわけにもいかない。まさか、居心地が悪くなったからなんて言えるわけがないよ。


「……別に、ちょっと」


適当な理由も見つからなかったので、それだけを言うと歩みを再開する。

もう一秒だって教室には居たくなかった。


「ちょっと、って……まだ学級会中だよ?」


そんなことは知っている。でも終わるまで教室に居るわけにもいかない。

西条さんの問いに答えず教室を飛び出した。


「待って! これから演劇の内容とか役とか決めるんだから、天色君も居ないと!」


なんと、西条さんも廊下に出てきた。

なんのつもりなのだろうか。まだ何か言い足りないとでも言うのか。勝手に帰るなクソ野郎とでも言い放つのか。

これ以上付いてこられても困るので一度足を止める。


「別に……僕が居る必要はないはずだけど」


「必要だよ。天色が発案者なんだし」


ああ、そう言えば僕が演劇の発案者だったっけ。本当、余計なことをしたものだ。僕は実に馬鹿だなぁ。他人どころか自分にすら迷惑をかける。


麻桐は僕にだけ責任は負わせないと言っていたけど、僕の責任とはなんだ?

居続けることか? 邪魔者扱いされ続けることか?


「ごめん。

本当なら責任をとらないといけないんだろうけど、僕には無理だから」


「責任って、そこまで重く考えなくてもいいと思うけど。

ただ居るだけでいいんだよ?」


その「居るだけ」が無理なのだけど。


「……ごめん。

あそこに居続けることが僕にはできないんだ」


「なんで? ……儚居さんに何か言われた?」


「え、なんで……儚居さん?」


確かに決定打はそれだけど、別に僕は儚居の所為で出て行くわけじゃない。

誰かの所為で僕は僕の行動を決定しない。


「そ、それは……ずっと二人が話しているのを見、じゃなくて、耳に入って来たから。

ちょっと遠くて会話の内容は聞こえなかったけど、話しの後に天色君立ち上がったし」


よく見ているものだ。

クラスの中心人物ともなるとクラスで交わされている会話を全部把握しているのだろうか。

きっとこういう積み重ねが人気者になる秘訣なのだろうね。絶対真似したくない。


「……」


「もしかして、本当に何か言われたの?」


「……いや、何も言われてないよ。

僕と儚居さんの会話は終わっていたから。僕が出ていくのは僕個人の理由だよ」


儚居さんが言ったことは、彼女一人の意見ではない。言うなればクラスの総意。

それなら目の前にいる西条さんはクラスの中心人物だから当然同じ意見のはずだ。

それなのにわざわざ僕を呼び止めるメリットってなんだ。

居てはいけないという意見と、居なければいけないという責任で板挟みにして得する理由は?

……あー、見てて面白いってやつか。

なるほど、納得だ。自分より惨めな生き物を見る事で相対的に自分を良く思うってやつだね。たまに大家族とか貧乏家族のドキュメンタリー番組なんかを観て、優越感に浸る人間が居ると聞いたことがある。これもそう言った物の一つか。

珍しく今日は僕に構う人が多いな。


「よければ、僕は居ないものとして扱ってくれないかな。

そっちの方が皆も気が楽だろうし」


好き好んで馬鹿にされたいわけでもないからね。


「気が楽って、どうして?」


「どうしてって……僕は居ない方が良いみたいだし。

無理して居続けても皆に迷惑をかけるだけだからね」


皆が僕を嫌っていたとしても、僕は皆が嫌いじゃない。

嫌う理由がない。

だから皆のためになると言うのならば教室から出ていくくらいお安いご用だ。


「……誰がそんなことを言ったの?」


「え?」


もしかしてこれは言ってはいけないことだったのだろうか。

当人である僕には内緒で話し合いが設けられていて、それを知られてはいけなかったのではないだろうか。

でも結論が出る前に僕が知ってしまった。

儚居さんがそれとなく教えてくれたのはそのためだったのか。


「あ、いや、誰かから聞いたわけじゃないよ。

何となくそんな感じかな~って。ほら、僕ってばいつも教室に居ないでしょ?

だからかな、たまに来るとそういう空気になってて……。

まあ、でも、僕の責任だしね。どうせ元々あまり教室に居ないし、今更出ていっても変わらない気がするんだよね」


気の利いた事を言おうとして結局支離滅裂になってしまう。さらに途中から自虐に入ってしまった。

儚居さんの言う通り、僕には自虐的なところがあるのだろうか。


「そんなことないよ。天色君は教室に居るべきだよ。空気が悪いのだってたまたまだし」


西条さんはそう言ってくれるけれど、たまたまだとは思えない。僕が教室に来る度にクラスの皆に変な空気で迎えられるからだ。

そもそも空気が悪かったのは否定していない。


「西条さんは良い人だ」


「え? い、いきなりだね。びっくりした」


「……」


儚居さんに言われたことを思い出す。

いけない、いけない、またやってしまうところだった。


「うん、良い人だ。

だから君は教室に戻った方が良いよ。

僕なんかと居るより、皆と居るべきだよ。きっと皆は君を待っているから」


僕とは違ってね。


それだけ告げ、僕はまた歩きだした。

西条さんもこれで教室へと戻るはずだ。


「ま、待って!」


しかしそうはならず。

西条さんに腕を引っ張られ仰け反ってしまった。


「天色君は戻らないの?

一緒に戻ろうよ。演劇だって一緒に考えよ?

私はロマンティックな物がやりたいな。天色君はどんな劇にしたい?

天色君が発案者なんだから、もっと自分の意見を言うべきだよ」


矢継ぎ早に言われ少々面食らってしまった。

それに、西条さんの声に少し焦りが感じられる。まるで僕が居なくなるのを恐れて引きとめている様だった。そんなはずないのにね?


「……僕は王道的な物が好きかな。

でも、皆が他の物にするならそっちがいいけど」


西条さんの真意が解らぬまま、僕は“とりあえず”の気持ちで言葉を返した。

相手の望む言葉なんて僕にはわからない。今のだって正解かどうか判断つかない。


「そ、そんなこと、ないよ……。天色君がやりたいって思うなら、そ、そう言うべきだよ」


「別に王道系が絶対やりたいってわけじゃないんだけど。

それに僕、演劇どころか文化祭自体参加するつもりないし」


毎年流されて参加していたけど、今年こそ家でゆっくりしていたい。


「ど、どうして?

文化祭……出ないの?」


なんだろう、西条さんから先ほどまでの堂々とした雰囲気が感じられない。

どこかおどおどした態度だ。彼女らしくない。まあ、彼女らしさを僕は知らないんだけどさ。


「別に、参加したくないからだけど」


「……わ、私の、せい?」


「ん?」


「私が……か、勝手に皆に同意求めちゃって、だから、天色君のあ、案だったのに……私が横から持って行っちゃったから、だから怒ってるの?」


わけがわからない。

どこをどう解釈すればそういう結論になるのだろう。


「怒ってないよ。

そんなことで怒ったりしないし。むしろあの時は助けられたよ。

お礼を言わないとね、ありがとう」


「えう? あ、う……」


下を向いてしまった西条さん。

少しなれなれしすぎたかな。他人との距離感なんてよくわからないよ。

僕程度にお礼を言われても戸惑っただけだと自分を納得させる。そうしないともっと嫌な想像をしてしまうから。


「恩人の西条さんには悪いけど、やっぱり教室に戻るつもりはないから。

別に他の人のせいってわけでもないから、気にしないで欲しい」


「で、でも」


「実は少し風邪気味なんだ。さっきも保健室に行ったけど、先生が居なくてね。

皆に移しても悪いしね。もう一度保健室に行こうかと思っていたんだ」


もちろん嘘である。

こんな嘘で騙されてくれるか疑問だったけど、西条さんは純粋なようで、


「え!? そ、そうだったんだ……。

ご、ごめんね。体調悪いのに、引き留めちゃって」


あっさり信じてくれた。

……良心は痛まない。


「まあ、そういうわけだから。行くね」


「あ、うん……ごめんね」


ようやく解放された。

さて、保健室に行くかな。今なら図書館もクーラーが効いてて寝心地が良さそうだ。どちらにしようか……嗚呼、なんて贅沢な悩みなのだろう。


「天色君」


「何?」


「ほ、保健室、まで……送ります」


「は?」


送る?

何故に?


「いや、いやいや! いいよ、一人で行けるから」


「で、でも、具合悪いんでしょ?」


「それは、そうだけど……」


「だったらっ、……その、途中で倒れちゃったら大変だし」


どうしよう、予想より西条さんが良い人だった。僕なんかのためにわざわざ学級会を抜け出して保健室まで付き添いしてくれようとしている。

そんな善人を騙している自分に嫌気が差す。やっぱり嘘はいけないよね。仕方ない、本当のことを言うとしよう。


「あのさ、西条さん」


「は、はいっ?」


「実は僕……」


「何をしている?」


正直に仮病のことを言おうとしたところで、報告から戻ってきたらしい麻桐が声をかけてきた。


「ああ、麻桐か。いや、実はさ」


「天色君が具合悪いみたいだから、これから保健室に連れて行くところなんだよ」


僕が説明する前に言われてしまった。

今さっきまでのおどおどした感じは無いみたいだ。


「保健室に?

遊、具合が悪かったのか? 言ってくれれば先程も無理強いはしなかったというのに。

いや、こちらの配慮が足りなかったな。すまない」


「いや、ま、その、うん……こちらこそ、ごめん」


もう色々と申し訳なくなった。何で嘘を吐いた僕が謝られているのか。


「体調が良くないのは天色君の責任じゃないんだから、謝る必要なんてないよ」


「でもさ」


「それより、保健室行こ?

悪化したら文化祭に出られなくなっちゃうかもだし」


元々出るつもりないんだけどな。


「なら、無理に連れてきた責任もある。

保健室へは私が付き添うことにしよう」


麻桐はそう言うと、僕の腕を掴み自分へ引き寄せるように引っ張った。


「いいよ。私が連れていく」


でも、西条さんがすかさず、反対側の腕を掴んだため、途中で止まってしまう。


「これは本来保健委員の仕事だ。

だがわざわざ呼び出すのも悪いだろう。夕紀も皆と話すこともあるだろうし、私がやっておく」


ぐい。


「麻桐さんこそ、やることがあるんじゃない? 仮にも委員長なんだし」


ぐい。


「……」


なんだ、この状況。

どこかで見たことあるぞ。

よくテレビで見るアレか?

バーゲンセールに群がる主婦の図。さしずめ僕は秋の先物というわけか。だが僕には夏に買う春物よりも使い道はないぞ。


「あのさ、二人とも心配しすぎだから。

保健室くらい一人で行けるよ。気遣ってくれるのは嬉しいけれど、二人に余計な手間かけさせたくないし」


下手に付いてこられたりしたら仮病だとバレてしまう。

西条さんならともかく、麻桐はそこのところやや潔癖なため、仮病だとわかれば怒るに違いない。

怖いだろうな、麻桐が怒ったら。


「何を言っている。そんな顔色で心配するなという方が無理だ」


「そうだよ。青い顔しているよ」


「ええっ、本当!?」


いつの間に体調を崩していたらしい。これが嘘からでた真ってやつだろうか。


「ほら、行くぞ」


「ちょっと、麻桐さん。何でさりげなく天色君の肩に手を回しているの?」


「体調が優れない者に肩を貸すのは当然のことだろう」


「嘘! 嘘嘘! そんな方便使うなんて、卑怯だよ!」


「卑怯? 何を言っている」


「最初に天色君を保健室に連れていこうとしたのは私なんだよ。それなのに……」


「夕紀は保健委員ではない。だから委員長である私が代わりに送る。教室に戻れ」


僕を掴んだままお互いに譲ろうとしない西条さんと麻桐。

二人とも僕なんぞに構ってないで学級会に出ろよ。主要メンバーを欠いた状態で学級会を続けるなんて無茶だ。きっと今頃教室ではクラスメイトが進まぬ学級会にいら立っているに違いない。

その原因が僕だと知られれば、たとえ故意ではないとはいえ僕は責められるだろう。抜けた当人である麻桐と西条さんは皆からの信頼が厚そうだからね。二人が無事なのが唯一の救いか。

だが結局僕が損をする世の中の構造に腹が立った。


「あのさ、二人とも……!」


「何、天色君?」


「何だ、遊?」


「……いえ、なんというか、一人で行けるんで……本当、もう勘弁して下さい」


最初の勢いなんてあっさりと消え失せた。特に二人が殺気立って居たというわけではないのだけど、何となく強気の僕ってイメージと違うかなと思ったのだ。別に二人の眼力にびびったわけじゃないんだからね!


「一人で行けるから。

問題ないから。それよりも二人は教室に戻って僕の分まで色々と決めてくれ。僕はそれに従うよ……」


「まあ、遊がそう言うなら」


「天色君がそれでいいならいいけど……」


なんとか二人から解放された僕は逃げるようにその場を離れると、保健室には向かわずそのまま家に帰った。

元から勉強道具は教室に置きっぱなしだし、財布なども制服のポケットに入ってる。

それに、僕が居なくなっても誰も気にしないだろう?


所詮僕なんて邪魔者だから。

改めて今日儚居さんから教えて貰えた。それだけでも学級会に出た意義はある。本当に、ただそれだけ。



帰宅途中、今日の出来事を振り返ってみる。

僕にしてはかなり表に出た。いつも陰に隠れて生きている僕が学級会に出て、しかも発言までしてしまったなんてかなり珍しい行動をとったものだ。

授業だって出席するだけなのに。その授業だっていかに指名されないか戦々恐々してるんだ。教師も空気を読んで僕に当てようとはしない。担任の香織先生だけは容赦なく当てて来る。あの人の優しさはたぶん広義ではスパルタに属すると僕は思うね。

そんな事を考えていると巫女服姿の小学生くらいの女の子とすれ違った。コスプレにしては変に馴染んでいたので少し注視していたら汚物を見るような目で見返されたので逃げた。

ううむ、この辺りに神社なんてあったっけ?



家に帰りリビングに顔を出すと、果凛が夕食の支度をしていた。キッチンで食材を切る姿は年季が入って様になっている。そんじょそこらの主婦よりも主婦らしい。

しかし、時間を考えるとまだ用意するには早いと思うんだが、て言うかこいつ早退した身で食材の買い物に行ったのか?


「ただいま。果凛、お前早退しておきながら家事をやるとはいい度胸だな」


「お帰りなさい、お兄ちゃん。だって、家事は私の役割だもん」


我が家では両親が旅行等で家を空けている時は僕達兄妹が家の仕事を分担して行っている。

果凛は炊事洗濯掃除だ。

では僕はと言うと。……えっと、ほら、色々あるんだよ。窓を開けて換気するとか。自宅の警備とか。


…。


ぶっちゃけ、何も無かった。

僕だって何かしらやると果凛に言ったさ。でも果凛のやつが役割決めの時に、「果凛が家事をするの。果凛がお兄ちゃんのお世話をするんだから。お兄ちゃんのライフラインを握るのは果凛なの!」って言って聞かなかった。果凛七歳の春のことである。

それ以降何度か役割分担の改正を申し出たのだが、その度に涙目で「もう果凛は必要ないの?」なんて言われては引き下がるしかないだろう。


「具合が悪い時くらい僕に頼ってくれよ。これでも僕はお前の兄ちゃんなんだぜ?」


たぶん世のお兄ちゃんの中でもダメな部類に入るだろうけど。それでも兄は兄だ。妹のために家事の代わりをするくらいできる。


「えへへ、お兄ちゃんが私のお兄ちゃんだって事は十分理解してるよ。

でもそれとことは別。これは私の役割だから。たとえお兄ちゃん相手でも譲るつもりはないんだからね?」


まったく、強情な奴だよ。いったい誰に似たのだろうか?

僕では無いことは確かだ。父さんでも無いだろう。残るは母さんだが、あの人は強情というよりは強盗だからな。物事に対して。

結局妹は誰に似たのかというのは永遠の謎になりそうだ。


「ところで、お兄ちゃん。

学級会に出たにしては微妙に早い時間に帰って来たね」


うぐ……。

確かにちゃんと出ると言っておきながら結局早退してしまった。


「ま、まあ、そういう時もあるんだよ。たまたま早く終わってね」


「ふぅん?」


うあー一ミリも信じてないなコイツ。へぇ、果凛に嘘吐くんだー? みたいな眼はやめてくれ。言っておくが、僕がお前に対し清廉潔白で居続ける義務はないんだからな!


「お兄ちゃん」


「はい、ごめんなさい」


弱っ。僕弱っ。


「別に謝る必要はないんだけどな。

ユッコはああ言ったけれど、私はお兄ちゃんが早く帰って来たからって叱ったりしないよ?

それに私としては少しでもお兄ちゃんと一緒に居られる時間が増えるのは嬉しいから。叱るなんてするわけないんだよ。

だから嘘なんて吐かないで欲しいな」


妹相手に諭される僕っていったい……。

でも果凛の言葉は正直ありがたかった。半分言わされたようなものとはいえ、ちゃんと学級会に出るという言葉を僕は違えてしまったわけだし。それを許容してくれたことに僕は少なからず安堵していた。

ちなみにユッコというのは優子のことである。


「悪かったよ。確かに僕は嘘を吐いた。

学級会は何を出し物にするか決めたところで帰った。それ以上は僕が居なくても決められるだろうと思ってな。

一応委員長の許可は出ている、と思う」


無断早退だけど学級会に出ないことは許可されたし。別にこのくらいの情報の祖語は構わないよね。


「委員長さんって、屋上の?」


「ああ」


僕が答えると、果凛は手に持っていた包丁を置き(ずっと持ったまま会話していた)、軽く手を水で流してから僕の方へと近寄って来ると、当然の様に自らの鼻を僕へと押し当てた。


「クンクン……本当だ、匂いが上書きされているね。あと二人も知らない人の匂いもするよ」


どこまで凄まじい感度なんだお前の鼻は。


「お兄ちゃん限定で私は超能力者なのです。お兄ちゃんのことなら私はなんだってわかるんだよー」


凄いでしょ? って顔されても返答に困る。凄いってか引く。ドン引きだ。


「片方は委員長の友達で、もう片方はクラスの中心人物。どっちもただのクラスメイトだよ。

僕がクラスの出し物について色々と提案というか発言したから、意外に思って話しかけて来た……感じ」


「ええっ、お兄ちゃんが発言!?

たとえ解って居ても授業で指名されたら『わからぬでござる』と言うお兄ちゃんが、よりにもよって学級会で発言するなんて!」


「その驚きは至極もっともなんだが。一応、訂正しておくべき箇所として、僕は侍でも武士でもないからな。

て言うかそんなふざけた返答ができたら僕は今頃一人ぼっちじゃない」


まあ、僕が学級会で発言なんて普通ありえないよな。たとえ名指しされたとしてもだ。

あの時は麻桐への罪悪感等でつい口が滑っただけだ。あれが平常運転だと思われたらたまらない。


「お兄ちゃんが真人間になるなんて、果凛は嬉しくて涙が出ちゃいます……たぶん天国に居るであろうお母さん、今日はとても良い事がありました。お兄ちゃんが厚生したんです」


「玉ねぎ切ってたからじゃね?

この程度で“更生してる”なんて言われると、僕はどれだけしょぼいのかって考えちゃうから止めてね」


たかが発言しただけで真人間とか。世の中の真人間の基準はどれだけ低いのか。むしろ果凛にとっての僕がその程度ということなのか。あと母さんは死んでないからな。


「今日はお赤飯だね!」


「やめんか。

妹が笑顔でお赤飯買っている姿なんぞを商店街の人達にお見せできるわけがなかろうが。

ただでさえ変な噂が流れているってのに、これ以上ご近所の主婦方とすれ違う度にヒソヒソ話されるネタを増やすな」


兄妹のくせにイチャイチャと──果凛が一方的に──しているなんて噂が巷では広まっているらしい。この間商店街を歩いていたらたまたま耳にしてしまったのだ。果凛はそういうの気にしないだろうけど、僕は気にする。何が悲しくて妹とのコイバナを噂されにゃならんのかと。


本当に僕と果凛はノーマルな兄妹だ。多少果凛がブラコン気味だけど、何か過ちを犯したなんてことは一度としてない。当たり前だ、ゲームやアニメじゃあるまいし、兄妹が恋愛なんてするわけがない。


「私はいいよ……嘘から出た真でも」


「僕はダメよ……嘘自体がすでに」


許容範囲外だ。

冗談か本気かはともかく、果凛のアタックが最近ストレートになりつつあるが。少なくとも僕はノーマルだ。

果凛の言動も思春期にありがちな一過性の病気だ。僕には理解できない類の嗜好だけどね。血の繋がった相手に欲情とかありえない。僕はこれまで果凛に対し、そういう感情を抱いた事は無い。皆無だ。

だが兄妹ではなかったら、今度は興味も持たなかっただろう。他人ではなかったからこそ僕は果凛と仲良くやれているのだから。他人だったら僕と果凛に接点など生まれるはずがない。僕はダメ人間、果凛はスーパー人間。容姿も才能も果凛の方が上。きっと気遅れして関わらないように努めていたことだろう。まあ、そんなもの関係なく他人の果凛が僕に興味を持つわけもないのだが。

つまるところ、僕にとっての果凛とは“他人ではない”というカテゴリの人間というわけだ。だから僕は果凛に異性を感じず、ただの兄として振舞えているのだろう。

その分果凛の病気が増し増しになったということだろうか?

ともかく、果凛のアレな言動を僕は真面目に受け取らない。きっともう何年かすればこいつも世の妹達の様に「死ねクソ兄貴」とか「その年で彼女の一人も居ないとかダサイ」とか「一人飯のお味はどうですか?」とか言ってくるんだ。

僕はそれを聞いて愛想笑いをしつつ心で泣くに違いない。そうやって人は大人になって行く。


「果凛が結婚する時、きっと僕は鬼籍扱いを受けているだろう。

でも僕は負けないぜ! ウェディングケーキに潜む的な意味で」


「お兄ちゃんはたまにバッドトリップするよね」


「ほっとけ」


冷静にツッコミを入れられるとむなしくなる。いや生温かい目で見られてもそれはそれで嫌だが。

結局僕は妹からどういう扱いを受けたら満足いくのか、今なお答えを見つけられずにいた。


「私はお兄ちゃんがお兄ちゃんで本当によかったよ」


訊いたわけでもないのに、時折果凛は狙いすましたかのようにピンポイントで語りかけてくることがある。

その言葉は僕にとって救い半分、救われなさ半分だ。あまりに的確すぎて申し訳なくなるから。


「僕がお姉ちゃんとして生まれていたらどうするんだ?」


だから僕はこうやって果凛の言葉の真意を隠す。逸らして流して見なかった事にする。


「それはそれで、姉妹の情を深めたかも。色々と」


「……」


言葉通り受け取っていいんだよな?

いつもの言動を鑑みるとどうしても穿った見方になるんだが……。

特に最近優子を見ると妹が違う道に進みそうで怖い。だからと言ってブラコンのままで良いかと言うとそれもなんだかなー、なわけで。

て言うか何で僕は真面目に妹の将来を心配しているのだろうか。こういうのは普通親の役目だろう。


「あ、今度お母さん達帰って来るらしいよ。さっき留守番電話に入っていたよ」


「えー……」


鏡で見ずとも僕の顔がげんなりしていると判る。

あの人が帰って来るとろくな事が起きない。さっき親の役目などと語ったところだが、実際母さんが母親らしい事をいた覚えが僕には無い。果凛は感謝している風にしているが、僕はあの人に何かしてもらった記憶が無かった。まあ、何かはされたのだろうけど、それが母親的行為ではなかったから結局何もしてもらってないと言うのが正しい。


「ほら、そんな顔しないの。お母さんはお兄ちゃんのこと大好きなだけなんだからね?

そのお兄ちゃんがそんな嫌そうにしていたら傷付いちゃうよ」


「あの人が傷付く? ……どうやって?

この世界に現存する兵器を軒並み差し向けてもケロっとしてそうなのに?」


「さすがにそこまで規格外なわけ……あるかも知れないね。

じゃなくて! 体じゃなくて、心の方だよ。傷付くと思うよ」


「それこそ無いだろ。

常識どころか罪悪感すら無い人だぜ。僕程度が嫌ったくらいどうってことないだろ」


「むー、お母さんだって絶対傷付くと思うよ。自分の子供に嫌われたら特にね。

……あと、お兄ちゃん。また『僕程度』って言った。そういうの良くないって言ってるでしょ?」


咎める様な果凛の口調。


「……」


それに僕は何も答えなかった。

どいつもこいつも五月蠅いよ。

僕が僕を僕程度と言っても良いじゃないか。正当な評価だろ。

僕は“僕程度”で“僕なんか”なんだからさ。こればっかりは僕は自信を持って断言している。


「あの、お兄ちゃん……怒った?」


僕が黙って居ると、今までの強気が嘘の様に果凛が不安そうな顔になった。


「別に、怒ったわけじゃない」


怒ったわけではない。ただ少しむなしくなっただけだ。

それだけだ。それだけなのに。


「あ、ああ……果凛、は……お兄ちゃんに怒られ……」


「あ、いや、果凛? 別に怒ってないから、本当に」


まずいと思った時には遅かった。


「ごめんなさい……お兄ちゃん、ごめんなさい。

果凛は悪い子です。お兄ちゃんに酷いことを言いました」


果凛の目から光が消えている。

僕に怒られたと、嫌われたと勘違いしただけで精神的に追い込まれてしまった。

たったこれだけの事で……。


「ごめんなさい、ごめんなさい……。

お兄ちゃんが嫌がること言うなんて! ……ごめんなさい。もう言わないから。

……もう言わないから捨てないでっ」


そう言って土下座するように床へと膝を突き、僕の足へと縋りつく果凛。この程度のやりとりに何を大げさな、と言えない程に今の果凛は追い詰められている。

昔から果凛は精神的に不安定になる時があった。それは決まって僕が何かに怒った時か機嫌が悪いと“思われる”行動を取った時だ。つまりこいつがこうなる時はほとんど僕が原因だ。

僕の言動が原因なのに、僕が消えると果凛は耐えられなくなる。果凛は僕に怒られるよりも嫌われるよりも居なくなられる事を恐れている。

僕は果凛にとって毒であり薬なのだ。そして毒が扱い方によって薬にもなるように、薬も過ぎれば毒になる。

僕と言う薬を幼い頃から果凛の好きに投与させ続けた結果、現在果凛は僕に依存してしまっている。

果凛が僕を最優先に置く代わりに僕は果凛の傍から離れられない。離れるつもりもないが。

僕は一人だと何もできない甘ちゃんだから。果凛という保護者が居なければ何もできないダメ野郎だ。

ヒモとも言う。


「怒ってないから。その程度で僕が果凛に対して怒るわけがない。

それに僕は果凛が居ないとダメな奴だからな。果凛を捨てるわけがないだろう?

ほら、座ってないで立てって。まだ料理の途中だったんだろ?」


僕の足に縋りつく果凛の肩を掴み、イラ立っていると思われない様に優しい声音を心がけて果凛を促した。


「本当……?

本当にお兄ちゃんは私を捨てない?」


「ああ、もちろんだ。誰がお前を捨てるかよ。こんな良い妹他に居ないっての」


「お兄ちゃん……!」


それだけで果凛の眼に生気が戻る。僕が優しい言葉を投げかけるだけで全部が万事元通りだ。点きやすいくせに導火線が長い爆弾。

果たして、それが爆発した瞬間どうなってしまうのだろうか……。

怖くてとても確かめる気にはなれない。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん!

やっぱり私のお兄ちゃんだ。果凛のお兄ちゃんは果凛を捨てたりしないもんね!」


「そうだな……」


気を取り直した果凛は立ち上がると調理へと戻って行った。

今のやりとりは幻だったのではないだろうか。これが初めてだったのなら、僕はそう思ったに違いない。

果たして、果凛はこの先も僕に依存し続けるのだろうか。それとも僕なんて忘れて新しい依存先を見つけるのだろうか。

少なくとも、こんなやりとりを数日置きに繰り返しているうちは無理だろう。

つまり、これは僕の日常の一部分なのだ。幻でもなんでもない、受け入れるべき現実。


家に寄り付かない両親。精神の不安定な妹。そして妹以外の誰からも必要とされない僕。

まったくもって、酷い家庭環境だとは思わんかね。不幸とか最低とは口が裂けても言わないけれど、普通とは間違っても思えない。そんな家だ。


でも、僕程度にはこれくらいが丁度いいのかも知れない。特に不幸でも幸福でもない。何でもない普通の普通じゃない人生。

お似合いだ。

そんな事を思った。思ってしまった。




◇◆◇


で、これはどういったわけなんだろうかと小一時間ほど問い詰めたい。


次の日、予鈴前に教室へとやって来た僕が初めに目にしたのは黒板にでかでかと書かれている自分の名前だった。

しかも花丸で囲まれていたりもした。

そしてその横には西条さんの名前があり、同じく花丸で囲まれている。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


黒板を呆然と眺める僕に西条さんはしきりに謝っていた。

僕は彼女の謝罪を右から左に受け流す。何か危険な感じがする。この謝罪の意味を理解してはいけない気がする。

でもいち早く理解しなければいけない気がする。


僕と西条さんを好奇の目で見るクラスメイト達。

特に男子の僕を見る視線には殺気すら感じた。


この目を僕は知っている。


横から獲物を掻っ攫われた時の猛禽類の目。

まさにそれ。

 

説明を求めようにも男子は何か全員敵っぽいし、女子に話し掛けるのは得意じゃない。

なんだ、何なんだ?

このおかしな状況の答えを考えようにも与えられた情報が少なすぎる。

今ある情報を統合して、ある程度は予想ができなくもないが……。


「どうした?」


「うおっ!?」


何時の間にか麻桐が後ろに立っていた。

頼むから気配も無く後ろに立つのだけはやめてほしい。


だが丁度良いとも言えた。麻桐ならこの難問も答えてくれるに違いない。

昨日の屋上でのおかしな雰囲気も消えているようだし。

僕もあれはなかったことにしたかった。


「なあ麻桐よ。これはどういうことなんだろうか?」


黒板を指差し訊ねる。


「ん……?」


僕の言葉に麻桐は黒板の名前へと視線を移す。


「ああ、アレか。……大役が回ってきたな」


麻桐はそう言った。

大役?


「これでサボることはできないな。これからはちゃんと参加するんだぞ」


いや、日本語で頼む。一人置いてきぼりを食らう僕。

もう少し僕にもわかるように説明してもらいたいものだ。


「だからさ、何なんだよあれは。

どうして僕の名前がでかでかと黒板に書かれているんだ?」


「……もしかして、意味がわかってないのか?」


何やら呆れられた顔をされたぞ。


「つまりな」


麻桐はやはり呆れた顔のまま、呆れた声で僕に説明してくれた。


「お前は劇の主役に選ばれたというわけだ」


 ……。

 …………。

 ……………………。


っぎゃああああああああああああああああ!?


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