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4話「教室で発言」

主人公の性格の一端が覗えるお話し。

教室の前まで来ると廊下まで騒がしい声が聞こえた。


「……」


鉛を括り付けられたように足が重くなった。

このまま回れ右をしてどこかへ消えてしまいたくなる。

果凛と約束をしたから戻って来たわけだが、僕が教室へ戻ることに麻桐はどう思うだろうか。

いやいや、別にあいつがどう思うかなんてことは僕にはどうでもいいことで、ただ単純にしっくりこないだけだ。他意はないはずである。いや、無いと断言しておこう。

あいつのことなんて無視だ。たとえ睨んで来てもスルーしよう、そうしよう。

今は麻桐のことよりもクラスメイトのことだ。あいつはともかくクラスの皆には僕の所為で色々と迷惑をかけてしまった。それに加えて僕の登場に気を悪くする人が居ないとも限らない。それだけは絶対に気をつけなければならないことだった。

教室の後側の扉へと手を掛け、音を立てないように細心の注意を払いそっと開ける。

それでも立て付けが悪いのか、扉は小さいながらもがらがらと音を立てて開いてしまうのだった。

その音にそれまで雑談をしていたらしい女の子が顔を上げる。名前は知らないが、この教室に居るということは僕と彼女はクラスメイトなのだろう。


「あ、天色君だ」


僕の姿を見ると女の子は意外そうな声を上げた。

それが「お前は場違いだ」と言っているように感じられて、僕は扉の前で固まってしまう。

途端に動悸が激しくなって、頭の中の警報が全力で鳴り出す。

場違いな場所に場違いな奴が居るのは間違いだ。筋違いというのも甚だしい。白いワイシャツに墨汁を垂らしてしまったかのように取り返しのつかない失敗だ。一生消えない汚点になりかねない。

今すぐここから逃げよう。

僕の中の理性と本能が同時に告げた。

ここに居てはいけない。

思ったら即実行だ。まだ僕に気づいたのは扉付近の女の子ひとりだけだ。女の子の雑談相手は背を向けているためまだ僕に気づいていない。でも気づくのも時間の問題である。女の子が僕の名前を呼んだからだ。どうやら女の子は僕を知っているらしい。でも僕はその子の名前どころか顔に見覚えすらないのだった。

そんな初対面(少なくとも僕は)の子に場違いだと面と向かって言われたらどうすればいいのだろうか。そしてその子に賛同するようにクラスメイト全員から言われたらどうすればいい?

答えは簡単だ。逃げればいい。逃げて視界から消え失せればいいんだ。

今ならまだ間に合う。

僕はクラスメイト達に背を向けた。


「何をそわそわしている?」


「うわっ!?」


振り向いた瞬間、目の前にいた麻桐とぶつかりそうになり大きな声をあげてしまう。

しまったと思った時にはすでに遅く、僕の声でほとんどのクラスメイトがこちらに顔を向けていた。


「あ……」


視線が自分へと集中するのがわかる。

僕を見て何が面白いのだろうか。僕程度を見る暇があったらもっと違うものを見ればいいのに。

申し訳なくなる。居たたまれない。せっかく楽しく雑談していたはずなのに僕のせいで台無しにしてしまった。

謝る時間すらもどかしい。

叱責を受ける前に今度こそ消えてしまおう。


「お前が入らないと私が入れないだろう」


人の気も知らないで、こいつは勝手なことを言う。て言うか何でお前は普通に話しかけて来てんだよ?

一瞬、八つ当たりめいた感情が鎌首をもたげたが、すぐに理性がそんな黒い感情を霧散させた。

そんなに入りたいのならば入ればいいじゃないか。

僕は無言で麻桐に道を譲った。


「何だ?」


怪訝そうな顔をして聞いてくる麻桐に対し、


「……レディファーストだよ」


僕は適当な理由で麻桐を教室へと追いやることにした。

後は隙を見て僕が去るだけだ。


「……thanks」


適当な理由から生まれた言葉だったのに意外にも麻桐は照れた顔をするのだった。

こいつでもこんな顔をするんだな、と今の状況も忘れて僕はそんなことを思った。思ってしまった。


「ほら、学級会を始めるぞ。入れ」


言って振り向いた麻桐の顔はいつも通りの真顔に戻っていた。

でも、僕の方は麻桐の予想外の表情に惚けてしまったままだ。

だからだろうか、僕は麻桐の言葉にあっさり頷いてしまったのだった。



そして数分後、僕は数分前の自分を呪っていた。

先ほどから僕へと向けられる視線を周りから痛いほど感じる。

それはどういった類の視線なのか判別はできなかったけど、判断はできた。

敵意だ。

僕へ向けられる視線、そのどれもが僕への敵意で構成されている。

「なんでお前がここに居る」という意思が視線を媒介にして僕に降り注ぐ。

それは耐え難い苦痛となって僕を犯していた。

一秒毎に僕の精神は疲弊して行くのだった。


「今日こそ文化祭の出し物を決めよう。何か案はないだろうか?」


麻桐は学級会の司会を務めていた。

さすが学級委員なだけはある。

よく通る声は聞きやすく、意識を内側へと向けている僕の耳にもクリアに聞こえた。


「誰か意見のある者は?」


麻桐がクラスメイトに問うも芳しい反応は得られない。クラスの皆は麻桐から視線を逸らしている。

気持ちはわかった。もしここで意見を言ったらその発言の責任は発言者である当人が負うことになる。そんな面倒なことを任されるのは誰でも御免だろう。


「遊、お前は何かないか?」


「おえっ!?」


突然の振りに素っ頓狂な声を上げてしまった。

せっかく目を合わせないようにしていたのに!

麻桐の方へ顔を向けると目が合った。


「何かないか?」


再度問うてくる。

真剣な顔をした麻桐の顔を見る。ハーフということもあって日本人とは違った造りだ。

端的に言えば美人。

特にスカイブルーの瞳は見ていると吸い込まれそうな錯覚を覚えるのだ。


「どうした、無いのか?」


「え、ええと……」


三度問われたところでようやく思考を始める。

当てられたからには何か答えないとという変な義務感が生まれた。


「お化け屋敷とか?」


「三組がお化け屋敷だったはずだ」


なんとなく言った案は即座に却下された。

お化け屋敷は安直すぎたか。


「じゃあ喫茶店」


「すでに調理室の使用予約と材料を保存するための冷蔵庫の予約は一杯だ」


これもだめか。

みんな考えることは一緒ということか。

それにしても、他のクラスの出し物や調理室の予約などよく把握していたものだ。麻桐の真面目さに少し感心する。


「その二つがだめとなると、すでに結構選択肢ないよな」


「始めのうちに人気の出し物は申請されつくしているからな」


そんなことになったのもだらだらと結論を先延ばしにしたからなのだろう。

もしかして僕が参加しなかったから?

いや、それはないか。僕は居ても居なくても変わらない存在だ。たかが僕一人居ないだけで結論が出ないなんてありえない。


「今から申請しても枠が残っている企画ねぇ……」


「なおかつ他と差別化が図れるものだ」


「ハードルが高いな。となると」


「あるのか?」


ひとつ案はあった。

でもそれはお化け屋敷や喫茶店と違ってやるには覚悟が必要だ。

僕の覚悟ではなくクラス全体の覚悟が。


「お前一人に責任を負わせるようなことはしない」


麻桐の真摯な言い方に僕も覚悟を決めた。

実際は学園祭の出し物の一意見を言うだけなのだが、麻桐の雰囲気が何となく重々しい空気を演出していた。


「演劇……とか」


その空気を引き継ぐように無駄に真剣な顔で僕は言った。


「演劇か」


「演劇だ」


演劇。それは他の出し物とは一線を画くす。

準備とその他諸々の雑用を終えれば当日まで余裕のある物と違い、演劇は当日までの準備こそがむしろ本番なのだ。

学園祭までの残り少ない期間で演目を選び、配役を決め、舞台を造り、練習しなければならない。

時間的な問題に加え、クラス全体のやる気が重要だ。

それをみんながやるかどうか。

……僕はもちろんやらないけど。


「皆、今遊が演劇はどうかと意見を出した。

今まで停滞していた学級会もようやく動き出したわけだが、このまま演劇をクラスの出し物にしてみないか?」


麻桐が僕の発言を引き継ぎ皆へと同意を求める。

確かに僕の出した案だったけど、麻桐は同意を求める仕事を全て引き受けてくれるつもりらしい。

これで僕が負うべき責任は無くなった。


「「……」」


麻桐の問いかけにクラスの皆は無言を通していた。

誰が最初に発言するのか、お互いに探り合っているのだろうか。

そもそも適当に言った僕の案が簡単に通るわけがないのだ。

もしこれが他の人の発言だったらもう少しスムーズに進むはずだっただろうに。この程度の案なら誰だって言えたはずだ。僕である必要はない。

それなのに麻桐はどうして僕を指名したんだろう。


「新手のいじめだろうか」


案外そうなのかも知れない。

これはクラスの皆による僕への制裁なのだ!

……どうでもいいけど。

ただ、もし本当に僕の想像通りだったら少しは僕という存在も報われるのではないだろうか。

だってそうだろう。僕というスケープゴートのおかげでクラスが纏まれているというならば、それは僕の功績だ。歪んでいても僕に価値があるということだ。

ならばそれはそれでいいのだった。

本当にどうでもいい話だ。


「困ったな。賛成意見も反対意見もないというのは。

違うものがやりたいのなら違う案を出せばいい」


そうだそうだ。さっさと違う案を出して僕の案を忘れてくれ。て言うか忘れて下さい。

無言という空間はひどく居心地が悪い。それが自分が原因だと思うとなおさらである。

今すぐ教室から出ていきたいけれど、ここで目立つ行動もしたくない。

嫌な空気と僕のジレンマによる負の状態が悪い意味で良い感じに高め合っている。

あれ、このまま僕ってば死んじゃうんじゃない?

とかなんとか、半分本気で限界が見え始めた時だった。


「演劇、いいと思うよ」


大きな声ではなかったが、僕の耳にその声は確かに届いた。

声は僕の席の隣からした。

顔を向けると、見覚えのある人物と目があった。

クラスの中心自分であり、クラスのアイドル。

西条夕紀だった。


「天色君の言った演劇って案、私いいと思うよ」


透き通った綺麗な声でもう一度言った。

今度は皆にも聞こえたらしく、全員が西条さんへと顔を向ける。

決して自分が見られているわけではないのだけれど、皆の視界に入っているという状態が苦痛だった。


「文化祭まで残り少ないし、いつまでもぐずぐずしてられないよ。

大変かもだけど、演劇、やろうよ」


すらすらと淀みなく自分の意見を言う西条さん。

この場面で皆の注目を集め、こんな風に自分の意見を言うなんて。


「それに、他にやれそうな出し物も無いみたいだしね」


西条さんは言いつつ、クラスメイトをぐるりと見回した。

自分の意見を言いつつ、相手に否定意見を言わせない空気を作る。

思わず尊敬の念を覚えた。

羨ましくはなかったけど…。

そんな能力があったら目立たなくてはならなくなるから。


「う~ん……西条さんが賛成って言うなら俺も賛成かな」


「私も、夕紀の言う通り他に良い案もなさそうだしね」


それまでの無言が嘘の様に、賛成意見がそこかしこから出てきた。

西条さんの一声でクラスが演劇をやるという流れになってしまった。

さすがクラスの中心グループの一人なだけはある。

ただ正直なところ、本心を言うなれば、ぶっちゃけ、演劇なんて面倒なもの僕はやりたくない。


「では我がクラスの出し物は演劇ということで申請しておく」


だめ押しの麻桐の言葉に、僕は深いため息を吐いた。


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