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3話「保健室で暴行」

保健室。それは天上の言葉。

保健室。それは僕のサンクチュアル。鳥獣保護区ではない。

ここは良い所だ。夏は涼しく、冬は暖かい。少し薬品臭いのが玉に瑕だけど、そんなもの慣れてしまえばどうということはない。

授業をサボって寝にくる生徒なんて僕くらいだろうし、一人になりたい時によくお世話になっている。


「先生居るかな」


保健の先生は保健室に居ないことが多かった。

だいたいは保健室で煙草を吸っているか、教職員用の喫煙所で吸っているか、体育館裏で吸っているか、車でドライブしながら吸っているか、家に帰って吸っている。


──吸い過ぎだ!


て言うか吸い過ぎだ。あの人がタバコを咥えていない場面を見たことが無い。

二十四時間吸い続けているなんて事はないだろうけど、あんなに吸って居たらいつか肺癌になるのではないかと心配になる。しかし当の本人は「肺癌なんてのは脆弱かつ短命な人間がなる病気だ」と言って僕が注意しても聞きやしない。

そもそもあの人は何歳なのだろうか。どう見ても二十歳そこらにしか見えないのだが。

確か母さんの高校時代の卒業アルバムにも顔が載っていた気がするが……。

あまり深く考えないことにした。

案の定保健室の扉には『ただいま一服中』というプレートがかけられている。


「あの不良保険医め」


一応先生は非常勤とはなっているが、保健室に専任の保険医が居ないためできるだけ保健室に居る義務がある。

だと言うのにあの人はヤニの摂取を優先するのだ。


「失礼しまーす」


先生が居ないことは知っていても一応礼儀としてノックをしてから入った。まあ、ノックしてから入るまでのタイムラグがほとんど無いので意味は薄い。

当然ながら先生は不在だった。

実際は居ても「気合で治せ」と言って追い返すだけなのだけれど。

ダメダメじゃん。ヤブってレベルじゃねぇぞ。よく解雇されないな。


この学園の教職員のモラルに不安を感じつつ、ここに来た目的の片方を果たすことにする。

両手にジュースを持ったまま保健室の中のある場所を目指す。

真っ白なカーテンの向こう。部屋の主の無精とは裏腹に綺麗に整えられたベッド。

その一つに、少女が寝て居た。


「果凛」


もう一度名を呼んでみるも、果凛は目覚めない。

僕は呼ぶのをやめ、目を瞑ったままの果凛へと近付いた。

ベッド横の机にジュースを置き、椅子に座ると妹の寝顔を見る。

穏やかだ。

窓から入る太陽の光に照らされたシーツは敷き詰められた羽毛の様に温く見えて、それに包まれた果凛の寝顔は微笑んでいる。

そんな、ともすれば非日常へと誘われるような光景を見た僕は、今も穏やかに眠り続ける彼女の頬に手をあてる。


「果凛」


身を乗り出し、果凛の顔の横に手を突き、顔を近付けながら呟く。

再び名を呼ぶも、返事が無いことを確かめた僕は、欲望を抑えられず──、


「むぎゃ……」


今も寝たふりを続ける妹の頬を摘みあげた。


「痛っ! あ、痛い? いたいですっ?!」


狸寝入りを決め込んで居た妹の顔をこねたり引っ張り、こねこねする。


「ふぇっ……あふ」


……結構面白い。


「タイム! お兄ちゃんタイム~!

それ以上は果凛の顔がふやけちゃうよぅ!」


「いや、わりともう抽象画になってるぞ」


「え! ? み、見ないでっ、変な顔してるとこ見ないで~!」


そう叫び顔を隠す果凛であるが、今更隠したところでもう僕の記憶野にはばっちりと変な顔が焼き込まれているわけで。

まあ、これで許してやるとしよう。


「あうっ……いたいよぉ」


最後に引っ張り、勢いを付けてから放した。

うわ、痛そうだ。自分でやったんだけどね。


「なに寝たふりなんかしてるんだよ。子供か?」


果凛の眠りは浅い。きっと僕が入って来た辺りで目を覚ましていたか、元から眠っていなかったかだろう。


「だってぇ」


痛そうに頬をさすっているこいつは天色果凛。

かなり今更だし、あえて言わなくてもわかるだろうけれど、僕の妹だったりする。

虚弱というわけではないが、時折倒れることがあり、今日みたいにクソ暑い日に無理をしなければ問題ないのだ。


そんな困った欠点が無ければ昔から兄想いの良い妹なのである。

最近では毎日弁当を作ってくれるし、まさにできた妹だ。

とある一点を除いて。


「……あのね、お兄ちゃん?」


「なんだよ?」


「知らない女の人の匂いがするよ……?」


「…………」


やっぱりバレていたか。

いや、別に果凛に教えなければいけない義務があるわけじゃない。でも、この何かを訴えかける様に見上げる目がありえない罪悪感を生む。

昔からややブラコン気味だったこともあり、果凛は僕の女子との交友関係に敏感だ。そのため度々こうして質問を受けたりする。それが困った一点だった。

しかも匂い一つで女性の影に気付くとか。キャバクラに行った夫じゃないんだぞ僕は。


「これは楓ちゃんのだよ。中庭でジュース買おうとしたらそこで会ってね」


ごく当たり前の事実をありのまま教える。

だが、果凛の表情は不安なままで、まだ僕の言葉を待っていた。


「ほら、彼女に教えて貰ったから今僕はここに居るんだぜ? いやー、友達思いの子だな本当」


「屋上で一緒に居た人は? 誰?」


「……」


何故そこまで判るんだよ!?

人間が持ち合わせて良い嗅覚を超えちゃってますよ果凛さーん!?


「不思議に思っているようだね、お兄ちゃん。

でも私がお兄ちゃんの事で判らない事があるわけないでしょ?

ちなみに屋上で女の人と会っていたと判ったか言うとね?

まず、お兄ちゃんの一番新しい匂いは薬品の匂い。これはこの保健室の匂いだよね。

次にするのは中庭の草の匂い──ここで楓さんと会ったのかな?

そして次にたくさんお兄ちゃんの汗の匂いがするんだけど、そこに知らない女の人の匂いが混じっているの。

お兄ちゃんがこの時間帯に居る場所、なおかつそれだけ汗を掻く場所、普通に考えれば屋上だよね?

そして他の人の匂いがしないってことは、つまり二人っきりだったってことでしょ?」


「……」


「果凛の推理は外れてる?」


いやいや、そんなFBIもびっくりのプロファイリングされてもね。反応に困っちゃうよ。


「正解だ。完璧だよ、果凛。ただ一つ言えるのは絶対今の推理を他人に披露するなってことだけだな」


バレたのならば仕方が無い。正直に言うとしよう。


「いや、たまたまだよ。

ほら、今って僕のクラスは学級会中だから、クラス委員の奴が呼びに来てな。

とっても責任感強い奴だからわざわざ屋上まで来てくれたんだよ。

結局僕が行かないと言ったら怒って帰っちゃったし」


我ながらそれっぽいことが言えたと思う。実際ほとんど本当のことなんだし。嘘は言ってない。


「ふぅん……?

クラス委員の人がわざわざ迎えに来るのか?

それにお兄ちゃんが屋上に居るなんて良く分かったよね」


「そんなもの判るのはお前だけだ。端から端まで探したんだろ」


「そうかなー、そこまでするなんて普通ないと思うけど」


「そう思えたのなら、お前は大人の建て前っつーものを知らないってことだな。クラス委員なてやる奴は責任感の塊なんだよ」


「う~ん……」


果凛はしばらく考える素振りを見せると、


「うん! そうだよね! お兄ちゃんがそんなモテるわけないもんね」


「ひでぇ!」


嫌な納得をされた。結果助かったとはいえ何か理不尽。

本当のこととはいえ、こう妹からばっさり言われると贔屓目が無い分ぐっさり来るものがある。


「ウソウソ!

お兄ちゃんは格好良いよ!」


項垂れる僕に果凛が手を振りフォローするが、自覚があるからフォローの意味がない。

フフ、妹に気を使われたよチクショウ!


「本当だよ」


……何を急に真顔になってんだよ。

やめろよ、お前が言うとマジで洒落にならないんだから。


「はいはい。お兄ちゃんはあまりの嬉しさに眠くなったよ。そんなわけでお休み。机の上のジュースは適当に飲んでおけよ」


あまりの居心地の悪さを誤魔化すため、果凛の横のベッドに寝転がる。

自分のベッドより寝心地が良いのはそれだけ僕がここに通い詰めているってことだね。

薄く開いた窓から入り込む、夏の終わりを運ぶ風が保健室独特の臭いを洗い流す。

この感じが好きだから夏はよくここへ来るのだ。


「ねぇ、お兄ちゃん」


このまま眠ろうと目を閉じたところで果凛が僕を呼んだ。


「……なんだよ?」


寝かけたところを起こされるのは好きじゃない。いや、好きな奴がいるとも思わないけど。


「あのね……そのね」


「だから何だよ。眠いんだけど……」


「あ、ごめんね……」


謝りそのまま黙り込んでしまった。

そんなキツく言ったつもりはないんだけどな。


「言えよ、聞いてやるから」


屋上で寝ようと思っていたところを暑さと麻桐に邪魔されたため今とても眠い。

聞いてやると言いつつ果凛の言うことも適当に聞き流すつもりだった。


「う、うん……。

あのね、そっち行っていい?」


「あー」


よく考えずに頷く。

よし眠ろう。


「んしょ……えへへ、お邪魔しまーす」


何かあったかいものがベッドの中に入って来た気がする。まあ、いいか。


「ん~~! お兄ちゃんだぁ♪」


柔らかい物が擦り寄せられている気もしたが、眠いから気にしない。


「お兄ちゃん……」


ごめんなさい。

眠れません。


やっぱり僕は他人の話をよく聞かない質らしい。

麻桐が口うるさく言うのもわかった。これはヤバイ。

そして今の状況はもっとヤバイ。

誰か来たらまずいよな。


「おい、果凛!

やっぱだめだ。戻れ」


「……すぅ」


「うわ、もう寝てやがるし」


驚異的な寝付きの良さを見せ、果凛が僕に抱き付いたままやけに可愛らしい寝息を立てている。


「起きろって! おーい!」


呼んでも揺すっても起きる気配がない。

いつもの寝起きの良さはどこに行ったんだ。


「……」


仕方がない。僕が移動しよう。

体に巻き付かれた果凛の腕を慎重に外し、体を横にする。

そのまま片手で上体を起こし、ベッドの上を四つん這いで歩く。


「!?」


が、その時、保健室の扉を開き誰かが入って来た。動きを止める。

誰だ?  先生か?

いつ出て行ったのか知らないけど、一服したら帰っては来るのだろう。先生である可能性は高かった。


「……」


いや、違う。先生じゃない。あの人が現れるとタバコの臭いがする。だが今はそれがまったくしない。

息を潜めゆっくりと移動を再開した。

そ~っと動く。慎重に。ベッドの軋みを聞かせるな。

その間にも珍入者が部屋を歩いている音が聞こえる。

なんだかこちらへと向かっているような……。


「かり~ん?  具合大丈夫~?」


こ、この声は!

しまった、迂闊だった。

最初から答えなんて解っていたはずなのに。

今が授業中であることなんてお構いなしに果凛に会いに来る奴なんて一人しかいない。

急いでベッドから逃げないと!

そんな風に慌てて移動しようとしたもんだから、変に力の入った手が滑って―――、


「ぐおっ」


転んだ。

なんとか果凛の上におっこちることは避けたけど、声が出てしまった。


「え……誰かいるの?」


「…………」


まずい。早く、早く逃げないと。

声の主はすぐそこ、仕切りのカーテンの向こうにまで迫っていた。

こうなったら強行突破だ。跳ねてでもこのベッドから離脱せねば。


「お兄ちゃぁん」


「うわっ」


四肢に力を込めた瞬間、果凛が抱き付いて来た。

そして、最悪のタイミングでカーテンが開かれた。


「あ……」


珍入者、カーテンの君、そして今目を見開いてこちらを見ている女の子。


「や、やあ……あのね、これには山より高く海よりは浅い理由があってね。

うん、とりあえず落ち着いて聞いて欲しい」


吹き出る冷や汗もそのままになんとか説明しようと努力する。

努力は大事だ。時にその有無で生きるか死ぬかを左右する。


「つまりね、具合の悪くなった僕は保健室に寝に来たんだ。

そしたら果凛が寝ていてね。そしてね」


「そして果凛のあまりの可愛い寝顔にムラムラ来てついつい獣の様に襲いかかった──と」


「そうそう、ついつい寝ている隙に……って違う! 誤解!」


慌てて否定するも時すでに遅し、彼女は助走体勢に入っていた。


「ちょ、ま」


そのまま駆け出し一気にトップスピードへと加速する。

そして、


「このっ変態クソ馬鹿兄貴ぃぃっ!」


飛び蹴りをかましてきた。尻に。


「ぎゃあああああ!」


衝撃に吹き飛ばされ、前方に錐揉みしつつ突っ込む。

目の前には『健康はお金では買えません』のポスター。

それが僕が意識を失う前に見た最後の物だった。



……。

……。


意識を取り戻した時に最初に感じたのは額の痛みだった。


「イテ……」


目を開けると見慣れた保健室の天井が見えた。

頭痛が酷い。断続的に鈍い痛みを訴えて来る。


「……」


何があったのか段々と思い出して来た。

確か、蹴り。

うん、あれは痛かった。

思い出したらお尻も痛くなって来たぞ。痔になってなければいいけど。

お尻を気にしながらベッドから起き上がる。

軽く頭を振って痛みと眠気を払う。

すると余裕ができたからなのか、カーテンの向こうから話し声が聞こえた。


「優子ちゃん、暴力はいけません。

しかも先輩のおし、お尻……とにかく、めっ」


「でもお姉? あの場合は目の前の犯罪を止めることが最優先だったんだよ。

お姉だって先輩に犯罪者になんてなってほしくないでしょ?」


「それはそうだけど……」


何やらひどく心外な会話が繰り広げられている。


「ただいまー。

早退許可貰ったから帰れるよ」


会話に果凛の声が混ざる。


「お帰りー。

ねぇ、果凛だって先輩に無理やりとか嫌だよね?」


「う~ん……私はお兄ちゃんがそんな風に乱暴するとは思わないかなぁ」


よくぞ言った果凛。そのまま僕のキャラを修正してくれ。


「だって……もう私は身も心もお兄ちゃんのものだから」


「ありえねぇぇぇぇッ!」


思わず叫んでしまった。


「ありえねえぇぇぇぇぇぇッ!」


もう一度叫んでカーテンを開いて飛び足した。

さすがに変態扱いされて黙っていられるほど、僕はお人好しではなかった。


「いつ誰がそんなことをした!?」


「お兄ちゃん」


「素で答えられた!?」


などと馬鹿を言っているうちに、サイドテールの悪魔がクラウチングスタートの体勢をとっている。

またこのパターンかよと思いつつ、なんとか回避行動へと移る。

だがおかしなことに、周りに立てかけられた機材や椅子やらのせいで左右への移動ができない。


「ふふ」


笑った……。

ま、まさか、この障害物は貴様の仕業か―――ッ!!

 

「レディ~! ゴー!」


さっきよりも速度を増したスタートダッシュを切る。

ひ、ひぇ~~~~~!


「優子ちゃん、めっ」


静かな声音で静止がかかった。


「わっ、ととっ、おわっ」


声に敏感に反応した突撃娘が急ブレーキをかけ前のめりに止まる。

 

「た、助かった……」


最良のタイミングで待ったをかけてくれた人物へと顔を向ける。


「ぅぁ」


するとすぐに突撃娘の後ろへと隠れてしまった。

なんだかなぁ。いつになったら慣れてくれるんだろ。


「お姉ぇ、なんで止めたりするのっ?

もう少しでこの変態野郎の息の根を止められるはずだったのにぃ」


いや、止めんでくれ。


「優子ちゃん、たとえどんな人でも生きる権利はあるの。それを無理やり奪っちゃだめよ」


妹の背に隠れながら、立派な、それでいて酷いことを言う。


「害虫駆除と呼んで」


「優子ちゃん」


「う……ごめん」


問答無用の勢いだった暴走娘も、姉は怖いらしい。

この姉妹、小沢姉妹は校内、特に中等部では知らない者がいないくらい有名な三人の中の二人だ。

双子なのだが、とにかく静と動が真逆に位置している。

妹の優子は陸上部所属で大会記録持ち。委員会は体育委員とバッリバリの体育会系なのに対し、姉の律子ちゃんは美術部に所属し、委員会は図書委員とまさにおしとやかな雰囲気を持っていた。

そのためなのか、いつも律子ちゃんは優子ちゃんに守られている節があったりする。

ただし、ヒエラルキー的には律子ちゃんが上なのか、優子はそうそう逆らうことができないでいる。

だがしかし、そんな陰陽なだけで二人が有名というわけではない。

二人を有名付ける理由、その一番の要因は──、


いや、可愛いってことなんだけどね。

なんとも即物的な話である。


ちなみに、有名三人組の三人目は果凛だ。

別に自慢しているわけじゃない。

兄である僕が言うのもアレだけど、果凛はそんじょそこらのアイドルなんかより可愛い。身内贔屓を超えてそれは存在していた。

現に三人が出かけると毎回業界人に声を掛けられ、その度に断るのに苦労するらしい。


そんな三人が一緒に行動していれば嫌でも学園の注目を受けるに決まっているのだ。


そして、この三人が揃うとろくなことがない。


いつも果凛の妄想を真に受けた優子が僕をド突き、それを律子ちゃんが止める。

反省したふりをしてそれ以上責められることがなくなる優子は痛くも痒くもなく、僕一人が酷い目に遭うのだ。

そんなんでいいのか僕の学園生活。


それにしても、いつになったら律子ちゃんはきちんとお話しをしてくれるのだろうあ。いつも僕と会話する時は優子の後ろに行っちゃうんだよね。

嫌われているのかな……。

あ、思ったよりもショックが大きいぞ。

何か酷いことした覚えはないんだけどなぁ。

まあ、律子ちゃんは繊細だから、僕の何気ない行動で嫌な思いをしたのかも知れない。もしそうだったらきちんと謝らないとね。

僕のせいで果凛との仲が悪くなったら可哀想だ。

よし、今度折を見て謝っておこう。


それよりも、今は果凛のことだな。

早退許可が降りたってことは、これから帰るわけだよな。

うむ、付き添いってことでご一緒させてもらおう。


「せんぱーい? 果凛の早退に託けて帰ろうなんて思ってないですよね?」


相変わらず鋭い。


「……まさか、そんなわけないだろ。

妹の体調不良を利用するなんてそんな……僕は純粋に果凛のことを心配してだな」


「異議ありっ!

証言人は嘘を述べています!

これは偽証罪が適用され死刑!」


「されるか!」


早めに突っ込んでおかないとまた何をされるかわかったもんじゃない。


「じゃあ、百叩きの刑?」


「しつこいっ、て言うか江戸時代かよ!」


本気でやりそうだから怖いよな。


「まあまあ、ユッコもあんまりお兄ちゃんをいじめないで。

お兄ちゃんも、学級会サボっちゃだめだよ?」


一瞬で癒された気がする。

果凛はいつだって僕の心配をしてくれるじゃないか。それなのに僕ときたら、そんな妹を利用しようとしたなんて。我ながら情けなくなる。

こうなったら僕も兄としての威厳を少しは見せないとな。


よし、僕は、教室へ、戻る!


「わかった、教室に戻るよ」


「うん、それがいいよ」


笑って言った果凛の顔は、少しだけ寂しそうだった。

期待させちゃったかな。


「果凛は私がしっかり守りますんで。

先輩は単位を守って留年なんてしないでくださいね」


果凛に抱きついて勇ましく言うのはいいが、下校中に何かと戦う気なのかと。あと一言余計だ。


「お身体、気をつけてくださいね」


「え?」


驚いて振り向くと、こちらを見ていた律子ちゃんと目が合った


「ぁう」


でもすぐに逸らされ、また優子ちゃんの後ろへと隠れられてしまった。

社交辞令?


いやお尻の方か。


まあ、とりあえず死ね思われているほど嫌われているわけじゃないようでほっとした。

相変わらず目は合わせてくれないけど。


「それじゃ、気を付けて帰れよ」


「うん、お兄ちゃんも」


三人連れ立って保健室から出て行く。

仲が良いのは良いことだ。ただ、もう少し僕の健康に被害が出ないようにしてほしい。


さてと、果凛に堂々と言ったわけだし、僕も教室に戻った方が良いかな。

ケータイの時計を見る。思ったよりも時間は経っていなかった。


「これなら学級会にはまだ間に合うかな……」


ついさっき麻桐と言い争った手前素直に教室に行くのも何か恥ずかしいな。

麻桐もまさか僕が戻って来るなんて思ってないだろうし。



……サボっちゃう?


いや、果凛と約束したんだ。

約束は守ろう。守らないと何か後で怖い気がした。


学園祭か……。

なんでそんなものがあるんだろうね、本当。

そんなものに授業時間を使うくらいなら、最初からその分夏休みを延長してくれたらいいのに。


おい、主人公リア充じゃね?

そう思ったあなた。

ワタシモソウオモウ・・・

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