2話「中庭で散財」
この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。
リメイク版なのに旧作よりも原作キャラ追加させすぎて辛い。
僕が『僕』を認識し、僕になったのはいつのことだっただろうか。
あの四角い青空を見た時だろうか。
それとも本物の青空を見たあの瞬間だろうか。
それはわからないけれど。
「全力で暑いことは確かだ」
麻桐が消えてから数分。未だ僕は屋上で寝転がっている。
あいつが消えた今、僕がここに居座り続ける理由はない。むしろここに居たら麻桐がまたやって来る可能性だってある。
だったらここから一刻も早く去るべきだろう。危険の中に身を置き続けるのは馬鹿のすることだ。
しかし僕は馬鹿ではない。つまりそんな僕がここに居続けるのにはそれなりの理由があるというわけだ。
その理由とは何か?
脱水症状ギリギリまで粘るその意義とは!
「……さてと、そろそろ行こうかな~」
理由なんて無かった。
ただタイミングを逸しただけなのだ。
結構あるでしょ、そんな不思議な現象って。
「はぁ……」
大きく息を吐く。
いつからだろう、誰かと会話した後に溜息を吐くようになったのは。もはや癖と言ってもいい。なまじ悪いことだと自覚している分タチが悪い。最初の頃は溜まった鬱憤を吐きだすためにしていたこれも、今では溜息をする事に鬱憤が溜まるというありさまだ。
さて、自己嫌悪はこの辺りにしておこう。
いい加減水分補給がしたくなった。このまま屋上に留まれば確実に倒れるだろう。
僕が倒れたとあっては妹が心配してしまう。それは何としても避けたかった。
屋上から屋内へと入いり中庭へと向かう。
入り口横に設置された自動販売機に学生証を認証させ、オレンジジュースを買う。
紙コップに注がれるオレンジ色の液体を眺めながら僕は先程のことを思い返す。
「あそこまで拒絶することもなかったかな……」
他人に拒絶されることを恐れるあまり、自分から近付くことをやめた僕。
僕だって昔は皆と楽しく遊んでいた。と思う。
子供の頃の記憶なんて薄ぼんやりとしか覚えていない。それでも今よりは友達が多かった。あ、こう言うと僕に友達が居るみたいに聞こえるけど、僕には友達が居ない。こんな排他的で卑屈で根暗な野郎に友達なんて高尚な存在がいるわけがないのだ。
友達というものを作ろうと頑張った時期もある。とある人から『貴方様から近付いてみるのも手だと思います』と言われたからだ。しかし結果は惨敗。声を掛けることすらできず。そのままずるずると一人ぼっちの状態が続いている。
全ては僕の性格が悪すぎるのが原因。
仕方が無いさ。誰だってこんな嫌な奴と友達になりたいわけがないよ。
一度廊下の角で女の子とぶつかった事がある。何ともありきたりかつお約束で使い古されたハプニングだ。だが不幸なことに、その子は小柄な体格をしていたため細い僕相手でも弾かれてしまい、転んでしまったのだ。
結構思いっきり転んだのを見た僕が慌てて助け起こそうとすると、その子は僕を見て身を固くし次の瞬間わんわんと泣きだしてしまった。
突然のことに呆然とする僕と泣き続ける女の子。
しばらくしてその子の友達らしき少女が数人駆け付けるとその子を連れてどこかへ消えてしまった。最後まで残った一人が「失礼しました」と頭を下げていたけど、謝るべきは僕の方だと言うととても驚いた顔をしていた。
その後その子達を学園で見かけることはなかった。どうやら避けられているらしい。
理由は理解できた。理解してしかるべきだ。
誰だってこんな嫌な奴に関わろうなんて思わない。まったくもって当然の反応。
だから彼女達に避けられても悲しいと思いはすれ怒りは湧かなかった。
「それでも寂しいとは思うんだぜ」
誰かに避けられるのは当然だ。僕に構うメリットは無い。あるとすれば妹目当ての人間だけだ。僕と仲良くなれば妹とお近づきになれるとでも思っているのかね。僕なんて相手してないで直接妹のところに行けばいいんだ。こんな気持ち悪い野郎に構っているだけ時間の無駄でしょ。
「僕はどこのマスコットキャラだし」
今の独り言だって誰かに聞かれたら気持ち悪がられるに違いない。
自重気味に笑い、ジュースに満たされた紙コップを取り出す。
まあ、誰かに聞かれる心配はないだろう。こんな時間に中庭でサボる奴なんて僕以外居ないのだろうから。
それに、
「僕に構う奴なんて居ないしね」
投げやりにそう呟くと紙コップへと口を付ける。
「おはようございます!」
「ぶぅぅぅっ!?」
突如背後から声を掛けられた僕は盛大に噴き出した。
背後を振り返ると、そこには知り合いの黒髪ポニーテールがとてもよく似合う元気っ娘が居た。
「か、楓ちゃん?」
口元を拭いながら少女の名を呼ぶ。
「はい!
楓です先輩!」
この子の名前は楓ちゃんと言って、妹と同級生らしい。妹と一緒にいる場面を何度か目撃していて、前に一度だけ挨拶を交わしたことがある。
それ以来妹を挟んで知人として付き合っているけど、二人っきりになるのは今回が初めてだった。
「えーと、何か用かな?」
訊ねた後に後悔する。
彼女が僕に用事があるわけないじゃないか……。
「ちょっとジュースを買いに来ました」
「あ、だよねー。
普通そうだよねー」
予想通り、楓ちゃんは僕ではなく僕の後ろにある自販機に用があった。それなのにさも自分に用事があるなどと調子に乗った反応を見せた僕。
なんて恥ずかしい野郎なんだ。
「ごめんね、邪魔だったね。すぐどくよ」
謝りながら自販機の前から退く。
「い、いえっ!
そんな邪魔だなんて! とんでもないです!」
そう言って両手を大きく振って否定する楓ちゃん。
気を遣ってくれるのは嬉しいけど、楓ちゃんみたいな良い子かつ年下の女の子にやられると逆効果なんだよ。
自分が情けなくなると言うか、いっそのこと邪魔者扱いされた方が楽と言うか。
「アハハ、まあ、ありがとね」
「本当です!
私が先輩を邪魔に思うわけないじゃないですか!」
近い近い! 顔が近い!
意気込むのはいいけど、近付き過ぎじゃないかな!?
背伸びまでして顔を近付ける意義が見出せないけど、そこまで否定してくるなら形だけでも納得しておかないと失礼か。
「わ、わかったよ。
楓ちゃんが邪魔に思ってないのは理解できたから」
「そうですか、理解してもらえて恐縮です」
ほっとした顔をする楓ちゃん。だが未だ僕に顔を近付けたままだ。
それを突っ込むべきかどうか悩んでいると、己の状態に気付いた楓ちゃんが慌てて身を引いた。
「申し訳ありません!
御身に対しこのような無礼な振舞いを!」
いやそこまでする必要ないから。
楓ちゃんは良い子だ。良い子なのだけど、たまに時代がかった口調になるのが気になる。
さらに上下関係に厳しい部活に入ってでもいるのか、年上の僕に対してとんでもなく低姿勢になる。今も土下座せんばかりの勢いで頭を下げているし。て言うか土下座しかけているし。
慌てて地面に膝を突きかけた楓ちゃんを制止する。止めなければ本当に土下座する気だったよこの子。
後輩の女の子に土下座させたなんて知られたら明日から僕がどんな扱いを受けるかわかったものじゃない。
変態だとドSだのクソ野郎だの陰口を叩かれるだけに留まらず、彼女のファンの男から校舎裏に呼び出されてボコボコにされる。
嫌だ、そんなバイオレンスな生き方は絶対回避したい。
「あ、あの、そういうのはいいから。
こんなところで土下座なんてしたら制服が汚れちゃうから。ね?」
だから理解して欲しい。君の行動一つで僕の人生が確定すると。
「はい、わかりました」
理解してくれた。
良かった、久しぶりに他人から発言を理解してもらえた。
こんなに嬉しいことはない。
「つまり、ここではなく違う場所に移動して土下座せよとのご命令ですね!?
理解しました!」
「まったく理解してないじゃん!
君はいったい何を聞いていたんだ!?」
場所変えてまで土下座するって何だよ。どれだけ土下座したいんだよ。
Mか?
Mなのか?
「僕がSで君がM。わー、相性ぴったりだね~。
……って言うとでも思ってたの!?」
「も、申し訳ありません!」
ペコペコと頭を下げる楓ちゃん。今度は土下座しようとはせず、それでも九十度以上腰を曲げている。応用力はあるらしい。
それを見てさすがに言いすぎたと思い僕の方も謝罪することにした。
その僕の謝罪を受けた楓ちゃんがさらに恐縮するという無限ループが起きかけたが、なんとか抜けだすことに成功した。
◇
「妹にお遣いを頼まれた?」
落ち着いたところで授業中に抜け出して何をしていたのかを訊ねると、妹に飲み物を頼まれたと言われた。
いつの間に妹のパシリになったのだろうか。
「はい。
果凛さ、んが暑さのために体調を崩されたので私が飲み物を買いに来たというわけです。今果凛さんは保健室で休まれています」
なるほど。
あれだけ体調管理には気を付けろって言ったはずなのに。あいつめ、クラスメイトに遠慮して無理したな。
結局周りに迷惑を掛けるのだから、最初から休めばいいのに。
「あの、差し出がましいことを言うようで申し訳ないのですが、果凛さんは今年の出し物を何としても成功させようと意気込んでいました。
クラスでも中心に立って頑張っていたんです。
でも決して先輩の言い付けを蔑ろにしたわけではないんです」
「そんなことはわかっているさ。
あいつが僕の言う事に逆らうわけがない。
だから平気なふりして余計負担を背負ったんだろ。
でも、それで周りに迷惑を掛けたら本末転倒。
自分の分も弁えず行動して、その結果他人に迷惑かけるのは悪いことだ」
妹──果凛は僕の言葉を裏切らない。体調に気を付けろと言えばその通りにする。だがそれは早めに休むといった行動をとるわけではない。あいつの場合、体力の限界値を伸ばそうとするのだ。無理が効く範囲を広げようとする。
その行為自体がすでに無理していると気付いていない。頭が良いくせに途方も無く馬鹿だ。
それに付き合わされる周りの迷惑なんて考えた事もないのだろう。我が妹ながら僕と正反対の性格だ。本当に血が繋がっているのか?
「事情は理解したよ。
飲み物は僕が持っていくから、楓ちゃんは自分のクラスに戻った方がいい」
「で、ですが、先輩にそんな事をさせるわけには!」
「果凛がクラスに掛けた迷惑は果凛が自分で何とかできるだろうけど、楓ちゃんが居ないことで楓ちゃんのクラスに掛かる迷惑は償いようがないからね。
果凛のことを心配してくれるのはありがたいけど、あいつのためを思うならここは僕に任せてくれないかな?」
「……わかりました。
先輩がそこまで言われるのでしたら私からは何も申し上げることはございません」
多少渋りながらも僕の説得に納得してくれたようだ。
これで「いや、あんた邪魔だし」とか言われたら立ち直れなかっただろう。役一名言いそうな奴に心当たりがあるが、あいつに言われても僕は何とも思わない。楓ちゃんに言われるからキツいのである。
「ではでは!
果凛さんのことよろしくお願いしますね、先輩!」
最初と同様、無駄に元気を振り撒きながら楓ちゃんは廊下を駆け去っていく。
本当に元気な子だ。あの元気の十分の一でもいいから欲しいとか思うのは老化の始まりに違いない。
「さて、何を買おうかな」
楓ちゃんを見送った後、ほとんど飲むことのない噴出したオレンジジュースを捨て、新しく二人分のオレンジジュースを購入する。
「はぁ……お小遣いが足りない」
原作キャラから楓ちゃん登場。
旧作ではエキストラだったのに本作では後輩役として大抜擢。
一年前のオレンジジュース飲んでお腹ピーピーですorz