怪力スキルを持つ女騎士ですが、陛下の「スキル無効」スキルには敵わない
——スキル。
それは、選ばれた者にだけ神が授ける祝福。
代々騎士家系の、我がリネージュ家。長子として生まれた私は、女の子だった。
家の繁栄のために男児を希望していた両親は、ずいぶんと落胆したことだろう。けれど、両親は決して私の前でそんな素振りを見せなかった。弟が生まれたことで自然と両親の期待が弟に向けられ、そこではじめて、私は子供ながらに両親の苦悩を察したのだった。
とはいえ、性別はどうやったって超えられないもの。
ならば私は、私にしかできないことをと心に決め、神殿で祈った直後に神からの祝福を授かった。
*
「リュシリア嬢、この資料を執務室に運んでくれますか」
「かしこまりました」
王宮の書物庫で。年配書司に託されたのは、山のように積み上げられた何冊もの分厚い本。
一介のご令嬢なら、持ち上げるどころか腕が華奢すぎるために抱えることもできないだろう。私はフンッと、片腕で本の山を持ち上げた。
「女性だというのに、頼もしい限りです」
「私にはスキルがありますから」
私が神より授かったのは『怪力スキル』だった。
筋肉隆々になるなどの特典はなく、見た目はそのまま。はたから見れば、私もただの令嬢の一人だろう。
けれど、内々にみなぎるパワーは私の心にしっかりと筋肉を宿していた。筋肉こそ正義。筋肉は、裏切らない!
……と、体ばかり鍛える脳みそ筋肉バカになることはなかったけれど、私には並外れた力が宿った。
それにより、私は「女の子だから」と両親が諦めていた騎士の道へと進んだのだ。
コンコン、と執務室の扉を叩く。返事を受け、私は空いた片手で扉を押した。
「陛下。頼まれた資料をお持ちしました」
「リュシリアか。そこに置いてくれ」
まだ年若い、エルディオン国王陛下。前国王が急逝したために王位を継いだ、王太子だ。
指示された場所に本をどさどさと置いていると、その様子を見ていた陛下がぽそりとつぶやく。
「……そんなに本が持てると、私の出番がなさそうだ」
「? 陛下の出番はないですよ」
私は、陛下よりもたくさんの本を持てるから。
この怪力スキルに勝てる男性は、王宮騎士団にだっていなかったくらいなのだ。
リネージュ家で剣術の基礎を学んだ私は、父の推薦で王宮騎士団に籍を置くことを許された。もちろん、そこはコネではなく実力で。
試験は他の受験者を圧倒し、一番の成績をおさめた。私には怪力スキルがあるのだから、当たり前のことだった。剣を打ち合えば相手は吹っ飛び、肩が少し触れただけでも相手は吹っ飛び。スキルのことは事前に伝えていたが、まわりもここまでだとは思っていなかったようで。
女性だけどスキルありきで強いと認めてくれる者がいれば、女性のくせにスキルを持った上に乱暴だと僻む者もいた。
そんな両極端の評価を受ける中で、私はいつしか怪力令嬢と呼ばれるようになった。
女性には似つかわしくないあだ名だ。しかし、そこは私の中の筋肉が「褒め言葉だ!」とカバーしてくれたので傷つくことはなかった。
やっかみはあれど突き進む私は、やがてエルディオン陛下に引き抜かれて陛下付きの護衛騎士となったのだ。
執務室にノック音が響く。陛下が返事をすると、見慣れた顔がにこやかに入室した。
「陛下、失礼します。今度の視察のことでご相談がございます」
声も体も大きい騎士は、かつての上司である騎士団長だ。この方は性差せず面倒見もよかったので、とてもお世話になった。尊敬できるお方である。
だけど一緒に入ってきた副騎士団長は、実力があるものの陰険で陰湿だった。私の両極端な評価の後者を支持する、典型的なやつ。女が騎士になるなど、と散々やっかみ、陛下に引き抜かれた私を目の敵にしている。
その証拠に、陛下と騎士団長が話をしているというのに、ずっと私にじっとりとした目線を送っていた。
ねぇ、話聞かなくていいの? そんなだから副止まりなんじゃない?
私は懐から包みを取り出すと、入れてあった胡桃を手に持つ。そして、副騎士団長に見せつけるように指先で砕きつぶした。
パラパラと床に落ちる皮を目で追う副騎士団長。私と再び目が合うと「相変わらず野蛮なやつめ!」と声に出さずに罵られた気がした。
「陛下、お時間をありがとうございました。我々は失礼いたします」
「あぁ、そうしてくれ。でなければ、執務室が胡桃まみれになりそうだ」
後ろに控える私に陛下が背中で語るので、私は潰した胡桃をささっとハンカチに包んでしまい直した。
騎士団長は豪快に笑いながら「すみませんねぇ、うちのやつが!」と副騎士団長の首を脇に抱えて引きずって出ていった。
ふぅ、と小さく息をついた私を、陛下が振り返る。
「休憩にする」
「では、お茶菓子を持ってくるよう言ってまいります」
歩き出そうとした私の腕を陛下が掴んだ。スキルを授かってからは感じることの少なくなった、他人からの力。
私を引き止めた陛下は、「必要ない」と首を振った。
「胡桃があるだろう? それでいい」
陛下が自身の胸をトントンと指で叩く。私の隠した胡桃のことなど、バレバレなのだ。
「……こんなものより、シェフのお菓子のほうが美味しいですよ」
「いいから出せ。リュシリアは一体、いくつ胡桃を持ち歩いているんだ?」
私の懐には常に胡桃がある。先ほどの副騎士団長同様に、騎士団以外にも女であるからと私を蔑む者がいるからだ。
私だけの問題なら私の中の筋肉が「羨ましいのだな! ハッハッ!」と笑い飛ばして終わるけれど、私の悪評が陛下の威信に影響してはいけない。
だからそんな輩には、副騎士団長に見せつけた「胡桃割り」を見せてやることにしていた。
しぶしぶ陛下にハンカチごと胡桃を渡すと、「ふぅん。今日は今の分だけか」とつぶやいた。
「そろそろ、自慢の胡桃割りを披露する相手もいなくなったか?」
「そうですね。部屋に胡桃があふれているので、ちょっと困っています」
侍女に代わり、お茶を淹れる。
陛下はなぜか、私がいる時は私にお茶を淹れさせる。陛下は私の返しにくつくつと笑っている。
「いいことではないか。リュシリアを認める者が増えてきたんだ」
「認めるというより、怯えているのでは……?」
私がやっていることは力でねじ伏せているに違いなく、ちゃんと自覚を持った上でやっている。
陛下の騎士でなければ、こんなスキルの使い方などしなかっただろう。
「たまに、良心が痛みます」
お茶を出し、ため息をつく。
そんな私の手を、陛下が捕まえた。
「騎士になどならず、私の隣に立ってくれてもいいんだが?」
すり、と陛下が指先で私の手の甲をなでる。主従をこえる触れ方に、私の頬に熱が上がった。
「そ、れは……! お断りをしたはずです!」
私は、陛下に引き抜かれて護衛騎士になった。
騎士団で訓練中の私に目をとめ、実力を見て引き抜いたわけじゃない。妃候補として、ちゃんとお見合いをした上で令嬢の私を引き抜いた。陛下の言葉を借りると、つまり……み、みそ、見初められたということらしい……。
こんな時こそ励ましてほしい私の中の筋肉は、陛下を前にするとなぜか乙女に変身するので困ってしまう。
「リュシリア」
陛下が私の手を捕まえたまま立ち上がる。近づく距離に、私の肩が跳ねた。
「リュシリア、こっちを見てくれ」
「……はい、エルディオン陛下」
どんな男性でも、スキルを使えば大きく威圧的に見えることはない。
けれど、陛下は……。陛下だけは、どうしたって私より大きくて、見上げなければならない。
「妃候補にふさわしい、数ある令嬢を断って私は君を選んだ。だから、君が不安に思うのも無理はない」
そうなのだ。私の家はリネージュ侯爵家。
妃に決して選ばれない家格ではないが、公爵家を蹴ってまで私を選んだとすれば、私はいろいろと準備をしなければならなかった。
「そのために、君が私の護衛騎士を選んだことも頷ける。君のスキルは、他を圧倒するにふさわしいものだからね」
圧倒的な物理。筋肉。パワー。胡桃を割り続けて、早数年。
妃にふさわしくない小娘だと蔑まされた私は、そんな陰口をすべて潰してきた。私に歯向かう者がいるとすれば、あとは副騎士団長くらいのものだろう。とはいえあれは、なんの脅威もないただの胡桃割りお披露目相手にすぎないから陛下も放っておいている。
「君は、自分の力でまわりをねじ伏せた。強い女性だ。私は、どんどん君に惹かれていく」
滅多に見せない恍惚とした表情に、私の胸がときめく。私の中の筋肉をも蕩し乙女にしてしまう陛下は、本当に恐ろしい。
「もう、いいだろう? 君と婚約するために、私は十分に待った」
額に口付けが落ちた。甘い感触に、私は顔をあげていられなくなった。
「ま、まだダメです! まだ、心の準備が……!」
「そういう君の気持ちをずっと優先してきたが、私にも限界がある」
抱きすくめられて、身動きが取れなくなる。どんなに陛下の胸を押そうとも、暴れようとも、陛下はびくともしなかった。
陛下の香りが近くて、ぬくもりが恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうだ。
「うぅ、どうして陛下にはスキルが通じないの……!」
「ふっ。こんなところで私のスキルが一番発揮できるなんて、神は私にいいものを授けてくれた」
陛下もまた、神よりスキルを授けられたお方だ。国王として存分に力を活かせる、『スキル無効』。
まさしく、神からの祝福にふさわしいスキル。何人ものスキル持ちが陛下を暗殺しようとしたり、陰謀に嵌めようとしたり、はたまた魅了しようと試みたが、陛下にスキルは通用しなかった。それが『スキル無効』なのだ。
おかげで、国王にスキルを使うような無法者は一挙に罰せられ、陛下は確固たる地盤を築き上げることができた。
……そんな、素晴らしいスキルなのに。
「私を抑え込むために使わないでくださいっ」
「こうでもしないと、私はいつまで経っても君に触れられないじゃないか」
「そんなことないです……! 陛下は何かにつけて私の手に触れてます……!」
私の反論に、陛下は「ははっ」と笑った。けれど腕の力は緩まず、むしろ体が密着してくるようで。
「愛しい者には、触れずにはいられないんだ」
陛下のそんな囁きに、ぷしゅう……と意識が飛びそうになった。
「君は、スキルがなければこんなにもか弱い女性だ。そろそろ、私がそばにいる時は私に守ることを許してくれないだろうか」
陛下の体が離れる。
突然の解放に困惑すると、陛下は私の前で跪いた。
「リュシリア。私と婚約してくれ」
私を見つめる瞳が緊張を含んでいる。陛下の頬も色づいていて、私の弾む鼓動が陛下のものだと錯覚するほどに。
陛下の、想いをこんなにも向けてくる真剣な姿は、私しか知ることはなくて。——もう、恥ずかしさから逃げてはいられなかった。
「……はい」
それでも、陛下の前に立っているだけで限界だった。両手で顔を覆った私を、陛下はまた抱きしめた。
「やっと、君の隣に立てる」
幸せそうに陛下がはにかむ。私は陛下の背中に腕を回すと、震える声で間違いを指摘する。
「私が、陛下の隣に立つんですよ」
陛下は吹き出すように笑った。
「臣下はみな君に一目置いている。私より、君の立場のほうが上だ」
「それは大問題です」
「力強い婚約者がいてくれて、私はありがたい」
「……物理です」
「私にとってはか弱い女性だよ」
陛下の声が、自然と甘くなる。
「愛している、リュシリア。これからずっと、君を守っていくよ」
私も、これからもあなたを守っていきます。
口には出さず、私の中の筋肉に誓った。このスキルは、陛下のために使うもの。陛下に出会うために、私はこのスキルを贈られたのだ。
「私も、陛下を愛しています」
見つめ合った私たちは、甘い雰囲気の中で口付けを交わした。
*
その後の婚約発表パーティーでは、たくさんの胡桃を使った料理が振る舞われた。
怯える臣下や険しい顔をする副騎士団長はいたが、私が胡桃を割ると一様に背筋を伸ばし大人しくなった。
その様子を見ていた陛下は「さすがだな」と感心し、騎士団長は豪快に笑った。
私の中の筋肉はこの日のためにより一層仕上げてお祝いをしてくれ、幸せいっぱいのパーティーとなった。
















