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アメ降るホシの黎い空  作者: ペーはぁど
8/13

一人目 空白と後輩と

 今日もオフィスは慌ただしい。どうやら外部から来客があるらしく、その対応に追われているのだろう。

 雨予報なのに珍しいと思うが、今のところ曇りで済んでいるようだ。

 晴れ男かなにかだろうか。


 とはいえあくまで一平社員でしかない自分にはそんなことは関係ない。いつものようにメールの確認を終わらせ、ゆっくりと時間をかけて予定を確認する。



(午後は……あれ? 何も予定がないな)



 日に一つくらいは予定が入っているものだが、今日の欄は真っ白。

 珍しいこともあるものだと思うが、昨日確認したはずの予定は何だっただろうか。メモに残さなくてもいいようなものだっただろうか。

 なんにせよ、以降の予定が空白なのは事実のようだ。



「おはようございます、先輩」


「ん? ああ、おはよう。今日はゆっくりだな」


「朝一で呼び出しがあったんス。やっと終わらせたところっスよ」



 作業着姿の後輩は不機嫌そうにそう言った。

 タオルで額をゴシゴシと拭いている様子を見るに、それなりに大変な作業だったようだ。



「問題はなさそうか?」


「どうにかなりそうなところまでやって引き継いだんで、あとはもうおまかせっスよ」


「そりゃお疲れ様」



 いつぞやに渡したことのある飴を一つ、後輩に押し付ける。

 この程度で労いにはならないだろうがないよりはいいだろう。



「アリガトウゴザイマス」


「片言になってるぞ。そんなに大変だったのか?」


「聞いてくれるんスか? もうそれはそれは愚痴っちゃいますよ?」



 元気が取り柄の後輩が珍しく雲行きの怪しい空気を纏っている。

 普段見せない様子に及び腰になるが、こちらの立場は一応先輩。面倒だからと流すわけには行かないだろう。



「聞いてやるから外出るぞ。ここでやってもいいことないからな」



 まだ雨は降りそうにない。ならこんなところで話すより周囲を気にしなくていい場所のほうがいいだろう。



「あー……それもそうっスね」



 しゅんとして申し訳なさそうな後輩を連れてオフィスを出る。

 会社の人間に見られても面倒だ。エレベーターに乗り込んでビルから離れることにした。


 どうせ今日の予定はもうないのだ。残りの時間を後輩のフォローに使っても問題ないだろう。そう思うことにした。



「とりあえずコンビニよってもいいか?」


「……いいっスよ」


「サンキュ」



 ビルを少しばかり離れたところで切り出した。

 まだ気持ちの整理がついていないのか、後輩はうつむいたままついてくる。

 こんな後輩の姿を見るのは珍しい。茶化したりしてもいいことはないだろう。


 道なりに数分歩いたところでコンビニを見つけたので自動ドアをくぐった。



「……コーヒー飲むか?」


「……カフェラテ」


「へいへい。俺はエスプレッソにしますかね」



 ホットコーナーから缶コーヒーを二本手に取るとレジに向かう。

 ちらりデザートコーナーに目を向けると値引きシールがはられたものがいくつも並んでいる。せっかくなのでシュークリームも買うことにした。



「お前も食うか? シュークリーム」


「……ごちそうになります」



 三十円引きのシールがはられたものをとってレジに並ぶ。



「いらっしゃいませー。袋はご入用ですかー?」


「あー、お願いします」


「五点で六百七十二円です」


「カードで」


「タッチか差し込みどうぞ……ありがとうございましたー」


「ほら。行くぞ」


「……ハイ」



 後輩は後ろをついてくるだけで、レジの間完全に無言だった。

 それだけ疲れているということなのだろう。



(いつもなら先輩ってカードなんですか、いまどき珍しいっスね、とか言ってきそうなものなのにな)



 邪魔にならないよう悄気げている後輩を連れてコンビニから離れる。

 近くに公園があるからそこでいいだろう。



「とりあえず座るとこ探すぞ」


「……はい」



 ちゃんとついてきているので案外大丈夫かと思っていたが、返ってきたのは生返事。どうやらそこそこ重症のようだった。


 見つけたベンチに少しだけ間を空けて横並びに座る。

 顔を伏せている様子からあまり見られたくはないのだろうと思ったが実際はどうなのだろうか。



「ほら、お前のカフェラテ」


「ごちそうになります……」



 後輩はカフェラテを受け取ると、すぐにプルタブを引いた。一口飲むと大きいため息が漏れ出す。


 ひとまずこちらもエスプレッソを飲むことにした。



(うーん……苦い)



 比較的飲みやすく調整されているものの、エスプレッソは目覚ましにできるくらいには苦かった。



「それで、何があったんだ?」



 空になった缶を捨てながら後輩に尋ねた。

 少し時間をあけたせいか消沈した様子の後輩に声をかける。

 もう少し時間を置いてもいいのかもしれないが、そんなことをしても余計に喋りにくくなるだけだろう。



「……さっきも言いましたけど、朝一でタスクが降ってきたんス」


「? 割とあることだろ?」



 この前の電話しかり、突然やることが増えるのは間々あることだ。

 もちろん嬉しくはないし、予定が狂ってしまうこともある。とはいえ雇われの身からすればそれもある程度は仕方のないことだった。



「締切が昼までだったんスよ! もっと早く連絡来てても良かったのに!!」


「あー……そりゃ災難だわな」


「どうにか今日中で良いようにしてもらいましたけど、そういうのってウチがやることじゃないっスよね!!」



 後輩の愚痴は更に続いた。どうしようもないことから思わず笑ってしまいそうなことまであったが、今は口を出さずに相槌を打つだけだ。



「あーもーほんとどうにかならないっスかねー」


「ひとまずはまとまったんだろ?」


「そうっスけど……」


「それならよくやっただろ。一旦離れたタスクなんだし、もう気にすんな。ほら、シュークリーム」


「ありがとうございます……あむ」



 甘いものを食べたおかげか、ようやく後輩の気分も落ち着いてきたようだ。

 もう少ししたら会社に戻ってもいいだろう。


 自分もシュークリームを食べてエスプレッソを飲み切る。ゴミは袋に入れてさっきのコンビニで捨てればいい。どうせ帰り道だ。



「先輩は優しいっスよね」


「そうか? 午後は予定もなかったし、半ばサボるためだぞ?」


「そういうところっスよ」


「そうなのかなぁ?」



 別に優しくしているつもりはない。今回も絡まれなければきっとそのままにしていただろう。

 よく懐いてくれている後輩だからというのも大きい。先日の高森なんかはあまり話さないこともあって、多分こんなことをすることもないだろう。


 良くも悪くも居心地が悪くならないようにしたいだけだ。



「そろそろ落ち着いたか」


「……うっす」


「ははっ。なんで体育会系なんだよ」



 どうやらもう大丈夫そうだ。

 後輩の仕事はまだ残っているだろうが、午後もまだ半ば。十分取り返せるだろう。何なら手伝ったっていい。

 信じられないことだが、今日はそのくらい余裕があった。



「んじゃ戻ろうか。早めに終われば夕飯行くか?」


「えーっと……結構ほっぽってきたんで多分残業っス……」


「そっか。まぁたまにはしょうがないよな」


「……うっす」


「だからなんで体育会系なんだよ」



 久しぶりに腹から笑う。

 仕事をしていてこんなことがあるとは思ってなかった。たまにならこういうことがあってもいいのかもしれない。



「ま、がんばれよ」


「ええ。先輩も無理はしないでくださいね」



 無理はしないように、か。

 心当たりがあるせいか、後輩の言葉がなかなか頭から離れようとしなかった。

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