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アメ降るホシの黎い空  作者: ペーはぁど
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一人目 とある日のオフィスにて

 今日もオフィスは慌ただしい。人の出入りは当たり前。五分と置かずに電話が鳴り、タイピング音はもはやどこから聞こえているのかわからない。


 かく言う自分も受話器を首で支えながら、目の前にある画面に釘付けだった。必死に動きまわる指が意図せぬ文章を繋げていく。文字を追う視線がどうにか繋がっていることを確認していた。


 どうしてこんなことが出来ているのかは考えてはいけない。それに気づいたときに間違いなく破綻する。

 チェックは最悪、後でもいい。今は手元の資料を消化するだけだ。頭のリソースは耳に響く声の処理にほとんどを持っていかれている。



「――はい、進捗は問題ありません。大きなトラブルなく進んでいます」


『――。―――?』


「ええ、そちらは明後日で変更ありません。遅れそうなところは予定を組み替えてメールに送りましたので一度ご確認いただければ、と」



 受話器の向こうからはお決まりの挨拶。続いて最近はどうかと軽いジャブ。


 こちらはこれだけ忙しないというのに、向こうからの声はひどく緩やかだ。週に一度とは言え、メールですむところをわざわざ電話をかけてくるのだからよっぽど暇を持て余しているに違いない。

 せめてもの見栄でこちらもゆったりと言葉を返すが、果たしてどれだけ騙せているだろうか。タイピング音が入っていれば間違いなく気づかれているだろう。


 大学時代には徹夜で麻雀を興じたり、夜な夜な車を出して旅行したりと若さに任せたことをしていたと思うが、まさかその頃以上に無茶が社会人としての必須スキルになるとは全く思っていなかった。



『――? ――!』


「それはすでに完了しています。別の方ですが、中身の確認も了承もいただいております。その形で進んでおりますし、今から新しく追加しようとすれば納期が後ろにかなりずれ込んで費用も発生しますが……」


『―!? ――!! ――!!』



 返答が気に入らなかったのか、耳元の音が大きくなる。

 クライアント様からの電話は無碍にできない。

 とはいえ、遠慮しているように見せながら差し込まれた要望はすぐにどうにかできるようなものではなかった。少なくとも電話一本でよしとはならない。

 のらりくらりかわそうとするが、その度に段々と荒くなる口調に辟易する。


 気づけば電話を取ってから三十分があっという間。もはやクレームと化したまま無駄な話が続いているだけだ。これ以上考えられることはない。



『―――!?』


「努力はしますが、間に合わせになるかと。はい、はい。今一度―」


『――。―、―――?』


「ええ。それでは。はい、失礼いたします……」



 ようやく切れたことに内心安堵して受話器を下ろすと、大きく伸びをする。声は極力小さくしていたがあれだけ長い電話をしていたのだから、周りもどんな様子なのかは察していただろう。こちらを伺う中には心配と憐憫が混ざった視線が多数。苦笑しておくことしかできやしない。



「う"ぁ"ぁ"あ"……疲れた……」


「先輩、お疲れ様っス。随分と長い電話でしたね」



 声をかけてきたのは隣の席の後輩。現場に行くことも多いためか今日も作業服姿だ。オフィスで咎められないことも手伝って、そのほうが効率的なのだろう。気持ちはよくわかる。


 入社して何年目だっただろうか。中性的で人懐っこいためか、かっこいいよりもかわいいが先行する印象だ。寒くなってきたせいか着ぶくれしている様子もあり、なお可愛らしく見えてしまう。

 同期だけでなく先輩たちからもよく可愛がられているのは人徳だろうか。


 本人はたいそう不満だそうだが、それを持ち味にして成果を出していることは否めない。そういう意味ではなかなかしたたかなやつだ。

 かく言う自分もこの後輩を可愛がっている一人だった。


 確か後輩も電話を受けていたはずだがどうやら先に終わっていたらしい。面倒なものではなかったのだろう。


 気を使ってくれたのか銀色の小さな袋が差し出される。個包装のチョコレートは後輩のお気に入りで、家にかなりストックしていると言っていた。ありがたく受け取って口に放り込むと強烈な甘さが口の中を刺激する。緊張でカラカラになっていたせいか痛いほどだ。

 


「まあな。面倒だけど、仕事だからしょうがない」


「そうは言ってももうお昼っスよ? そんなに急ぎだったんスか?」


「割とよくある電話だよ。進捗確認ついでに追加とか言われてもな。今更あれこれ言われてももう動き出してるし」



 作業の合間に口をつけようと持ってきていたコーヒーはとっくに冷めてしまっている。頭をスッキリさせるくらいはできるか、と居座り続けるモヤモヤと甘味とまとめて流し込んだ。



「結構な量の後出しになってるんじゃ? ……これは追加料金もらわないとどうにもならないっスよ?」



 手元を覗き込んだ後輩はうわぁと変な声を上げた。

 視線の先にあるメモは念の為にとった先方の要望なのだが、よくもまあ思いつきをこれだけ並べられたものだと感心する。



「そうなんだがなぁ……どうもそのへんをわかってないのかクーリングオフするぞ、だとさ」


「……うち、訪問販売じゃないっスよ?」



 すでに契約書は交わされている。少なくともその文面は互いに十分満足だった。今日も現場ではそれに従って動いているはずだ。


 だよな、と答えてお返しに飴を渡した。お湯を注ぐとホットレモネードが作れるという触れ込みの飴。気になったので買ってみたが結構酸味が強い。気分を変えるにはもってこいだった。

 ついでに一つ口に放り込むと思わず口を引き結んだ。先程のチョコレートの影響か酸っぱさがやたらと目立ってしまっている。



「……ま、担当からのメールがあるからうちはこのまま進めるけどな」


「スクショもとっといた方がよくないっスか?」


「安心しろ。PDFにして三箇所くらいにおいてある。コピーもあるぞ?」



 本の間から顔をのぞかせていた文面のコピーを引き抜いて顔の前で振ってやる。ツボに入ったのかわからないが、ケラケラ笑う後輩を見てようやく先程のイライラが落ち着いてきた。



「これは流石にやりすぎじゃないっスか?」


「いいんだよ、このくらい。あくまでこっち側の防衛策なんだから。言った言ってないの水掛け論なんて本当に面倒くさいぞ?」


「……もしかして先輩、それで失敗したクチっスか」


「はっ……言ってろ」


「あー、やっぱりそうなんスね」



 後輩と冗談混じりの話をしたところでようやく打ち込みをしていた画面に目を向ける。確認してみるが、手元の走り書きをそのままコピペしたような文章が並んでいた。

 次の会議の資料なのだが、これでは原稿にすらならない。


 ガリガリと音が頭に響く。良くないとわかっていながらついつい飴を噛み砕いてしまった。それでも少しだけ気分がスッキリしてしまったことに心の隅で落ち込む。



「先輩、午前の要件はそれで終わりっスか?」


「ん〜? そうだな。今日は珍しくタスクが少なかったからな」



 電話にこそ時間を取られたが、その他の問題はちょっと話をすれば済むようなものばかりだった。普段はこれに後輩が作った資料の確認とその相談、あと面倒な上司のご機嫌取りが待っている。


 よくもまあ体調を崩さないものだ。



「……まぁいいっス。それよりお昼行きません?」


「そうだな。少し早いが、打ち合わせがてら混みだす前に行くか」



 上着とスマホ、それに財布を取る。クレジットカードをでも事足りるだろうが、現金しか使えないところもごく稀にある。せめて五千円くらいは持っておきたいものだ。



「やった! 先輩の奢りっスね!」


「はぁ……あんまり高いのは無理だぞ」


「ちょっと歩くんスけど、レトロな喫茶店を見つけたんです。ビーフシチューがあるんスよ!!」


「それ、結構高くないか……?」


「ランチセットで千円ちょっとでした!!」


「……たまにだしいいけどさ」



 ビーフシチューでその値段なら比較的リーズナブルと考えていいだろう。たまにならいいか、と自分を納得させることにした。



「あ、先輩。他の人に教えちゃダメっスよ?」


「? ああ、隠れ家みたいなやつってことか?」


「そうっス。先輩だから教えるんスからね?」


「そりゃ楽しみだな」



 なにが気に入ったのかは知らないが、やたらと話しかけてくる後輩に救われているところも少なくはない。

 こうやってたまにランチを奢ってもいいかと思えるくらいには。


 口に出せば間違いなくからかってくるだろうから本人に言うことは決してないが。



「あ、自分、先にトイレに行ってくるっス」



 エレベーターの前まで来ると、後輩はそのままエレベーターホールを抜けていった。

 自分はまだ平気だ。



「なら先に下に行って待っとくわ」



 誰かが乗っているのだろうエレベーターがだんだんと近づいてくる。

 急いでボタンを押す。



「自分置いて一人で先に行っちゃダメっスからね!」


「場所がわかんねぇよ」



 エレベーターはあっさりと通り過ぎていった。一向に戻ってくる気配がない。もう一台の方がそのうち来るだろう。階段で降りる方法もあるが、まだ午後もあるというのにわざわざ階段を使う気になれなかった。



「それもそうっスね。んじゃ後で」


「おう。慌てなくていいぞ」


「わかってるっスよ〜」



 曲がり角のむこうに姿が消えた後輩の声だけが届く。いくつもある扉の向こうから人の気配はするものの、廊下にいるのは自分一人。


 ぼんやり待っていると後輩より先に次のエレベーターが近づいてきた。正面から少しずれた位置に動くと、ちょうどこの階を示す表示が点灯する。


 自転車のベルのような音がして扉が開くと、そこは空っぽの箱だった。同じタイミングで上下を示すライトが入れ替わる。


 廊下の先にはまだ誰もいない。

 言ったとおり下で待ってればいいかと足を踏み入れ、一階のボタンを押す。時間を待たず扉が閉まる。ふわりと浮く感覚がして、カウントダウンが始まる。


 ――八――七……


 誰も乗ってくる気配がない。

 スマホを取り出しても良さそうだ。午後の予定は何だっただろうか。


 ――四――三……


 下へ下へと降りていく。

 スマホの時間はちょうど十ニ時を指すところだった。



 ……ポーン

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