シルキィと魔法
シルキィは、何かと質問が多かった。
特に算術の時間になると、
ヴェルネール先生よりも、
僕の方を向くことが増えた。
初めて会った時に感じた、
近寄りがたい雰囲気はなく、
話す言葉はいつも整理されている。
そのやり取りが、
不思議と心地よかった。
「ヴェルネール先生には内緒よ? ほら、先生よりフェルに質問してると知れたら、あの方の立場がないもの。
ところで、この円の求め方だけど」
「はい、あ、うん……
この場合ですが……」
「フェル、何度も言うけど、同じ授業と時間を共有するわたしたちは対等よ。だからお互いに、畏まった言葉はやめましょうと決めたじゃない」
「それはシルキィが勝手に……」
そこが光源だと錯覚してしまうほどの銀の髪を揺らし、
彼女は静かに僕を覗いてきた。
僕は咄嗟に目を下に逸らしてしまった。
「でも、本当に面白いわね算術って……
いえ、この場合は算術の前に『フェルの』と追記するのか正確かしら……術というより、学問……」
そうやって考える仕草すら、
絵になってしまう。
「えっと、シルキィ。
次の授業は魔法だから、
そろそろ中庭に移動しなきゃ」
僕は彼女を促す。
廊下に出て、一歩下がり歩く僕を一瞥すると、
シルキィはスピードを落とした。
結果的に、
僕らは同じ歩幅で、
中庭に向かった。
「シルキィ、あくまで僕たちが対等なのは、
その……二人きりの時だけだからね?」
「ええ、分かっているわ」
庭で待つと、間もなく先生がきた。
(魔法なんて久しぶりだな)
昨日は剣術の授業で、
夜は身体の所々に熱を持ち、
なかなか寝付けなかった。
でも今日は魔法だ。
そう思うと、胸が跳ねた。
ヴェルネール先生は僕たちを交互に見てから、
静かに口を開いた。
「フェルディア、君もシルキィ様同様、
生活魔法は、一通り使えるんだったな。
なら――
今日は実践で使える魔法を教える」
母さんには生活魔法以外は、教えてもらっていない。
僕はごくりと喉を鳴らした。
先生は続けて言った。
「まず詠唱とは、魔力に方向性を与えるための暗示である。
生活魔法は暗示が単純かつ安全に設計されており、
訓練を積めば誰でも扱える。
一方、上位魔法は暗示の精度と魔力量の両方を要求し、
詠唱を覚えただけでは十分な効果を発揮できない。
暗示の正確さは才能に依存し、
その差が魔法使いとしての力量差となる」
その説明に、違和感を覚えた。
魔法陣には関数が描かれ、
魔法は――
その数式に、魔力を流した結果のはずだった。
少なくとも、僕の目にはそう見えていた。
でも、母さんの言葉を思い出す。
「――万が一、本当に数字が見えたとして、
そんなことが知られたら、聖堂協会が黙っていない」
それは異端だと告げられた。
あれから僕は、一切この事を言っていない。
もちろんティアにもだ。
だから――
本当は詠唱なんてしなくても、
魔法陣は発動するし、
魔法も使えるという事も、
当然言えない。
ヴェルネール先生は説明を終えると、
手のひらを前に掲げた。
「今から、氷系の戦闘魔法を打つ。
よく見ておくように。
冷気よ、槍となれ――」
魔法陣が展開される。
attribute : ice
f(x) = a x
x=22
a=1.4
f(22)=30.8
(あれ……?なにこれ、今まで式しか見えなかったのに、
氷のラベルが付いてる……?)
先生の前に、鋭く尖った氷の刃が発現した。
「――アイスランス」
瞬間、目で追うのがやっとのスピードで射出された。
「流石の威力です、先生」
シルキィが感心したように息を吐き、
賛辞をおくる。
僕はというと、ただ氷の槍の行く先を見つめ続けるだけだった。
(なんだろう……急に見え方が変わっちゃった)
ただでさえ、一人で抱えるにはきつい秘密なのに、
これ以上重くなってしまうことに、頭を抱えたい気分だった。
「ではシルキィ様、ここへ」
手をすっと添えながら、シルキィを横に立たせる。
ヴェルネール先生は、
詠唱と魔力の方向性を決めるコツを教える。
シルキィだけではなく、
僕の方にも、
確かめるような目線を向けた。
「分かりました先生。
では、やってみます」
先生は数歩距離を取る。
シルキィの手が掲げられる。
「――冷気よ」
瞬間、虚空に魔法陣が展開する。
「全てを穿つ、槍となれ」
唱えられる、暗示詠唱――
(関数は……)
attribute : ice
f(x) = a x
x=11
a=?
f(11)=11a
(あれ、係数が未定義? これじゃ……解が出ない……?)
さっきと同じく、氷の槍が出来る。
ただし、先生と比べると大きさや鋭さが、
見るからに劣っている。
「アイスランス――!」
槍は、その場で砕けた。
シルキィは納得はしている顔で、
不満は感じられなかった。
先生もうんうんと頷きながら言う。
「槍が発現している。
あとは方向性の問題だ。
大丈夫、暗示は上手くいっている。
魔力はまだ少ないが、
これも成長するにつれて高くなる」
続いて先生は、僕の方を見た。
僕は「はい」と返事をして構える。
(さっき見たラベルって、多分……属性だから式は……)
そうイメージしただけで、魔法陣が描かれる。
それと同時に、
必要な言葉だけを、なぞるように口にした。
attribute : ice
f(x) = a x
x=15
a=1.4
f(15)=21
――何も問題もなく、いとも簡単にその魔法は発動した。
「これは……」
「す、すごいわフェルディアさん……」
先生は眉間にしわを寄せ、じっとしている。
シルキィは僕に近寄り「何かコツがあれば」と聞いてきた。
僕は目線を落とし、何かいいアドバイスは無いかと探してみたが、
これといった案は思い浮かばなかった。
そして、しばらく考え込んだ末、
苦し紛れに出た言葉が、
「はい…… こういうものだと、信じ切ること……
だと思います……」
といった、理解に苦しむようなものだった。
でも、シルキィは何か腑に落ちたような表情だった。
彼女はしばらく〈アイスランス〉の練習をした。
結果は変わらない。
槍は形を成しても、すぐに砕ける。
それでも、
さっきまでとは違っていた。
僕は失敗を重ねる魔法陣を見て、
関数のパターンを分析していった。
(……式が、少しだけ安定してきている)
係数はまだ揺れている。
でも、無秩序ではない。
シルキィは、
同じ暗示を、
同じ順番で、
何度も繰り返していた。
先生は「ここからは自習」とだけ言って、
いなくなってしまった。
「シルキィ、さっき僕は信じ切るって言ったけど、
それは、多分結果を信じるんじゃなく……
途中なんだと思う」
「途中…… そっか、確かに結果は途中の積み重ね……」
そうつぶやいたシルキィの詠唱には、
なんの疑いもなく、迷いもなかった。
「アイスランス――!」
その氷の槍は、
綺麗な直線を描いて、
重力に逆らいながら、
銀色の粒子をまき散らしながら飛んだ。
「やった…… 出来たわフェル!」
「……うん!」
僕たちは、喜び合った。
少しだけ、オーデマ村が遠くなった気がした。




