表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

領主さまと謁見

館に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


広いホールの中央に、大きな階段がある。

火は灯っていないのに、

天井は白く眩しかった。


玄関から延びる赤い絨毯にそって、メイドさんがずらりと並んで、

一斉に、僕に向かって頭が下がった。


一番近い人が、無機質な声色で言った。


「フェル様、お待ち申しておりました」


僕はひとりのメイドさんに案内されるがまま、

後を歩いた。

足跡は一定の間隔で前を行く。


壁には装飾があるけど、派手ではなかった。

彫刻も絵も、まるで意味を持ってそこに配置されているようだった。


(見せびらかしたい訳じゃないのかな……)


廊下は何度か折れて、ひときわ大きい扉の前で、

メイドさんは立ち止まる。

入ったら出てこれないような気さえするその扉は、

ちょっと不気味だった。


扉はガチャリと重たい音を響かせてゆっくりと開いた。


視界に入ってきた光景に、

さっきまでの不安は消えていく。


日の光が差し込んで、

落ち着きのある、ソファが木のテーブルを挟んで、

向かい合っている。

まるで部屋自体に、「おもてなし」をされているみたいだった。


「フェル様、どうぞこちらでお待ち願います」


「は、はい! どうも…… あ、ありがとうございます」


(こんなソファ、はじめて座るな)


言われた通り腰を下ろした。

ふわりとおしりが包まれて、背もたれに身体が食べられそうになる。


僕は案内してくれた、メイドさんにもう一度会釈した。

メイドさんは深々と頭を下げて、部屋を後にした。


それから、窓の外から見える鳥の巣に、

親鳥が3回餌を運んできた。それくらいの時間が経過した。


僕はすることがなく、足をぶらぶらとさせた。

その瞬間だった。


ガチャリと扉が開いた。

先に入ってきたのは、執事さんらしき人物だった。

年齢は分からないけど、

背筋は真っ直ぐで、無駄な動きが一切ない。


執事さんは一歩だけ前に進んで、

僕に視線を向けることなく、

その場で深く頭を下げた。


その合図と共に、領主さまが入ってきた。

一目で領主さまと理解できる。

部屋に入った、ただそれだけで場の空気が支配されて、

僕自身が、抗えない何かに包まれてしまったような、

重さがあった。


顔に深く刻まれたしわと、

内面を射抜かれてしまっているかのような目は、

鋭く、でも決して冷酷には感じなかった。


僕は立つことすらできず、

釘で打たれたかのように、ソファに固定されてしまっていた。


すぐにハッとし、首を垂れようとしたが。


「ああ、そのままで良い」


一蹴されたようにも感じた。

それでも、どこか温かさもあった。


領主さまは僕と向かい合うように腰を下ろす。

無駄が無く、音のしない所作だった。


「儂がこの、コンスタンティン領領主、

ガーデナント・コンスタンティンだ。

そして、君がフェルディア・パスカルだな?」


「は、はい! 僕は、オーデマ村の

フェルディア・パスカルです!」


「はは、そう緊張するな。

楽して良い」


領主さまは、初めに両親の事を聞いて、

その後に村で困っている事はないかと尋ねてきた。

僕は、正直に質問に答えているうちに、

すっかり身体の力は抜けていた。


「緊張はほぐれたようだな。

さて本題だが、君が村でやったことについて、

詳しく聞かせてほしい」


一拍おいて、領主さまは続ける。


「三角の測り方。

水平、垂直の測り方。

それによって建物のゆがみがなくなった。

しかしそれだけではない、農業や道路。

様々な応用が可能となる。

フェルディア、この知識はどこで覚えた?」


短い問いに、逃げ場がない。

僕は直ぐには答えられなかった。

僕は斜め下に目線を落とす。


領主さまはただ、僕が口を開くのをじっと待っている。


「誰からも教わってません。

ただ……見ていて、

そうした方が、合うと思ったからです」


「合う……か。

天啓を授かった、という事は?」


試すような問いではなく、当たり前のような問いだった。

僕は少し考えてから、首を横に振った。


「分かりません。

でも……そうなるように、

世界は出来ているって……思います」


領主さまの目が大きく開く。

それは攻めるような目ではなく、

なにか未知のものを見る目だった。


「そうか……」


低くため息を吐く。


「もう一つ聞きたい。

君が考えた方法で――

他に、どんなことが出来ると思う?」


僕は、考えることもなく口を開く。


「はい、まず水路が安定して流れます。

畑も、正確に広さを測れるようになって、

たくさん作物が育ちます」


一つ、また一つ。

積み上げるように言葉を選んだ。


「道路も真っ直ぐに引けます。

橋も…… 壊れないものを作れると思います。

それから――」


「もうよい」


遮る声は、強くない。

だが、これ以上は聞く必要がないと、はっきり告げていた。


領主さまは目を閉じ、

深く、深く考え込む。


応接室に、沈黙が落ちた。


責められてもいない。

怒られているわけでもないのは、

空気感から分かった。


そして、これは単に建築や農業の話をしているわけでは無いことも、

分かっている。


領主さまが、ゆっくりと目を開く。


その視線には、

もはや驚きはなかった。


あったのは――

覚悟を決める人間の色だった。


「フェルディア・パスカル。

 君は、

 まだ気づいていない」


真っ直ぐに僕を見る。


「その考え方、この国では非常に扱いが難しい。

間違っているとは、儂も思わん。

フェルディア、君の知識はいずれ領の、

いや国の発展に貢献するだろう。

ただし――」


僕は、両手をぎゅっと握る。


「その知識の扱い方を誤れば、

君自身が――」


その先は領主さまは話さなかった。

でも、その直後に僕の生活が、

一変することを告げられた。


「……君は、しばらく村には戻るな」


威圧感は感じなかった。

でもこれは命令なんだと感じた。


「え……?」


思わず声が漏れた。


「君には然るべき教育が必要だ。

しばらく館で、姪のシルキィと共に学ぶがよい。

なに、両親や村の事は心配しなくていい」


領主さまは、椅子から立ち上がる。


それで、この話は終わりだった。

僕はあまりの事に、驚くことさえ忘れていた。


――その夜


僕は案内された部屋の、

窓際の椅子に腰かけて、

すっかり眠ってしまった、街並みを見ていた。


「昨日の母さんや父さんの態度……

そっか、こうなるって事を知ってたのかな」


ぽつりと発したひとり言に、二人の顔が浮かんだ。

僕は胸が締め付けられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ