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僕と幼なじみ

その日の夜。

領主さまへの謁見の話題で、

ぴりついていたはずの村は、嘘みたいに盛り上がっていた。


僕のことのはずなのに、

どこか他人事のように感じていた。


それは父さんと母さんだけが、

村の熱から切り離されたみたいに、静かだったからだ。


僕は、まるで自分が悪いことをして、

怒られるのを待っているような気がした。


誰も動かない。

誰も、口を開かない。


その沈黙が、胸に重かった。


テーブルに両肘をつき、

祈るような格好の父さんが、ようやく口を開いた。


「考えもしなかった。フェルがまさか、ここまで名が知れるなんて」


(名が知れるって悪いこと……なのかな……)


「ごめんなさいラグナ。私がもっと抑えるべきだったわ」


母さんは、視線を落としたまま言った。


父さんも母さんも、僕を置いて、僕の話を続けた。


「領主さまは、聡明な方と聞く。だからこそ……」


父さんは一度そこで言葉を区切った。


「この才能は、きっと目を付けられる」


言葉の意味は分からない。

胸の奥だけが、ひどくざわついていた。

もう数十メートルも離れたところで話をされていて、

勝手に何かが決まっていってしまうような気さえする。


母さんはそんな僕の手を、優しく包んでくれた。

それだけで戻ってこられる。


「フェル、大丈夫よ。心配いらないわ。私たちが守るからね」


何から、とは聞けなかった。

今はただ母さんの、手の温もりに甘えていたかった。


次の日の朝、村は相変わらず森を警戒していた。

見張りの声が、いつもより多い。

まるで昨日の夜のことが、夢だったみたいだ。


父さんは仕事に出ていて、母さんは家事の合間に、妹のイリスをあやしていた。


僕はというと、ずっとそうしていた癖なのか、

ティアの家に足が向いていた。


ティアは庭で魔法の練習をしていた。

掲げた手元に、見慣れた魔法陣が描かれる。


(あれは……生活魔法の〈ウォッシュ〉だ)


僕は無事に魔法が発動したのを確認してから声をかけた。


「ティア」


「フェル、おはよう。ふふっ

私の魔法、上手くなったでしょ?

そりゃフェルに比べれば、まだまだだけど」


口を尖らせるティアだけど、目は笑っている。

声もいつものティアだ。


「そうそう、フェル! 領主さまにいつ会うの!?」


「ああ…… うん、まだ……分からないけど。

多分もう少しだと思う。

明日かもしれないし……」


「そう…… そっか! フェルはすごいなー

だって私なんて思いつかないことで、

村を便利にしちゃうんだもん!」


ティアはそこで一度、言葉を止めた。


「……でもさ。今日のフェル、ちょっと変だよ

……何かあった?」


「……あはは、何にも無いよ」


何も無くは、ないんだと思う。

でもそれを言葉に出来なかった。


少しだけ斜め下に目線を落とした僕に、

ティアは一歩近づいて、手を握った。


「フェルがそうやって下を見る時は、

何かあるときだよ?

言って?」


物心ついた時から一緒だった。

ある意味では、母さんより隠し事が通じない相手。

それがティアだった。


「……うん、昨日の夜なんだけど」


昨晩の、父さんと母さんの事を話した。

なんで、村のみんなは凄いと言ってくれたのに、

二人だけは、まるで真逆の態度だったのか。


僕は、並んで座りながらぽつぽつと話す。

ティアは黙って聞いてくれた。


「なんか……僕が悪いことしたみたいだ……」


「そっか……でもさ、フェルのお母さん、ルミエルさんは、

守るって言ったんでしょ?」


覗き込みながらティアは続ける。


「私も、分からないけど……でも大人って、

そういうときって、厳しい顔をすると思うの。

ねぇ覚えてる?

四歳の時、二人で木に登って下りられなくなった時のこと」


村を見渡せる丘でのことだ。

何かといえば、そこに行っては遊んでいた。

あの時もそうだ。


「うん、二人で泣いて、大声で母さんを呼んだんだよね。

結局声は届かなくて、でも夕方になると両方の母さんが探しにきて」


ひとしきり泣いた後、

このまま木が育って、

もっと高いところに行ってしまうんじゃないか、

そんなことを考えていた。

ティアは、そんな僕に、

「きっと大丈夫」って、何度も言ってくれていた。

手を握りながら、震えながら。


「そうそう、それであの時、私たちを見つけた瞬間の

お母さんたちの顔は、とても厳しい顔をしてた……

だから、ルミエルさんも、ラグナさんも怒っていたんじゃない。

きっとフェルをちゃんと

……守ろうとしているんだと……思う……」


声は、だんだん小さくなっていった。


「ありがとうティア。なんか……元気出た」


そう言うとティアは目を細めた。

まるで寝起きの僕に、母さんが向ける表情だった。

日光を浴びる、ティアの桃金色の髪に、

僕も視界を絞る。

年上みたいだな、なんて考えていた。


それからしばらくして、謁見の日は来た。


父さんは、僕の肩に手を置いて

「行ってこい……」と、だけ言った。

その声は、重く感じられた。


母さんは、僕を抱き寄せてくれて、

しばらく離してくれなかった。


村の門の先で、使いの人と

馬車が一台止まっていた。

僕の住む、オーデマ村からコンスタンティン領の中央までの距離は、

四時間と聞かせられた。


馬車に乗り込むと、御者が短く声をかける。


「オーデマ村より、コンスタンティン領主館へ」


車輪が動き出す。

村の家並みが、ゆっくりと遠ざかっていった。


道は次第に整えられ、

土の匂いは、石と草の匂いに変わっていく。


なだらかな丘陵の道を、ひたすら馬車は行く。

時間が経つにつれて、胸の奥が妙に静かになっていく。


(戻れるのかな……)


そんな考えが浮かんで、

でも、口には出なかった。


どのくらいの時間が経ったか分からないけど、

馬車が土から石畳に乗り上げ、揺れが変わると、

次第に耳には、ちらほらと人の声が入ってきて、

やがて賑やかになった。

僕は身を乗り出して、馬車の小窓から外を見る。

そこには、道が真っ直ぐに整えられていて、

両脇に、木と石を組み合わせた家々が並んでいた。

どれも背は低いけど、壁は厚く、屋根の角度もきちんと揃っている。

行き交う人の服も、村より少しだけ色が多い。

革の帯、金具のついた靴、腰に短剣を下げた人まで見える。


やがて道は緩やかに上り坂になって、

建物の隙間から、石造りの外壁が見えた。

高い城壁ではない。

だが、厚く、無駄がなく、

「ここが領の中心だ」と静かに主張している。


そこにあったのは、城と呼ぶには小さく、

館と呼ぶには大きすぎる建物だった。


(……ここが、コンスタンティン領主の館)


馬車が止まり、僕は地面に降りた。

足元から、村とは違う感触が伝わってくる。


「こちらへ」


使いの人に導かれ、重厚な扉の前に立つ。

扉の向こうから、低く落ち着いた声が、かすかに聞こえた。


胸が、少しだけざわつく。


父さんが、肩に手を置いてくれた感触を思い出す。

ティアの、顔も。


(大丈夫だ)


そう、自分に言い聞かせる。


扉が、静かに開いた。


「フェルディア・パスカル殿。

領主さまが、お待ちです」


一歩、足を踏み出した。


オーデマ村からは、大分遠ざかった。

でも、不思議と、完全に切り離された気はしなかった。


ただ――

この先で、何かが変わる。


それだけは、はっきりと分かっていた。

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