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村と数学

六歳の誕生日の夜は、賑やかに祝ってくれた。


「フェルディア、もうお前が産まれて六年も経つのかぁ」


父さんはそう言って、僕の頭に手を置く。

大きくて暖かい手だ。

お酒もいい感じに入っているのか、上機嫌だ。


「にーしゃん…… おめとうざいましゅ」


妹のイリスはまだ二歳だ。

覚えたての言葉を一生懸命に伝えてくる姿が、

とても愛おしい。

 

母さんは、もう何杯飲んだか分からなくなった父さんをたしなめている。

ちなみに8杯だ。


「なにこのくらい飲んだうちに入らないさ。なぁルミエル?」


そう言って父さん――ラグナは、母さんの名を呼ぶ。


「はぁ…… ねぇラグナ。

あなた、そう言って最後には酔いつぶれるの。

冒険者時代からちっとも変わらないわ」


でも父さんの酔いつぶれた姿は見たことがない。

きっと僕の前では、そうやって振る舞っているのだと思う。

冒険者を引退してからは大工の道に進み、

今では仕事で何人もの弟子を抱えている。

大きな背中がたくましい、

僕が尊敬している父さんだ。


魔法に関してだけど、

あの日――魔法が暴発した日から、魔力切れで意識を失うことはなくなった。

母さんは、僕の様子を気にしながら生活魔法を教えてくれているけど、

それ以外の、攻撃や回復、付与魔法は「まだ早いわ」といって、

教えてはくれなかった。

魔導書を読む手もある。

けれど、それは母さんを裏切ることになる。

だから、やめた。


そして、やはりというべきか、

魔法陣には例外なく関数が描かれている。

例えば

照明代わりの魔法〈ライト〉は

f(x)=log(x)

洗浄や汚れ落としに使える〈ウォッシュ〉は

f(x)=√x


こんな風に、魔法はすべて関数で表される。


そこに魔力値を代入することで、

結果として現象が現れる――

そんな仕組みらしい。


これは誰にも言えないから、僕の胸の中だけにしまってある知識だ。


じゃあ前世の数学の知識はというと、

思いのほか役に立ったのである。


――数日後


父の休日に、一緒に畑を見に行った時のこと。

前日の大雨で畑は湿っているし、水路の水も満杯になっている。

僕たちの畑は、水路の一番最後にある。


「うーん、結構降ったと思ったが、まだ勢いが足りなかったか」


水路の水は途中で止まっていた。

父さんは「あの水路は、あそこまでが限界なんだろう」と

ひとり納得していた。


「父さん、この畑はまたふさくなの?」


「ああ、ここは昔からこうだ。

水は上の畑に溜まりやすいんだよ」


”上の畑”と父さんは言った。

僕はその畑を確認する。


(……上? そんなに、変わらないように見えるけど…… 

じゃあ僕たちの畑は、下ってことだから……)


僕は途中まで水が来ている水路まで移動した。

父さんはそんな僕を何食わぬ顔で見ていたが、

僕がしゃがみ込んで土をいじくり出したのを確認し、

こちらにやってきた。


「何しているんだ、フェルディア」


僕が指で土をなぞると。

その線の溝にそって水がスーッと流れ出した。

石を一つどけると、その空いた場所に水が流れ込む。

そんな僕の行動に父さんは「……あれ?」と声を漏らした。


「父さん、この大きい石をどければ……」


「――!? よ、よしっ!」


父さんが石をどかした瞬間

水が勢いよく流れ始めた。

それは土と砂を流しながら、あっという間に僕たちの畑まで到達した。


(土が盛り上がっていただけで、しっかり勾配はとれていたんだ)


それからまた数日後、畑の作物はとても元気になっていた。

母さんは「あら…… 今年の畑は様子が違うわね」と言っていた。

父はとても誇らしげだった。

それを見た僕の胸もあたたくなった。


――またある時


ティアの家で、ティアのお母さんにパンを焼いてもらっている時のことだ。

食欲をそそる甘い匂いが部屋に充満する。

僕とティアは、焼きたてのパンをかじったのだが、


「……ねぇお母さん、今日のパンかたいよぉ……

昨日はあんなにふんわりしていたのに……」


「あらそう? うーん今日はきっとそういう焼き上がりの日だったのね」


そう言うティアのお母さんの調理風景を見ていたけど、

各材料の分量はすべて、感覚にたよっていた。

それは僕の母さんもそうだし、村のみんなだって同じだと思う。


「ねぇこれ、重さを揃えたら、毎回同じ味になるよ」


僕の発言に二人ともポカンとしている。


(同じものを作るなら、同じ条件が必要だ)


そこで僕は棒と紐、そして石を使って――

天秤のようなものをこしらえた。


「この石と同じ重さなら、いつも同じだよ」


それぞれの材料に釣り合う分の石を用意するのは苦労したけど、

これで分量を量れるようになった。


ティアのお母さんだけでなく、

僕の母さんも驚いていた。


(数で揃えれば、結果はともなう)


そうやって僕は、前世の記憶を使って村を改善していった

その結果、みんなが喜んでくれた。


ただこの村がずっと平和だったかと言えば、そんなことは無い。


村の北側は深い森になっていて、そこから魔物が襲ってくるのだ。

家畜がやられるならまだマシで、人間が襲われる事もある。

僕は物心ついた時から森には決して近づいてはならないと言われていたし、暗くなると必ずやぐらの上に見張りが立つ。


さらにその森の奥の方には、魔女が独りで暮らしているという噂もある。「早く寝ないと魔女が来るわよ」と母さんもよく言っているけど、本当にいるのかはよく分からない。


そして

——それはある日の夕方のことだった。

妹のイリスを連れて畑の野菜を取りに行った。

その帰り道の事だった。


「おーいフェル! そろそろ日が暮れるから早く戻れよー!」


見張り役の人が声をかけてくれる。


「はーい! 今戻りまーす! 急ごうイリス」


「にーしゃんまってぇ」


魔物は暗くなってから森から出てくる。

だから、子供も大人も暗くなる前に、村の門をくぐる。

その合図に、教会の鐘も鳴る。


でも、その日は何かが違った。


「――! フェル早くしろ! 走れぇぇ!」


びくりと僕の身体は跳ねた。

反射的に後ろを振り返ると、

黒い影が、畑の柵を軽々と越えた。


次の瞬間

それが狼だと分かった。


「――ひっ! イリス!」


まだ三歳になったばかりの妹は、

ちょこちょことしか走れない。

僕は迷わず、収穫した野菜なんか投げ捨てて、

イリスを抱き上げた。


「たかいたかーい?」


抱っこされたことに、少しはしゃぐ妹をよそに、

僕は全力で駆けた。


門はまだ遠い、

イリスを抱えているせいで、思うように足が前に出ない。


(どうしよう……!

 いまの速さは……距離は……門まで……)


頭の中で無意識に数字が走りだす。


概算でいい。

正確じゃなくていい。


距離。

今の速度。

門までの残り。


――狼との接触まであと何秒だ?


「っく……! だめだっ…… 間に合わない」


背後から、ゾッとする鳴き声がする。

確実に僕を狙っていると本能的に分かる。


(このままじゃ、二人とも……)


胸の奥が、きゅっと締め付けられた。


「……イリス」


腕の中の妹を見る。

きょとんとした顔で、僕を見上げていた。


「にーしゃん?」


喉が、ひどく乾いていた。

でも、迷っている時間はない。


「イリス、聞いて」


できるだけ、優しい声を出した。

震えているのが伝わらないように。


「門まで……一人で走れる?」


「……うん?」


「大丈夫。まっすぐ走るだけでいい。

誰か大人がいるから。ね?」


意味が分かっているのか、いないのか。

イリスは小さく、こくんと頷いた。


僕は妹を地面に下ろす。


「走って!」


その瞬間、

背後で、低く唸る声が響いた。


振り返るとそこには、

大きくて黒い狼が、今まさに襲い掛かろうと

かぎ爪を地面に食い込ませていた。


〈シャドウウルフ〉

家畜を襲うことで知られているけど、

人が無事で済むなんて保証は無い。

ましてや冒険者でも、大人でもない僕なんて、すぐに食べられてしまうだろう。

――でも


(妹、イリスだけは絶対に守るんだ!)


その一心でだけで、勝手に震える足をなんとかとどめる。

何も出来ないかもしれないけど、一つだけやれることがある。


(イグナイトだ。

生活魔法だけど――今は、それしかない)


僕は手を伸ばした。


「――火よ、灯れ!」

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