第67話 閑話
《留置場にて》
元首相クローリー・マクラーレンが目を覚ましたときは、すでに独房の中にいた。
「……いつの間に……!」
だが死んでいない。
殺されなかったようだ。
「よし、生き延びた。あとはどうにかして無実と証明し、再び返り咲けば……。いや、もう首相でなくとも、娘を連れてどこかで静かに暮らせれば、それでいい。……亡き妻のためにも、娘だけは幸せに暮らしていくように手配すれば……」
ブツブツと計画を立てていたところ、
「……まだそんなことを言っているのか」
聞き馴染んだ声がして、顔を上げた。
檻の向こうにマーナガルが立っていた。
「マーナガル! 来てくれたのか!」
クローリーは檻を掴み、必死で娘の刑罰の軽減を乞う。
「君の部下だっただろう!? 君にとってもかわいい娘だったはずだ。頼む、あの子を無実に……それが無理なら軽減してくれ! 私も、ここから出してほしい! あの子は私がめんどうをみなければならないのだ! それが妻との約束なんだ! 知っているだろう!?」
マーナガルは、必死の形相のクローリーを見てため息をついた。
「……君が知らないはずはないが、ここでは魔法が使えないよ。私に催眠魔法をかけようとしても、無駄だ」
クローリーは硬直する。
――そう、クローリーはずっとマーナガルに対して催眠魔法をかけていたのだ。
「……なぜわかった?」
「私は呪文局の局長だぞ。とっくに知っているし、今までも、かけられたらすぐに解除していた」
「…………」
クローリーは舌打ちする。
そんなクローリーを悲しげにマーナガルは見つめた。
「……君は娘を愛しているんだろう。だけど、君の愛情はエゴ以外の何物でもない。君の間違った愛情で、ヒムロ氏は犯罪者として追われたんだ。しかも、君の娘のやらかしのせいで見知らぬ土地に飛ばされた挙げ句にね。……そのことについてまったく反省していない君に、誰が同情し誰が罪を軽減しようと思うんだ?」
クローリーは黙る。
つまりは、『同情を買い罪を軽減しようとする手は使えない』と言いたいのかと考えた。
――だが、早くに妻を亡くし男手一つで育て上げた娘が、ほんの些細な事故で重罪犯になるのは納得がいかないし、今現在のこの状況にも納得がいっていない。
自分はこの国の首相だ。
この国の代表である首相が、この国どころかこの世界の者でもない異世界人に、娘の罪を着せて何が悪いのか。
奴が全て背負ってくれれば丸く収まったのに――。
どうしてそれを誰も理解しないのだ?
その心の内を読んだマーナガルはさらに語る。
「そうだね。君にとって彼の犠牲は仕方のないことだ。娘のためだからね。でも、そんな考えに賛同する者は、君以外にいないんだよ。君の派閥は、その君の考えに賛同していたんじゃない。君が首相だから、権力者だからついていっただけだ。……そして僕も賛同出来ない。君はドークリーを甘やかし過ぎた。彼女は大人だ、責任は自分でとらなくてはならない」
クローリーは激昂した。
「確かに催眠魔法はやり過ぎた! だが、それは親として心配だったからこその愛情から出た行為だ! それに……親友のお前だからこそドークリーを預けたんだぞ! なのに、土壇場になって保身のために見捨てやがって! 見損なったぞマーナガル!」
マーナガルは深いため息をついた。
「私も、君に遠慮せずもっと言えばよかった。君が最愛の妻を亡くし心に傷を負ったことを気遣って何も言わなかったのが、今この時になってこんな結果になるとは思わなかったよ。だからもう遠慮せず言わせてもらう。――君はドークリーの育て方を間違えたし、愛情表現も間違えている。少なくともドークリーは、君に愛されているとはまったく思っていないぞ」
クローリーが絶句した。
「……なぜ……?」
マーナガルは同情するような、呆れたような顔でクローリーを見る。
「本当にわからないのか? 妻を亡くした君は、娘を放置し仕事に没頭した。金だけ与え、ほとんど構ってやらなかった。叱りもしない、褒めもしない。彼女は愛情を知らず、歪んだ甘やかしで人とうまくコミュニケーションがとれない。ラクシャリーのような厳格な女性に萎縮し、失敗ばかり重ねる。しかも、それを謝りもしないし自分で後始末すらもしない。そうなったのは君のせいだ。……あぁ、私に任せたじゃないかと言わないでくれ。確かに部下として預かったが、子どもの躾けまでやるなんて言ってないからな。それは、他人ではなく父親の君がやるべきだ。君自身が親として娘と向かい合うべきだったんだよ、クローリー」
マーナガルに手厳しく言われ、クローリーは唇を震わせてマーナガルの強い視線から目を逸らせた。
そこまで言われればさすがにクローリーも理解できる。
……今まで見ようともしなかった現実を、親友から突きつけられた。
それは、自分の弱さだ。
妻を亡くして、つらく悲しく、仕事に没頭したかった。
娘を愛してはいたが、どう接していいかわからず金だけ与えて放置していた。
その自覚はあった。
だが、それを見たくなかったのだ。
娘に愛されていると思いたかった。
放置し続けていたのに、それでも愛されていると思い込んでいたのだ。
マーナガルは、ようやく気づいたクローリーを悲しく見つめていたが、背を向ける。
伝えるべきは伝えた。
妻と娘への歪んだ愛情で何も見えていなかった親友に、己のしたことを反省してほしかったのだ。
クローリーはハッとして顔を上げ、去っていくマーナガルに声をかける。
「娘を、娘を助けてくれ! 頼む! マーナガル!」
声の限りに叫んだが、マーナガルは振り向かず首を横に振り、そのまま見えなくなった。




