第63話 閑話 下
催眠魔法は、相手に自分の言うことを信じ込ませる魔法である。
だがもちろん、完璧ではない。
強烈な拒否感がある場合はかからないのだ。
だから、広報部の局員に「ヒムロの罪状を発表しろ」と催眠魔法をかけても激しい拒絶に遭った。
だが、ラクシャリーの正義感を揺さぶる「国民のためにヒムロに罪を被せるのは仕方がないことだ」はかかってしまった。
それでも、「そうだとしても罪のない者に罪を着せるのはよくないことだ」という別の正義感のためにどうにかしようと東奔西走していた。
*
ラクシャリーは、ヒムロから録音機器が送られてきたところを首相に見つかった。
「ラクシャリー、それを渡せ」
ラクシャリーは、ハッとして首相を見た。
「それは、犯罪者から送られてきたものだろう? ……君を更迭する証拠になるな」
ラクシャリーが動揺したとたん、首相が録音機器を奪った。
「さて、これは証拠として預からせてもらおう。君はこれで長官を辞任することにな――」
「ケェエエエエエエ!」
言い終える前に恐ろしい鳴き声をノーフォグが出した。
ラクシャリーがハッとしてノーフォグを見る。
「……あ……!」
目が醒めたように頭がクリアになった。
ラクシャリーは、催眠魔法をかけられていたことに気がつく。
だが、録音機器が奪われてしまった。
「首相、返してください! それは私宛の荷物です。そして、ヒムロ君は犯罪者ではありません!」
ラクシャリーがキッと首相を睨みつけながら手を出す。
首相が舌打ちした。
ノーフォグの鳴き声で催眠魔法が解除されたのがわかったのだ。
「……なんのことかな? これは私宛の荷物――」
バサバサという音がだんだんと近づいてきて、首相は途中で言葉を止めていぶかしんだ。
「……なんだ? ――うわぁああ!」
首相が驚く。
ノーフォグが次々と舞い込んできたのだった。
そして首相を取り囲む。
「……他人の荷物を奪った報復でしょうかね」
ラクシャリーがつぶやく。
ノーフォグは賢い。
配達した荷物を強奪することはできない。
それを行った場合は、必ず報復される。
「は、配達は終わっただろう!? これは私の荷物だ!」
「ケェエエエエエエ!」
ノーフォグが鳴き、一斉に襲いかかる。
「うわぁああ!」
首相が録音機器を放り出すと、それをキャッチしたノーフォグが、ラクシャリーに配達する。
「……なんとしてでも私に渡したいようですよ? 首相」
首相は頭を抱えてうずくまっている。
あちこちから何事だと人が集まってきた。
ラクシャリーは首相を冷たく見下ろす。
「別に私は隠していません。えぇ、ヒムロ君と連絡をとっていますよ。彼は無実で、あなたの娘の罪を着せられそうになっている被害者ですから」
そう言うと、メッセージを再生した。
ヒムロの声が流れる。
そして……首相宛の恐ろしいメッセージも流れた。
集まってきた人々は、完全に沈黙する。
ラクシャリーは、ハァ、とため息をついた。
「……本当に彼を怒らせてしまいましたね……。そして彼、一人であちらの世界に帰るようですよ? 娘さん、戻ってこれませんね」
首相がハッとした。
「……ふ、ふざけるな! そんなことが許されると思っているのか!? そんな、人でなしの行為を……」
「あなたのほうがもっと人でなしでしょう? 確かに彼自身は魔法を使えませんが、彼は魔剣を携えています。魔剣は、彼を所有者と認めています。ちょっと前までは入れ替わりの魔法を使う予定だったのに、彼は自分だけ帰り……あら、怒った彼が娘さんをどうするのか、心配ですね」
ラクシャリーは嘲るように言う。
実際、ラクシャリーはヒムロにドークリーをどうにかお仕置きしてほしいと考えていた。
この親子のせいでラクシャリーは大変な思いをしているのだ。
「彼に罪を着せて害するよりも、彼に謝罪して尽くしたほうがよかったのに。……実際、使えないあなたの娘よりも彼のほうが比べようもないほど局に貢献していますよ。……あら、あなたに催眠魔法をかけられて忘れていましたが、あなたの娘さん、もう局員じゃありませんでした。ですから、局の威信には関係なくドークリー自身の罪ですわね。あと、そんなに国の影響が心配なら、今すぐ辞任してください。犯罪者の親が首相なんて、みっともないですから。そちらのほうが、犯罪の隠蔽よりもスマートかつ正しい行いですよ」
ラクシャリーは言い捨てると、背を向ける。
そして、集まっていた周囲に指示を出す。
「一週間後、ヒムロ君が来るわ。……かなり怒っているみたいだし、大広場で私が迎えます。他の局員は、くれぐれも彼を捕縛しようとはしないでね。彼の逆鱗に触れても、私は庇わないから! 各自、自己責任でお願い。……あと、そこにいる犯罪者を、逃げないようにどこかに軟禁させておいて。一週間後、私が一緒に彼の元へ連れて行きます」
ノーフォグが飛び去っていくと、周囲の人間が動き出す。
――ノーフォグの群れを見て、ヒムロのメッセージを聞いて、なおも首相の味方をする局員は誰一人としていなかった。




