第62話 閑話 上
《局内にて》
局内は、荒れに荒れていた。
局員のほぼ全員、ヒムロの強さを知っている。
魔剣を携えた彼は無敵に近い。
――そう、まさに魔王。
たまに剣を振り回しているが、ちょっとした恐怖だ。
逆鱗に触れたら一刀両断される。
それぞれの局の局長およびラクシャリー長官が手綱をとってくれているからこそ、被害がない。
そう思われている。
局内には首相派もいたが、ほぼ全員寝返った。
弱みを握られている者のうち、魔王に斬殺されても弱みをばらされたくないという者だけが従っているが、それも嫌々だし、くれぐれもばれないようにしてくれと泣きつくほどだ。
ヒムロを知らない首相派が今回「異世界人だから陥れやすい」と安易に乗せられて動いたのだが……。
裁判官は泣きわめきながら首相を糾弾した。
首相派でヒムロを捕縛した魔法使いたちは死の恐怖に脅えている。
壊滅してしまった首相派の中で、首相だけが精力的にヒムロを陥れようと画策している。
まずはマーナガルを説得し、味方につかなくてもいいが中立に立ってくれと頼んだ。
マーナガルは、
「娘が心配なら、娘の罪を認め、話し合え。お前が甘やかすからドークリーは逃げるばかりで責任を取らない子に育ったんだぞ」
と説教していたが、聞く耳を持たない首相に諦めのため息をついた。
「……わかった。だが、決して味方はしない。何が起きても傍観に徹する。……そして、もう一度言っておく。ヒムロ氏は被害者だ。そして、彼を怒らせたお前が殺されたとしても誰も文句は言わないぞ。むしろ、全員がヒムロ氏に恭順するだろう」
そう諭したが、首相はそれすらも聞かなかった。
刺し違えても娘の罪を彼に押しつけるつもりだ。
それが、愛する娘のためだと本気で考えていた。
次にラクシャリーたちの行動を制限した。
勝手に裁判に押し入り犯罪者を逃亡させたとして更迭させようとしたが、これはさすがに通じなかった。
だが、分裂して荒れているというのは事実だ。
「君は局のトップとして局内をまとめあげなければならないところを、それぞれ派閥に分断させ荒らしている。……この責任を取れとは言わないが、これ以上過激な活動はやめることだ。局が荒れて機能しなくなれば国全体が困ることになるのだぞ」
正論で行動を制限する。
さらに、局の広報を使ってヒムロの(捏造した)犯罪を流そうとしたが、これはできなかった。
広報の局員が全力で拒否したからだ。
「やるなら独自のコネクションでやってください! 局がそれにかかわっていると知れたら、魔王に殺されます!」
「ヒムロ氏の実力を知らないからそんな真似ができるんです! 彼は魔法を使わずに破壊できるんですよ!? さらには魔剣もあるんですから、勝てるワケがない!」
「首相は死ぬ気でしょうが、私たちは巻き添えで死ぬなんて御免です!」
心からの叫びを聞き、さすがに首相も諦めた。
本気で脅え、「どうあっても絶対にやらないぞ」という確固たる意思を感じとったからだ。
これ以上追い詰めると敵側に回り込む。
中立ならそれでいいと、自らに言い聞かせた。
「……どのみち、長官派が居座っていると娘は帰れない。今回の責任をラクシャリーにとらせ、マーナガルを長官にしよう」
ほぼ孤立無援の中、首相が策を練っていると、ノーフォグが見えた。
*
ラクシャリーは対応に追われていた。
全て首相が悪い。
だが、ヒムロが大暴れしたせいで、ヒムロを魔王だと思い込む者たちが続出したのだ。
実際、ラクシャリーも密かに「彼は魔王じゃないかな?」と思っていたりするが……。
ヒムロが拘束魔法を引きちぎり、柵を破壊したときは思わずブランドーを見てしまった。
――魔獣を退治できるのなら、ヒムロを大人しくさせることもできるよね?
そう期待を込めたのだが、ラクシャリーの縋るような視線を受けたブランドーは、青い顔をして高速で首を横に振る。
「あんなに速くて凶暴な魔獣はいないです。そもそも魔獣なら拘束魔法を引きちぎりません!」
小声で必死に言う。
ブランドーの発言が聴こえていたのか、首相以外の全員が戦意を喪失。
ヒムロが首相の襟首をつかんで吊り上げたとき、「うん、このまま首をねじ切られる流れだな」と全員が達観して見ていたが、意外なことにヒムロは見逃し去っていった。
見逃された首相は大人しくなるかと思いきや、全く反省の色は見えず精力的にヒムロを陥れようと画策している。
あの恐怖体験をしてもヒムロを陥れようとする根性と娘を想う心はすごいなと、ラクシャリーは呆れるを通り越して感心した。
だが、やっていることは感心できないし唾棄すべきことだ。
ラクシャリーは、たとえ局の恥になろうがドークリーのやらかしを公表する気でいたしビーネやブランドーも賛成していた。
そのラクシャリーの動きを読んだ首相が動きを封じてきた。
「局の威信が失墜したら、国が荒れるぞ。それでもいいのか? 貴様らの保身のため、国を荒らす気か?」
ラクシャリーはカッとして反論したが、首相は聞き入れない。
「そもそも、異世界人のために局が荒れているこの現状をどうする気だ。彼が全ての罪を被れば丸く収まるのに、なぜそうしない? これは、国の政策としての話であって安っぽい正義感を貫く話ではない!」
ラクシャリーは反論する。
「あなたの娘の犯罪を揉み消すためでしょう!?」
「とんでもない。君がやらかしたとしても私は同じようにする。そして、私自身、彼に罪を被せる責任を取り辞任するつもりだ。……表向きは療養とするがね。それでいいだろう?」
首相にそう言われ、詰まってしまう。
実際、局の威信が失墜するのはあまりよくない事態なのだ。
だからといって、局員のやらかしによって被害に遭い、なのに局に貢献し続けている彼に罪を被せる? それが人としてすることなのか?
ラクシャリーは納得できず、ヒムロを救うために駆けずり回る。
……そもそもが、ドークリーの罪はまだ公になっていない。
なのに、ヒムロに罪を被せるのが正義であるように説得している。
ラクシャリーは首相の催眠魔法にかかり、そのことに気づけないでいた。




