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決戦!

 その日、二人が『にこにこ』に到着したのは夜の六時過ぎだった。休診日のため住まいである上階を訪ねようかと思ったが、一階の医院に灯りが灯っていたので自動ドアから入ることにした。

「待ってたわよ、結衣さん」

出迎えた悦子の肩には魔夜と同じくらいの大きさの親知らずが、当たり前のように立っている。

「この子は私の親知らず、エリザベスよ」

「こんばんは、エリザベスです。あなたのお名前は?」

 エリザベスが結衣の持つトートバッグを凝視している。中に魔夜がいることは、お見通しなのだろう。バックの中のボンボニエールから魔夜が勢いよく飛び出し、結衣の右肩に着地した。

「初めまして。魔夜よ」

 悦子は頷くと、待合室の革張りのソファに座る。

「早速本題ですけれど、世界智歯学会会長選挙で私たちと共闘して欲しいの」

「そもそも、その世界智歯学会というのは何ですか?」

 この前から気になっていたことを結衣は悦子に尋ねる。

「世界を動かす組織よ。世界智歯学会の歴史は古くて、一説によると設立されたのは西暦一一九六年モンゴルで、と言われているの。創立者はチンギス・カン。当時はまだモンゴルの弱小勢力でしかなかった彼が、彼自身の智歯『ジャウト』の助けを得てオルズ河での戦いに勝利したのちに……」

()()チンギス・カンですか?」

 それって眉唾なんじゃ、と結衣は笑いかけたが魔夜の声に遮られた。

「その話、知ってる。偉大なる『ジャウト』の力は、その後チンギス・カンが帝国を建国した際の大きな支えにもなったんでしょ。結衣の歯茎の中にいた頃から、よくその夢を見たわ」

「そうよ。その時代から連綿と続いてきたのが世界智歯学会なの。会長は立候補者の中から選挙で選ばれるけれど、ここ数年は会長の席は空席のままでね」

 なんとなく概要が見えてきた。つまり、悦子は他の勢力を退けて会長に立候補しようと考えており、協力者として結衣と魔夜に白羽の矢を立てたというわけだ。正直、世界智歯学会の会長になるメリットもわからないし、選挙で戦う前に対立候補たちを襲ってもいいのかが気になるところだ。

「魔夜さんが歯茎の中で眠っているころから、私とベスは魔夜さんの力を見抜いていたんだから。こんなところで結衣さんとこんなところで暮らす必要なんてない。私たちと天下を狙いましょう」

 天下! 話が大きい。しかし、

「お断りします。私と結衣は今のままでいい。あなた達が選挙に出たいのなら好きにすればいい。私たちは関係ない」

 魔夜は言い切った。その瞬間、歯科医院入口の自動扉と待合室の出窓が勢いよく開き、激しい風が外から吹き込んでくる。

「じゃあ、あなたにはここで消えてもらいましょう」

 どうやらエリザベスの力のようだった。待合室の雑誌棚から次々に雑誌が飛び出し、猛烈な勢いで結衣たち目がけて飛んでくる。結衣を庇うように、魔夜が正面に飛び出した。

「させるか!」

 結衣に当たる寸前で雑誌は勢いを失って床に叩き落とされた。魔夜は受付のカウンターに飛び乗り消毒液のボトルを思い切りエリザベスに向かって飛ばす。ボトルを素早く避けたエリザベスを追撃するかのように、壁に掛けられていた絵画が天井にまで舞い上がり急降下した。歯科医院の待合室は、あっという間に酷い有様になってしまった。

親知らず達の争いに巻き込まれないように、匍匐前進で何とか診察室へと逃げ込んだ結衣だが、そこには先客がいた。竜司だ。結衣と同じように床にへばりついている。

「やあ、大庭さん。こんばんは」

「こんばんは、じゃないよ。あんたの母親と母親の親知らずが暴れてるんだから、何とかしなさいよ」

 竜司ににじり寄った結衣は、中腰になって思い切り竜司の臀部を蹴り上げた。「いてっ」と呻いて竜司が床に転がる。それを合図にしたかのように、待合室と診察室を隔てているドアがミシミシと(きし)んだ音をたてて吹き飛んだ。

「こ、怖いよ!」

 竜司は結衣を盾にするようにして彼女の後ろに回り込むと、身体を思い切り縮めている。そんな竜司の懐から、()()()と何かが零れ落ち、コロリコロリと転がると結衣の足元で止まった。

 それは、親知らずだった。魔夜やエリザベスよりも二回りほど大きな、立派な親知らず。だが、色は少しくすんでいる。思わず拾い上げた結衣の手のひらの上で、それはピクリと動いた。

「うちの者が迷惑をかけてすまない」

 その親知らずは、信玄と名乗った。亡くなった竜司の父親、増田竜成(りゅうせい)の親知らずだった。

 信玄の口から語られた話を要約する。竜成は世界智歯学会の会長を長年務めていたらしい。会長選で圧倒的多数の支持を得て会長に就任し、その親知らずであった信玄はチンギス・カンの智歯であったジャウトの再来とも言われたほどの存在だった。竜成が亡くなった時に、当然信玄もただの親知らずに戻ると思われたのだが、彼には少しだけ力が残った。竜司は信玄を埋葬するふりをして、悦子やエリザベスにも告げずに保管していたらしい。

「私が収集をつけなければいけないだろうと思い、こうして竜司に連れて来てもらったのだ」

 信玄がチラリと竜司を見る。

「あなた達は、ここで竜司と隠れていなさい」

 信玄はゆっくりと待合室へと入っていく。結衣も信玄の後を追って、荒れ狂う待合室へと戻ることにした。隠れていろと言われてただ隠れているようでは、何か面白いものを見逃しそうな気がしたし、魔夜のことが心配だった。




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