6、パン屋は商売敵が強い
私とシルさんが作ったパンは飛ぶように、いや鳩にパンをあげた時かのように売れていった。この勢いなら、いくつか万引きされても気付かないであろう。さっきまで計算地獄で目を回していたシルさんも、私が会計、彼女が袋詰めに役割を変えたら上手く回り始めた。
「シルさん、アンパン2つです。」
「分かった。」
「シルさん、いちごジャム2つ、バター3つ。」
「えーと...これとこれか...はい。」
「次。アンパン3、オレンジ2、ソーセージ3。」
「アが3、オが2、ソが3。」シルさんもだんだんと慣れてきたようであるが、馴染みのない言葉を覚えるのは大変である。
「シルさん?」
「オって何でしたっけ...。」
「オから始まるのはオレンジパンしか無いよ。」
「実はお魚パンも作ってて。」また聞き覚えのないものが出てきた。これは、きっと彼女が実験感覚で作った謎のパンの1種だろう。
「それは良いとして、もう少し頑張りましょう。」
「分かってるわ。」
「オ2ガ3イ4。」やっぱり省略した方が言いやすいが、何が何だか私でも分からない。言った側も分からないのは問題であろう。
「鬼がたくさんいるよ?」
「鬼じゃなくて、オレンジが2つです。」
「ああ、そういうこと...。」
シルさんは「鬼がたくさんいるよ」と呟きながらパンを袋に詰めていたが、できたものは「おっさんがタクシーで酔ったよ。」になっていた。もう頭が深夜テンション気味になってきたし、私たちはそろそろ限界であろう。ああ、やっぱり仕事は大変だ。
しばらくすると、お客さんは皆いなくなった。さっきまでたくさんあったパンの代わりに、お金と疲労が貰えた気がした。急に机からの引力が増した気がして、私たち2人とも机に突っ伏してしまった。もうダメだ、一歩も動きたくない。
「シルさん?」
「何?」
「疲れましたね。」
「そうだな、今までで一番多く売ったからね。」
「これから、どうしますか?」もう何もやりたくないのだが、一応聞いておかなければ。
「買い物に行ってもらえると。」
「分かりました。」シルさんはもう魂がどこかに行っちゃったし、聞いた以上行く必要がありそうだ。何か美味しいものでも勝って帰ろう。
「ありがと。」
この村で買い物をするのは、とても簡単である。基本的に商店街に揃っているので、とりあえずそこに行けば何でも買える。もちろん、飲食店もいくつかある。私の目当ては、香ばしく美味しそうな匂いをいつも出し、通行人を誘惑しているアップルパイだ。私もどれだけお腹を減らされたことか。
「アップルパイを3つください。」
「450フェリルです。」
「どうぞ、ちょうど450フェリルです。」
「また、いらしてくださいね。」
「はい。」
私の左腕にある籠から、ふわりふわりと良い匂いが漏れていた。何か私だけ良いものを持っている気がした。こういうのも悪くない。でも、せっかくだから喫茶店に寄ることにした。
「いらっしゃいませ。何にいたしますか?」
「紅茶を1つ。」
「おい、知ってたか。あそこのパン屋に摩訶不思議なパンが出たらしいぞ。」お。話題になってる。こりゃあ、良い前兆だ。
「まじかよ。」
「ああ、このままだとクビかもな。」
「今日なんて、客が両手で収まったからな。」2人の客は同時にハァーとため息をついた。
「どうなるんだろうな...。」
思っていたよりも、私たちのパンの影響は大きかったみたいだ。商売敵が潰れたと思うべきか、それとも解決策をもさくするべきか?紅茶も飲み終えたし、パン屋に帰ろうかな。シルさんも待っていることだし。
私が家のドアを開けた瞬間、昨日と同じ人生が終わったかのような顔をしていた。まったく何があったというのだろうか。まさか、パンが売れすぎて困ったという話ではないだろう。
「どうしましたか?」
「その...。」
「ここまで来たんですから、遠慮しないでください。」
「実は、材料が買えないんです。」
「疲れているなら、私が。」
「そういう訳でなく、あの商売敵が圧力をかけているらしいんです。」材料が無いと、さすがに手の打ちようが無い。
「...。」
「だから、あなたとも今日で━━」さっきまで俯いていた頭を上げて、私に何かを言おうとした。でも、私はそんな弱気な言葉聞きたくない。絶対に諦めたくない。
「違います、明日もここで働きます!」
「でも。」
「今なら、あの商売敵と交渉すれば、どうにかなります。いえ、なるかもしれません。」
「...。」
「だから、私に協力させてください。」
「...分かったわ。村長に顔向けできないものね。それで、どうするの?」シルさんは袖もまくって、やる気十分の様子。
「まずは、これを食べましょう。」
「?」
「さっき買ったアップルパイです。温かい方が美味しいでしょう。」腹が減っては戦はできぬ、ということだ。それに、このアップルパイを食べないなんて、私にとって生き殺しと同然だ。
「やっぱり、ハルヒさんはハルヒさんね。」フフフと笑いながら言った。私もアップルパイを食べて、緊張をほぐさないとな。
「これ美味しいですね。」
「本当ですか?」
「こんなことに嘘なんて付かないわ。」
「それなら良かったです。」
交渉がどうなるのかは分からないが、私にできるのは今という時間を楽しむことだけだ。特に、サクッとしたアップルパイがある今は。
さて、パン屋の仕事をこなすことができるのでしょうか?
まだ初心者で改善点があると思うので、なにかあれば感想で教えていただけると助かります。
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今後とも八咫烏をよろしくお願いします。