迷惑な金魚
我が家のすぐ近所に歯科医院がある。
で、今朝。
ゴミ出しで顔なじみになっている医院の奥さんと会ったとき、「ご迷惑でしょうが金魚を飼ってみる気はありませんか」と声をかけられた。
その金魚は待合室の水槽で飼われているもので、以前虫歯を治療したとき、私がその金魚を「ずいぶん立派な金魚ですね」とほめたことを、今も奥さんは覚えていたらしい。
奥さんの話によれば、このたび医院の待合室を改築することになり、新しい待合室には大きな水槽が邪魔になるのだが、その処分にこまり、金魚をもらってくれる人を探しているのだという。
医院で飼われている金魚は一匹だが、それはずんぐりした体に長いひれを持ち、体長が三十センチ近くあった。その大きさにはだれもが驚くが、泳ぎはゆっくりと優雅で、艶のある白地の体色に朱と黒の斑点模様がとてもきれいだ。
この金魚の価値がいかほどかは知らないが、ペットショップなどで買えば、かなりの値段であることは容易に想像できる。
私は即座に、「ありがたくいただきます」と返事をしていた。
その日の午後。
金魚は奥さんと工務店の人に付き添われ、大きなガラスの水槽とともに、照明器具など付属品一式が付けられて我が家にやってきた。
私はそれを玄関の靴箱の上に置いた。
玄関が金魚一匹で華やいで見える。
その晩。
玄関から何やら声が聞こえてきた。
来客かと思い玄関のドアを開けてみたが、それらしき人影は見られなかった。
だがドアを閉めたところで、また声がした。
「歯が痛くてたまらん」
その声はか細かったが、今度ははっきりと聞き取れた。
「歯が痛くてたまらん」
同じ声がまた聞こえた。
意味は不明だが、たしかにそう聞こえる。
「歯が痛くてたまらん。歯が痛くてたまらん」
声は何度もそう繰り返した。
そしてよく耳をすませば、その声はすぐそば、水槽の方からしていたのである。
――まさか……。
私は水槽をのぞき見た。
実際、声がするたびに、いくつもの泡ぶくが水槽の水の中を浮かび上がっていた。そしてその泡ぶくは金魚の口から吐き出されていた。
驚くことに金魚がしゃべっていたのである。
金魚に痛くなる歯があるかは知らない。
ただ歯科医院に、「歯が痛い」などとしゃべる金魚がいては営業にさしさわるだろう。
――それで私に……。
ご近所のよしみで、私は奇妙な金魚と同居することになった。
――毎日うるさいだろうな。
先が思いやられる。
これこそキンギョ迷惑っていうものだ。