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鬼の棲む街  作者: 鬼屋敷 夜雲
─────起・全ての始まり
2/40

第1話 朧谷温泉街

 ─────20✕✕年、5月2日。

 鬱蒼(うっそう)と茂る森の中、やや泥濘(ぬか)るんでまともに走行するには不十分だと言えるような一本の荒れた山道があった。

そんな山道を、ガタガタと何度も激しく地面に打ち付けるように揺れながら走行する一台の車があった。

運転手である丸い銀縁の眼鏡をかけた男は、必死に車のハンドルを握りしめながら前方を見つめていた。

彼の名前は藤原拓海(ふじわらたくみ)。ホラー小説作家であり、彼はこのゴールデンウィークを利用し、目的地である朧谷温泉街で3泊4日の旅をしに来たのである。

拓海が運転する車の後部座席に座る若い女性は妹の藤原さくら。

彼女は激しく揺れる車内に必死に耐えながら、拓海の座る運転席にしがみついていた。

「ねええぇ!お兄ちゃん!本当にこの道で合ってるの?!」

「仕方ないだろ、昨日の土砂崩れで本来の道が閉鎖状態だから案内看板の指示通りに迂回路行ってるんだよ。」

「というかなんでこんな荒れた道で行かなきゃならないの、カーナビとか使えなかったっけ?」

「俺のカーナビがまともに使えてたらこんなクソッタレな道行ってねぇよ、黙って大人しく座ってろ。」

「もう、かれこれ3時間以上はずっと座りっぱなしでおしりが痛いんだよ。」

「あと少しだからもう少し我慢しろ。」

「はぁい。」

運転をしている拓海は、車載モニターに映し出される時間を確認した。

時刻は既に14時を回っており、拓海は小さな溜め息を吐く。

このまま宿泊先のチェックインに間に合うのかと、考えながら拓海は目の前の運転に集中する事にした。


 ようやく目的地とされる朧谷温泉街へと辿り着いた時には、既に宿泊予定の旅館のチェックイン時間である15時まで迫っていた。

拓海は温泉街の付近にある専用の駐車場に車を停めた。

運転をしていた拓海と、後部座席に座っていたさくらは揃って車から降り立ち、荷物が入ったキャリーバッグを手にする。

目的地である温泉街の入り口に立つ石碑には、「朧谷温泉 行き止まり」と刻まれていた。

その奥には、風情溢れる温泉旅館や趣のある民家が建ち並び、小さな川がゆったりと流れていた。

「んん〜………!!空気が美味しい〜!」

「はぁ、一時はどうなるかと思った。」

「もうお腹空いちゃった、どっか寄って食べない?」

「ダメだ、先にチェックイン済ませてからの方がいいだろ。寄り道してたら予定時間が過ぎる。」

「ちぇー。」

「一応予約しているチェックイン時間は15時、月華荘まで間に合うかな。」

拓海はスマホを取り出して液晶画面に描かれている時刻を確かめる。


 今の時間は、14時47分。

─────予定の時刻まで後13分までに迫っていた。


「少し遠いから早めに行くぞ。」

「え、あと何分だったの?」

「13分、モタモタしてたら絶対過ぎる……」

「えぇ〜!急がなきゃ!」

拓海はスマホをズボンのポケットに仕舞い込み、キャリーバッグを引きながら足早に駐車場を後にした。

「あぁ待ってよお兄ちゃん!早いよ〜。」

やや遅れて、さくらも兄である拓海を追い掛けるようにキャリーバッグを引きながらその背を追った。


 駐車場から出て、キャリーバッグを引きながら目的地である月華荘へと向かう拓海とさくら。

彼らの目的地である月華荘へと向かう中、朧谷温泉街に降り注がれる日差しは強烈で、瞬く間に肌が火照って汗が吹き出してくるのを直に感じていた。

特に朝からずっと運転をしていた疲労が溜まっていた拓海にとっては、降り注がれる日差しと、照りつける道路のアスファルトの熱が耐え難い苦痛となって押し寄せてくるのを感じていた。

「はぁ、こんな事ならもっとニュースでも見ておけば良かった。」

「お兄ちゃん、普段天気予報とかも全然見ないじゃん。」

「まさかこんな土砂崩れと、渋滞に巻き込まれて余裕を持つどころじゃなかったんだよ。」

「そういう時ほどリサーチ不足じゃん、大の大人が何してんの。」

「うぐ………ごもっともです。」

長時間の運転の後に来る、長い道のりに思わず愚痴を零すが、妹からの痛い指摘を受け、思わず口籠もる。

額からとめどなく流れてくる汗を拭いながら、顔を上げると、不意に視界の端に神社の鳥居が入った。

思わず気になってしまい、その場に立ち止まって右を向く拓海。

規模としてはやや小さいながらも、荘厳な雰囲気が漂う神社だった。

奥に見えるのはその神社の境内らしき建物が佇んでおり、目の前には石で作られた鳥居があった。

鳥居には新しい注連縄(しめなわ)が下げられており、その上には「朧光神社(おぼろみつじんじゃ)」と書かれた扁額(へんがく)が掲げられていた。


 胸の奥から込み上げてくる懐かしさに、思わず足を止めて見入る拓海。

この街のど真ん中とはいえ、神秘的な存在感を放つこの神社に思わず心を奪われてしまっていた。

「こんな所に、神社があっただなんて………」

どうしてそんな感情が自分の内から込み上げてきたのかは、分からなかった。

だが、強く興味を惹かれたからこそ、彼は神社に向かって一歩歩みを進めようとした。

「何ボケっと突っ立ってんのお兄ちゃん!間に合わないよ!」

「──────っ!!」

不意に聞こえてくる妹の声に、はっと我に返る拓海。

気づいた時には、既に妹は自分よりも先に進んでおり、月華荘の看板が掲げられた古い日本屋敷の建物の前で大手を振りながら立っていた。

ぼんやりとした頭を横に振り、何か言いようのない感覚を振り払って自分を呼ぶ妹の元へと足早に進んでいく。


「はぁ、ギリギリ間に合ったかな。」

安堵の溜め息を漏らしながら、拓海は手を伸ばし、月華荘の磨りガラスの引き戸をしっかりと掴んで開けた。

引き戸を開けた途端、その視界いっぱいに豪奢(ごうしゃ)な月華荘のロビーの光景が広がっていた。

畳の上に繊細な装飾の入った座布団が並び、通路が整然と続いていた。

水琴窟(すいきんくつ)が中央に置かれ、幽かな音色が響き渡る。

美しい盆栽や花が隅々に飾られ、壁には古めかしい絵画や掛け軸が掛けられていた。

照明は柔らかな光を放ち、影が微妙に浮かび上がる。

傍らにはフロント係のスタッフがひっそりと立ち、和風の衣装を身に纏っていた。

あまりにも静謐な美しさが広がっており、拓海とさくらは思わず息を呑んだ。

 唖然となってその場に立ち尽くす拓海とさくらに気づいたフロント係のスタッフは、軽やかな足取りで彼らの元へと近づいていく。

フロント係のスタッフは微笑みを浮かべながら、優雅な動作で寄り添い、声を掛けた。

「ようこそ、月華荘へお越しくださいました。もし宜しければ、お二人様のお名前をお伺いできますか?」

「あぁはい、予約していた藤原拓海とさくらです。」

「ありがとうございます。今からお二人様のご予約を確認いたしますので、少々お待ちください。」

フロント係のスタッフは拓海の確認を取ると、軽く会釈をしてフロントの方へと向かって帳簿を確認していった。


 程なくして、フロント係のスタッフが再び拓海とさくらの元へと戻ると、両手を合わせて恭しくお辞儀をする。

「確かに確認しました。改めまして、ようこそお待ちしておりました。藤原拓海様、藤原さくら様。」

「お部屋の用意が出来ておりますので、ご案内いたします。」

フロント係のスタッフが、拓海とさくらを中へはいるようにと促す。

奥からまた別の男性スタッフが拓海達の元へと歩み寄り、手を差し伸べた。

「先に其方の荷物をお部屋まで運ばせていただきます。」

「ありがとうございます、ではよろしくお願いします。」

拓海とさくらの二人は、スタッフに促されるままに持ってきたキャリーバッグを預ける。

フロント係のスタッフの案内のままに、拓海とさくらの二人は宿泊する部屋に向かう為月華荘の廊下を歩いていく。

フロント係のスタッフの背を見ながら、さくらは兄である拓海に顔を寄せて小さく囁く。

「凄い神対応だよね、本当にここで泊まるの……?」

「あぁ、この月華荘には特別な体験を味わえる部屋があってな。それが「朧月の間」という、スイートルームのような部屋を予約したんだ。」

「うわそれ凄くない?」

「そりゃそうだ、本当ならば予約殺到で何ヶ月も待つんだ。今回は運良くこの時期に予約が取れて良かったよ。」

「3泊4日もその部屋に泊まれるだなんて凄いなぁ………絶対忘れられない思い出になりそうだよ。」

「はは、楽しんでくれるようで良かったよ。」

拓海はそんな興奮を抑えられない様子で歩く、さくらの様子を見て嬉しそうに顔を綻ばせながらさくらを見つめていた。


「此方、朧月の間にございます。」

案内された朧月の間と呼ばれる部屋の扉の周りには、細かな彫り物が施され、和紙で照らされた照明が彫刻の細部を浮かび上がらせていた。

その彫り物はまるで朧月夜の空を模したような透かし彫りが彫られており、その部屋そのものが特別な部屋だということが一目瞭然だった。

「それでは先に、お部屋の鍵をお渡しいたします。

もし外出される際には、お手数ですがフロントまで鍵をお持ちください。

お戻りになられた際には、再び鍵をお渡しいたしますので、フロントまでお越しくださいませ。」

そう言ってフロント係のスタッフは、朧月の間と書かれた朧月の透かし彫りが彫られている木のキーホルダーがついた鍵を差し出した。

「ありがとうございます。」

「ありがとうございま〜す。」

拓海とさくらは、案内してくれたスタッフにお礼を伝える。

 鍵を受け取った拓海は、そのまま朧月の間に入るために鍵穴に鍵を差し込み、カチャリと回した。

拓海とさくらが朧月の間の部屋に入ると、そこには広々とした空間に、豪華な畳敷きの床が広がっていた。

和紙の張られた障子窓から射し込む柔らかな光が、床に反射して幻想的な光景を生み出していた。

「おぉ………!」

「凄い、これが朧月の間なんだ!広い、綺麗、めちゃくちゃ素敵じゃない?」

「いやぁ、写真でも確認したけどやっぱり生で見ると迫力というか印象が違うな。」

「わははぁ〜!凄い贅沢〜!此処、私達が使っていいんだよね!」

「こらこら、あまりはしゃぐな。荷物は……ここら辺で良いか。」

拓海はキャリーバッグを、寝室とされる広い畳張りの奥の部屋の壁に向かって沿うように置く。

それに倣うように、拓海のキャリーバッグの隣にさくらも自身のキャリーバッグを置いた。


 拓海は広々とした朧月の間の真ん中に立ち、部屋を一望する。

全体的にとても広く、そして部屋の至るところには月を模した彫刻や絵画、壁紙などが描かれており、夜の空の幻想的な雰囲気そのものを体感出来る様になっていることに気づいた。

「はは、こりゃ本当に凄いや。この3泊4日で思う存分、次回作の小説が捗りそうだな。」

拓海は軽く伸びをしながら、軽くストレッチを行う。

「ねぇねぇお兄ちゃん、確か夕食って7時だっけ。」

「あぁそうだな、夕方19時には食事が運ばれる予定だ。」

拓海は右手首の腕時計の時間を確認した。

時刻は既に15時を回っており、夕食の時間である19時までには4時間の猶予はあった。

「そう言えば、朝に軽く食べたくらいであとはずっと運転しっぱなしだったな。」

「そう、夕食まで待ってられないから少しお店で買ってこようかな。」

「それは良いが、あまり食べ過ぎるなよ。夕食が入らなくなったら元も子も無いからな。」

「分かってるって、もう子供じゃないんだから。」

「じゃあ気をつけてくれよな。」

拓海は苦笑し、ほっぺを膨らませながら怒るさくらを宥めるようにと頭を優しく撫でる。


 拓海もこの4時間の間をどうしようかと考え、不意にこの月華荘に向かう道中に見たあの神社が脳裏にチラついた。

「………朧光神社だっけ、1回あそこに行ってみるか。」

ボソリと小さく呟き、拓海は持ってきたキャリーバッグを開ける。

拓海のキャリーバッグの中には、3泊4日用に用意した着替えと一緒に、暇な時に読む為の小説、そして小説を書く際の道具一式としてペンケースポーチと手帳が入っていた。

拓海はその中から自身の仕事道具でもある、ポーチと手帳を取り出し、再びキャリーバッグを閉じる。

「そういや、俺はこれから神社に行くけどさくらは何処に行くつもりだ?もしお前も行くようならば鍵を預けに行くが……」

「もう言ったでしょ、私お腹すいたからちょっと買い物してくるよ。」

「そういやそうだったな、分かった。俺が先に出るから鍵は後でお前がフロントに持ってってくれ。」

「はぁい、分かったよ。」

「じゃ、行ってくる。」

拓海はペンケースからペンを手にし、手帳を持って朧月の間を後にした。

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