ジュラシック・ブレイブス~白亜紀異世界冒険譚~アノマロカリスを添えて
「レウ、反応が遅い。そんな事では走小竜に背後を取られてしまうぞ!」
「……はいッ」
父の厳しい声に返事をしながら、すぐさま立ち上がる。
引き倒したのは、父であるが。
「筋はいい。さすがはわしの息子だ。だが、まだまだだな」
厳しい視線のまま、父が長めの棒きれを構える。
村一番のハンターである父──ゴルは、あの棒切れ一つでもきっと今日の夕食を狩ってきてしまうだろう。
いや、武器などいらないかもしれない。
父がどれほど力強く、機敏で、容赦ないかは、すでに何度か同行した狩りで俺も知るところである。
そんな父の時間を割いてもらっているのだ。
得られるものは、得なくてはならない。
「もう一本、お願いします!」
「おうよ。わしから一本取れたら独り立ちでいいぞ」
父の言葉に、少しばかり力む。
村一番の狩人である父から独り立ちともなれば、それは村において一人前の男として認められたということに他ならない。
そうなれば、家庭が持てる。
俺が嫁にするべき女は、すでに決めている。
だが、働き者で若いいい女は、実力勝負かつ早い者勝ちだ。
村で狙う同輩も多い。
つまり、俺は一刻も早く、一人前になる必要がある。
「参りますッ!」
槍に見立てた棒を構え、俺は大きく踏み込んだ。
◆
「それで? 結果は?」
「見ればわかるだろ……」
「そうね。でも、ゴル様は村一番の狩人ですもの。仕方ないわ」
くすくすと笑う娘──ユッコ──に、俺は思わず項垂れてしまう。
幼馴染の彼女こそ、俺の想い人である。
手先は器用で働き者、おまけに気量もよく、肉体は健康的。
村の有力者の娘でもある彼女を嫁にもらうには、俺もそれなりの男になる必要がある。
それこそ、父に並ぶような狩人に、だ。
「でも、ついてきてもらってよかったの?」
「祝事用の大海老を獲るんだろ? この辺りは安全だっていうけど、竜が出ないわけじゃないからな」
「ふふ、ありがと。レウのそういうところ、好きよ?」
何の気なしの発言だと思うが、思わず胸が高鳴る。
この娘と夫婦になれば、どれほど幸せだろうか?
きっと、たくさんの子宝に恵まれるだろう……などと妄想してしまう。
「レウ、顔に出てるわよ?」
「え……いや、悪い」
「悪くないわよ? わたしだって、レウの子が欲しいわ?」
実にあっけらかんと、それでいて可憐に笑うユッコ。
思わず見惚れてしまっている俺の鼻に指で触れて、悪戯っ子のようにべっと舌を出す。
「でも、まだダーメ。レウが一人前になったら、ね?」
「わかってる。すぐになってみせるさ」
「うん。待ってる」
二人で手を繋いで、集落から続くけもの道を行く。
こちらの道は、川とそれが流れ込む海へとつながる小道だ。
反対の方角にある道は、物々交換の旅をするレモラッチャ族の為にもう少し整備されているのだが、こちらは基本的に森や川に用事があるものしか使わないからな。
今回は、川を少し下って深くなったところが目的地だ。
ときおり海水が流れ込む汽水域であるあの場所は、大海老がよく獲れる。
比較的凶暴な奴ではあるが、竜に比べれば大した相手でもなく、餌をつけた紐で釣り上げたところを槍で〆てやれば比較的安全に獲れる。
俺達の集落では縁起物として重用しており、祝い事のある日にはこいつが欠かせないのだ。
「……変だな」
川についてすぐ、俺は周囲の異変に気が付いた。
様々な生物──鳥やカエルなどの声が普段はうるさいくらいに聞こえるのに、今日はひどく静かだ。
心がざわつく。
「どうしたの? レウ?」
「変だと思わないか? 静かすぎる」
俺の言葉に、ユッコが周囲を見回す。
「ホントだ。どうしたんだろ? ちょっと怖い、かも?」
「戻ろう。みんなに知らせなきゃ」
異常があれば集落全体で共有する。
そう取り決められている。
だが、この時すでに判断が遅かったことを、俺達は思い知った。
「……ッ!」
静かに森の中から、大きな影が姿を現したからだ。
超巨大という訳ではない。
だが、この辺りでは見ない大きさの……肉食恐竜だ。
「──異竜」
父から聞いたことがあった。
この辺りで最も凶暴な捕食者の姿を。
こいつは、それに完全に合致していた。
「ユッコ、ゆっくり。静かに下がって逃げて」
「レウ?」
「俺がこいつを足止めするから、父さんたちを呼んできて」
俺の言葉に、ユッコが小さく首を振る。
「ダメだよ。レウが死んじゃう……!」
「これでもすばしっこさには自信があるんだ。簡単にはやられない」
父にも褒められた俺の脚力。
まるで猿のようだ、とも言われたが……木や蔦を使って動くのも得意だし、時間稼ぎくらいはやれるはずだ。
少なくとも、ユッコが安全に逃げられるくらいには。
「さぁ、行って。俺なら大丈夫」
「……ほんとね?」
「もちろん」
「ほんとのほんとね?」
ユッコに頷いて見せて、俺は槍を構える。
護衛用にと父から持たされたこれは、棘装竜の背甲から削り出した逸品だ。
走小竜の鱗で作った鎧も着込んでいるし……何より、今ここで戦える狩人は俺だけだ。
……やるしかない。
「すぐ、戻ってくるから!」
俺の頬にそっと触れてから、ユッコが後ずさりを始める。
それを見た異竜が視線をそちらに向けるが、俺は肺活量を目いっぱい使って声を荒げる。
「ガアアッ!!」
それが異竜にどのように捉えられたか定かではないが、少なくとも関心は俺に映ったようだ。
そして、ゆっくりとそれはこちらに近づいてきた。
一歩ごとに増す威圧感に震えそうになる膝を、なんとか踏ん張って俺は息を吐きだす。
初めて対峙する恐竜ではあるが、姿形は二足歩行する走小竜に似る。
おそらく挙動も、同じだろう。
……で、あれば。
異竜が口を開いた瞬間、横に跳び退る。
この手の恐竜は咄嗟の回旋に対応が遅れることが多い。
そして、それは予想通りだった。
だが、そんな俺の浮かれた気持ちは一瞬で打ち砕かれる。
風切り音とともに俺に迫る異竜の太い尾が、視界の端に映っていた。