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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幸せそうだと言われた、私はこいつをぶん殴っていいと思う

作者: 朝霧

 プリンパフェを食べていたら、そのパフェを食べていた喫茶店の屋根がぶっ飛んだ。

 何を言っているかどうかわからないだろうけど、本当のことなんだ。

 怪我はないけど、屋根が根こそぎぶっ飛ばされたので大量の雨粒が。

 店員さん達や私以外に少しだけいた客は皆、腰を抜かすか気絶しているかの二択。

 私はプリンをたっぷり掬ったスプーンを口に入れた状態で、呆然。

 まだ半分残っていたパフェに雨粒が降りかかってベチャベチャになっていく、私は食い意地が張っている方だけど流石にこんな風になってしまったものを食べる勇気はない。

 仕方がないのでスプーンを器の中にさしいれる。

 上を見上げるとどんよりと曇った空模様が見えるだけだった。

 一体何が起こったというのか。

 瓦礫の類が落ちてこなかったということは、天井が崩れたわけではないのだろう。

 なんらかの超常的な力により、屋根の部分だけがぶっ飛ばされたかそれとも消し飛ばされたのか。

 そういう超常現象を起こせる存在がいることは知っているけど、少し知っているだけだから解説しろと言われたら無理だった。

 なんかすごい音がしたのはわかる、けど具体的に何が起こったのかはわからない。

 どうしたものか、とりあえず避難するか、でもパフェのお金払わなきゃレジのところに置いておけばいいかな、お釣りなくぴったり払いたいけど小銭あったっけ、なんて思っていたら目の前でどすりと音が。

 テーブルの上に何かが着地した、その着地した何は雨水ですっかり台無しになったパフェを器ごと蹴っ飛ばした。

 がちゃん、とガラスが砕ける音が響く、腰を抜かした誰かの悲鳴も聞こえてきた。

 テーブルの上に着地したのは悪魔だった。

 死人のような青白い肌、背には蝙蝠の黒い羽、頭には二本の角、矢印のような形の尻尾も生えている。

 絵に描いたような『悪魔』がそこにいた。

 なるほど、屋根を吹っ飛ばしたのはこいつか、と一人で勝手に納得する。

 悪魔ならその程度は簡単だろう。

 悪魔は私の前でしゃがみ込み、視線を合わせてきた。

「随分と、幸せそうだな?」

 妬みと憎しみとほんのわずかな後悔と、それから盛大な負け惜しみと八つ当たりの念がこもった粘着質な声色を放ったのは、ひょっとしていま目の前で動いた形のいい口だったのだろうか?

 悪魔は私の顔を見つめている、というか睨んでいる。

 大事なおもちゃを取られた上に、それを盗った下手人がめちゃくちゃ楽しそうにしているのを睨んでいる子供みたいなその顔を見て、私はこう思った。

 よし、殴ろう。

 グーで百発くらい。

 金槌でも持っていればそれで思いっきりぶん殴るしそのご立派な角も叩き折ってやれたのに、生憎そんなものは持っていないのでグーで妥協する。

 ああ、でも鞄の中の筆箱にハサミがあったな、じゃあ尻尾切り落とそ。

 羽は多分無理だ、もっと大きなハサミか頑丈な刃物を使わないと多分無理。

 喫茶店の厨房に包丁は置いてあるだろうけど、さすがに食品を扱う道具に悪魔の血をつけるわけにはいかない、ばっちいし不衛生だ。

 というわけで握り拳を握って、思い切り振りかぶる。

 まずはワンヒット、流石に予想外だったらしくて思いっきり目が見開いていた。

 そのままお綺麗な顔面を崩壊させてやらあ、と振りかぶった二撃めはスカッと空振った。

「よけるな、くそおとこ」

 思っていたよりもドスの効いた低い声が出た、極めて冷静なつもりでいたのだけど、案外動揺しているのかもしれない。

「だれがしあわせそうだって? ざれごとをほざいたのはそのくちか?」

 選べ、とテーブルから飛び降りて頬を少しだけ腫らした悪魔の顔を睨む。

「口を縫うか、舌を引っこ抜くか、それとも喉でも焼くか? 三択だ。ほらさっさとえらべよ。くそおとこ」

 といってもソーイングセットなんて女子力の高いものは持っていないし、バーナーとかそういう物騒なものも持っていない。

 というわけで実質『舌を引っこ抜く』一択だったりする、力任せに引っ張ってハサミでチョッキンすることになるから正確には『切り落とす』だけど。

 椅子から乱暴に立ち上がって、握り拳を握ったまま感情のままに口を開く。

「おまえのめはふしあなか? だれがしあわせそうだって、だれが。どんなひどいめにあってもいいからとおいすがったおとこにすてられて……辛くて辛くて吐くはなんでもない時に涙は出てくるは声が出せなくなるはでいろいろ大変だったのがようやく落ち着いてきて、それでも美味しいものを食べた時くらいにしか笑えなくなった私のことを、幸せそうだって?」

 なんにも言わない悪魔の顔面を狙って突進、しかし避けられる。

 うぎぎ、と汚い唸り声が自分の口から漏れる、誰かが遠くで小さく悲鳴を上げた声が聞こえた。

「それなのに、そんな顔で『幸せそうだな』だって? ふざけんな!!!!!」

 吠えるように叫んでもう一回突進、また避けられる。

 ふざけるな、甘んじて受けろ。

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!!! だったらなんで最初っから連れていってくれなかった!! なんで置いていった!! お前の望みはいったいなんだっていうんだよ!! 一生お前のこと引きずって喜びも笑いもせず、なに一つ楽しむことなくいつまでもメソメソしてろとでも言いたいのか!!!! そんなクソみたいな事を望まれるくらいだったらいっそ殺された方がマシだった!! せめて一人で幸せになってくれと望まれるのだったらまだ頑張って許容するけど、お前が私に一人で不幸になれって思ってるんだったら……いくら殴っても許せる気がしない」

 だから何度だって殴りかかってやる、そう思いながらもう一回拳を振るったら、今度は避けられなかった。

 けれど拳は悪魔の顔には届かなかった。

 あと数センチのところで爪の長い掌に包み込まれるように受け止められる。

 引っ込めてもう一度殴りかかろうと思ったけど、びくともしない。

 ならば金的、と脚を振り上げようとしたところで掴まれっぱなしの手を引っ張られてバランスを崩す。

 転ぶと思ったらそのまま身体を引っ張られて引き寄せられる、温度のない腕が背中に緩く回って、耳元に白い顔が寄せられる。

「わるかったよ…………目が覚めた」

 それだけだった、たったそれだけの言葉を残してあの日悪魔と化した私が大好きだった男は、私から離れていった。

「待て!! 待てクソ男!! 待て!!!!」

 羽をはためかせて飛び去ろうとする悪魔に怒鳴り声を上げるけど、悪魔は私の顔を見て少し笑ったあと、ものすごいスピードでどこかに消えていった。

「……まって、いかないで」

 もう暗い色の雲しか見えなくなった空を見上げて、そんな声が勝手に溢れた。

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