怪人王の婚約者~悪の組織の女幹部って悪役令嬢みたいなものですか? え、違う?~
安藤瞳、十六歳高校生。瓶底眼鏡に顔を隠すような長い髪に華奢な体型、地味の二文字が人型になったような人物だが、唯一髪だけは自慢できるキューティクルだと思っている。
彼女の人生は元グラビアモデルである母がいると少々変わった部分はあるものの、基本的にはごく平凡な日々だった。ただ少しばかりオタクなだけ。
そんな彼女に人生の転機が訪れる。
「許嫁に挨拶へ行きましょう」
ある休日に母に連れ出される瞳。許嫁だなんていつの時代だと文句の一つでも言ってやりたかった。
正直瞳は母にコンプレックスを抱いていた。四十過ぎているのに年齢不詳な美魔女。グラマラスかつ年齢を感じさせないボディ。そんな彼女の血を引いているのに、似ているのは髪くらい。
成長するに連れてその劣等感は肥大する一方。幸いな事に反発したりグレる事は無かったが、内心母への申し訳なさでいっぱいだった。
「私の上司の息子さんでね。前々から歳が近いし私も評価してくれてたから、是非って」
「そんな事言われても……。まあ、会うだけなら」
正直チャンスだと思っていた。こんな自分がモテるなんて考えた事が無い。母の立場もあるし、こういったお見合いのようなものならある程度は信頼できる相手だろう。
母に孫の顔を見せてやりたい。そんな気持ちくらいはある。
だからいまいちノリきれなかったが会う事にした。
だがそれが彼女の人生を大きく変えるとは……
そうして母が運転する車に乗ると、気が付いた時には見知らぬ場所に立っていた。
そこを例えるなら玉座だ。大きな三メートルはある機械の椅子のある玉座。暗く殆ど明かりの無い部屋にいた。
「お母さん、ここは?」
「お母さんの職場よ~。さて、ちょっと下がって」
「え?」
機械の椅子が浮かび上がりゆっくりと振り向く。
そこにいたのは人間ではない。銀色の鎧を着た怪人。西洋の竜を擬人化させ、ヒロイックなヘルメットを被せたような男だ。
彼の表情はわからない。口にあたる部分は黒いバイザー状になっており、顔が見えないのだ。
怪人と言うよりダークヒーローじみた姿に驚きつつも、男の子ってこういうのが好きそうだなと一瞬考えてしまう。
そう言う瞳も好みのデザインだ。自他共に認めるオタクである彼女もアニメや漫画といったサブカルチャーにどっぷりと浸かっている。
特撮も初めは出演するイケメン俳優や女優目当てで見ていたが、今やヒーローのデザインにも心を奪われているくらいだ。
正直これが撮影だったら楽しんでいたが、この男の異質な雰囲気に気圧される。
「お、お母さ……」
息を呑み母に助けを求めようとする。しかし瞳は我が目を疑った。
隣にいたはずの母の姿は無い。その代わりにいたのは人間ではない怪人だった。
身体のラインを見せつけるような黒いボンテージ、刺だらけの鎧にアリのような仮面。正に怪人アリ女、そう呼べる異形の者がいた。
「ほらほら、そんな変な顔しないで」
いつもの優しい母の声。ずっと見てきた母の官能的な肢体。しかしそこにいるのは本当に母なのだろうか。
これは本当に仮面なのだろうか。大顎は声と連動して動き、触角も忙しなく周囲を探っている。まるでそれが本当の顔のようにも見える。
「……アントアナ。こいつが貴様の娘か」
竜男が口を開く。重く低い声。しかしどこか若々しい雰囲気もある。
「ええ、私の娘の瞳です。瞳、こちらがあなたの許嫁であるドラクニア二世様よ」
「待って、話しが追い付いてない。てか何なのお母さんのその格好? 私はコスプレ見るのは好きだけど、それはちょっと引くよ」
「おい、説明していないのか?」
ドラクニアと呼ばれた男は呆れたように頬杖をつく。
「申し訳ございません。この娘は普通の女の子として育てたもので」
「ふん。ならばそれを下げろ。いくら貴様が有能かつ父上の遺言とは言え、そんな貧相な女に興味は無い。そもそも本当に貴様の娘か? 似ても似つかないぞ間抜けめ」
「夫に似たのでしょうね。ですが顔立ちは私に似ていますよ。ほら、髪上げて……」
苦笑いをする母。瞳の前髪を上げようと、鋭い爪が伸びた手を差し出す。
その手が触れるよりも先に瞳は叫んだ。
「ちょっとあんた。お母さんの上司だか知らないけど、その言い方は無いんじゃない? 何よ間抜けって」
「瞳!」
慌てて止めようとするも瞳は止まらない。自分が笑われるよりも、母を罵倒された事に怒っているのだ。
「ほう? 俺が誰か知っての啖呵か?」
「知らないっての!」
「なら教えてやれアントアナ」
母は小さくため息をつく。
「瞳、アンダーズって聞いた事あるでしょ?」
「アンダーズ? ああ、たしか二十年前に出た異世界からの侵略者だっけ? たしかヒーローが撃退し……ってまさか」
「そっ。お母さんはそこの幹部だったの。で、この方が先代アンダーズのリーダーの令息」
瞳の背筋に悪寒が走る。
アンダーズはかつて世界を恐怖のどん底に叩き落とした侵略者だ。そんな地球の敵が残っていた、更に母がそのメンバーだったと衝撃を受ける。
「って事は私…………人間じゃないの?」
「そうね。この地球の人間ではないわ」
「そんな……」
ショックが大きく愕然とする。今までの人生全てが否定されたような気分だ。
そんな瞳をドラクニアは嘲笑う。
「ハッ、えらく小心者だな。この俺に啖呵を切ったから少しは期待したんだが……」
椅子から下り瞳の方へと歩く。
「アントアナ、貴様にはがっかりだ。所詮はロートルか。こんな娘を俺の伴侶としようとするなんて、父上共々カスだな」
ピクリと瞳の肩が反応する。母を蔑む言葉が瞳を奮い立たせた。
確かに母には劣等感を感じている。しかし親として愛し尊敬しているのだ。彼女の過去や自身の出生なんてどうでもよい。今はただ、目の前の男に怒りが沸き上がる。
「ふざ……けるなぁ!」
無意識の内に手を振るう。今まで一度も暴力なんて振るった事が無いのにだ。
初めてひっぱたいた感触は堅かった。ドラクニアのヘルメットを叩いたからだ。
「うお!?」
ただひっぱたいただけ。それもこんな細腕でだ。
それなのにドラクニアの身体は凄まじい勢いでふ吹っ飛び座っていた椅子を粉砕する。
「…………え?」
瞳は驚いて固まる。自分よりも大柄かつ鎧で身を固めた男を吹っ飛ばした。
母も唖然としている。
「えっと……大丈夫…………ですか?」
「……まあな」
瓦礫の中からドラクニアが立ち上がる。彼のヘルメットには亀裂が走り、今にも崩れそうだ。
「前言撤回だ。この馬鹿力、確かに貴様の娘だ」
「え、ええ」
「そして気に入ったぞ」
ドラクニアが手を顔にかざすとヘルメットが粘土のように軟化し捻れ消えていく。
手を離すとそこには一人の少年が立っていた。おそらく歳は瞳と大差ない。獰猛な肉食動物のような目、余裕綽々といった不適な笑み。
「……うわ」
ビックリするくらいのイケメン。さながら特撮番組のイケメンヴィラン……よりもダークヒーロー、俳優顔負けの美男子だ。
そんな男が瞳の前髪を掻き上げ眼鏡を奪い取る。
「へぇ? 意外と悪くはないな。まっ、首から下は物足りないが……」
頬をそっと撫でる。鋭く凶悪な鉤爪なのに、妙に優しく感じられる。
「怪人の姫に相応しい」
その一言が瞳の人生を破壊する。二度と戻れない日常、平和が崩れた瞬間だった。