たどり着いた未来
光の中で静かに消えゆく黒く鈍い輝きを放つものが一つ。
それは魔王竜と呼ばれた者の存在核だった。
女神はそれを優しく抱きかかえた。
「ごめんなさい…あなただって痛かったですよね、悲しかったですよね」
魔王竜となってしまった神。女神はその神を知っていた。
かつて世界に介入し続ける女神を見て大目玉をくらわせた神だった。
「私と同じくらい自分の世界を愛していたあなたですもの…だからこそこんなになるまで憎んでしまったのですね」
黒い存在核から伝わってくるのは…憎しみ、苦しみ。
愛していた世界から…命たちから裏切られた痛み…そして張り裂けそうなほどの悲しみ。
「あなたは私…「もしかしたらの私」だったのかもしれませんね…私も一歩間違えればあなたになっていた。だから私のところに来たのですかね…でもあなたも感じてくれたでしょう?私の愛した世界を…だから心配しないでください。これからもきっといろいろなことがあると思います…だけど私は私の世界を信じます。だからあなたも…もうゆっくり眠りましょう」
おぞましい黒が優しい光に溶けていく。
やがて存在核は白く美しい姿を取り戻し…ふわっと消えていった。
さいごの瞬間、女神にはそれが優しく笑っているように見えた。
そしてまた女神も、奇跡の代償を払うことになる。
先ほどの存在核と同じように女神の身体もゆっくりと光にほどけていく。
先ほどの聖剣を誕生させた際に女神は自分の存在核の全てを素材として使っていた。
ならばもう結末は一つだ。
「私の世界に、神様なんていらない。人は自分たちの足でちゃんと歩いていけるということを示してもらいましたから…邪魔な神はここで退場と行きましょう」
女神はどこへともなく手を伸ばした。
「私の愛しい子供たち…あなた達の辿る未来が幸せであらんことを…」
女神が意識を手放そうとした時、誰かがその手を掴んだ。
「…びっくりしました。何をやってるんですかレーナさん」
「えへへ」
その手を掴んだのはレーナだった。
「私だけじゃないですよ」
そしてそこにはもう一人…小さな少女がいた。
「アルマ…どうして…?」
「…だれかがここにつれてきてくれた」
「誰か?」
「えーとなんか、「妹分をよろしく」って聞こえてきて気づいたらここに…みたいな」
女神の脳裏に浮かんだのは一人の神。今しがた見送った人だった。
「なんておせっかいな…」
「そんな事より!ダメですよ女神様。せっかく誰もいなくならないハッピーエンドを迎えようって時に水を差しちゃ」
女神の手を握るレーナの手に力が込められた。
「ふふっ…そうですね。でもこれはもうどうしようもない事です。これでいいんですよ…私は長くこの世界を見守ってきて安心しました。だからもうこれからはあなた達の時代なんです。年寄りはここいらで道をゆず、」
「あー、もうそういうのは大丈夫です、間に合ってます。そういう話はもう食傷気味なんで、さっさっと帰りましょう」
ぐいっと手を引かれ光から連れ出されていく。
「ま、待って待って!もう私には存在核がないの!どうしようもなくて…!」
「だいじょうぶだよ」
アルマが一本の剣を取り出した。
それは結末の神剣そのものだった。
そして聖剣が光の粒子に分解されていき女神の身体に取り込まれていく。
人々の想いが作り出した結末の神剣…そこに込められた想いはハッピーエンドを望む心。
誰かのために、世界のために幸せを願った想いで作られた剣だから。
筋の通った悲しみも、避けられない非情な現実だって、何の理由もなく断ち切る究極のご都合主義。
「全く…長生きはしてみるものですね」
女神は涙を流していた。そして笑っていた。
これがここで起こった最後の奇跡。
「あの…めがみさま」
「はい?」
「おかあさんからききました。わたしの「うみのおや」はめがみさまだって」
「…っ」
「それで…」
「待ってください!…私はあなたに親と呼ばれる資格なんてありません。だから」
「だーかーら!そういうのは今はいいんだって!もう帰りますよ!」
シリアスな空気を出そうとしていた女神をレーナは問答無用で引っ張った。
「え、あ、ちょっと!?」
「今はそういう時じゃないって言ってるでしょう!…今じゃなくてもこれから話し合う時間はいっぱいあるんですから。今は帰りましょう、ね?」
「…そうですね。これから時間はたくさんありますものね」
そして三人は光から現実へと帰還したのだった。
__________
目を開けると広がっているのは青い空だった。
「あ!お姉さまが起きましたわ!」
「大丈夫か?先生」
周りには皆がいて私を覗き込むようにしてみていた。
乙女の寝顔を見てるんじゃないよ!
「お嬢ちゃんはいつも寝坊助だからなぁ」
「くすっ、自分ももう慣れました」
おいおいカルラまでそんなこと言うのかよ~お姉さんは悲しいよ。
「おかあさんだいじょうぶ?」
「大丈夫大丈夫」
アルマも心配そうに声をかけてきたからいい加減起き上がろう。
「…あれ?」
「どうかしましたか?レーナさん」
「いや…」
起き上がろうとしても身体に力が入らなかった。
いや厳密には入って入るのだがところどころ動かない部分があって身動きがとりにくいのだ。
「さっきまでかなり無理していましたからね。どこかに異常が出ているのかもですね~手をかしましょう」
誰かが私の背中に手を差し込んでそのまま持ち上げてくれた。
それと同時に頭にとんでもなく柔らかくて大きなものがふれた。
こ…この感触は…!!
首だけ向けて確認するとその人は…。
「クロリスさん…?」
「はい~クロリスですよ~レーナちゃん」
なんでクロリスさんモードに…?
いや私はこっちのほうが親しみやすくていいんだけどさ。
「ああ、実はなんやかんやで女神としての力は完全になくなってしまって…今はもうクロリスっていう一人の人間です」
いつものママみしか感じない微笑みを見せるクロリスさん。
いや…そのお胸様で普通の人間は無理があるでしょ~…ほらナリアとかありえないものを見るような目で見てますよお胸様を。
「まーなんだ!そろそろ帰るか!」
クロガネさんの一言でとりあえず帰ることにした。
「ん?なぁおい」
「どうしたんですの?レーヴェ」
「いや…今女神様って力がないんだよな?」
「はい~というか取り戻せもしないので女神様って呼ばずにクロリスでいいですよ~もちろん様もいらないです」
「あぁはい…いやそれはいいんだけど…どうやって帰るんだ?ここって確か女神様…クロリスさんに連れてこられた特殊な空間だったと思うんだけど…」
「「「あ」」」
とんでもない問題が発生しちまったなぁ!
みんな恐る恐るクロリスさんを見る。
「…あはっ」
笑ってごまかした!ダメだこれ!
「…だいじょうぶ。よんでみる」
アルマが前に出てむんと胸を張った。
「呼ぶって?」
「むむむむむむむ」
アルマがばっと手を前に出すと4本の聖剣がアルマの元に集い、そしてそのまま空に飛んでいき空間に刺さった。
いや、よくわからないかもしれないけれど本当に空間に刺さったのだ。
そしてそのまま空間が割れた。
「…クロリスさんが女神じゃない今、一番強いのってアルマなんじゃないかな」
私のそのつぶやきに答える人は誰もいなかった。
「あの~、なんか呼びました?」
空間の裂け目からひょっこりとなんとレフィアが顔を出した。
「れふぃあ、こっちこっち」
「あら皆様お揃いで」
ぱたぱたとレフィアが空を飛んでやってきた。
「なんでレフィアが?」
「いえ、なんか「こっちにきて」って声が聞こえて…あれはアルマ様の声ですかね?」
「うん」
どうやらアルマが謎の力で呼んだらしい。
「ところでなんでレフィア呼んだの?」
「つれてかえってもらおうとおもって!」
胸をはってアルマが言ったが…。
「いやあの穴から普通に帰ればいいんじゃ…」
「・・・」
核心を突いたカルラを、アルマは恨めしそうに見ていた。
「…よし!今度こそ帰ろう!」
「え…私なんで呼ばれたんです…?」
こうして私たちの長かったような、短かったような物語は誰一人かけることなく終わりを迎えたのでしたっと。




