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君がいたから  作者: HRK
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side 鏡堂 広太




 夏休みが終わり、夏木や村尾が家に来なくなった。優は俺を見張ると言って学校が始まってもウチへ帰ってくる。

 しっかり空を捕まえて。


 反抗するかと身構えていたが、特に何か言うわけでもなく普通に帰ってきてくれる。もしかしたら優が説得してくれているのかも。


 「今日は酸っぱいものが食べたい」


 食に無頓着な優が、週に三回ある体育の日に必ず酸っぱいものをリクエストするようになったのは夏休みが明けてからだ。今までは体育だろうとなんだろうと特別美味しかったもの以外、リクエストはしなかった。

 疲労が溜まっている時は酸っぱいものが食べたくなると聞くが、体育ごときで疲れることもないだろう。新たな嗜好か?


 一昨日は梅レタスチャーハンを作り、その前は酸味強めの酢豚を作った。週三回の酸っぱいものとなるとレパートリーに悩む。


 「辛いのが食べられるんだったらサンラータンでもいいんだけどな」

 「辛いの抜いて作って」

 「それサンラータンじゃねぇから」


 何か良さげなものはないかと調味料をしまっている戸棚を漁る。はちみつやビネガー、オリーブオイルなど、高そうな品々が並ぶ中で一際目立つ瓶を発見。

 金色のラベルに包まれた黒い液体の正体はポン酢。イイトコの柚子とポン酢が調合されているらしい。

 これにするか。


 九月中旬といえどまだまだ暑さが残る。豚肉を茹でて玉ねぎとポン酢でサッパリ食べよう。




 「空は食べ物だと何が好き?」


 買い出しから帰ると居間で会話を楽しむ二人がいた。


 「特にこれが好きってものはないんだよね」

 「嫌いなものは?」

 「それも特には」


 自然な友人関係って感じでクソ羨ましい。俺も普通に会話したい。俺なんかちょっと話しかけようとするだけでもまだ緊張するんだぞ。


 少し早いが、居た堪れないから玉ねぎの辛み抜きでもしとくか。



 *




 明日の弁当に入れる炒め物用に、少し多めに玉ねぎの皮を剥いていた時、後ろに気配を感じて振り返った。


 「えっ、空、何、どうしたの」


 あからさまにキョドってしまった。

 夏休み中、武藤に食品の消費期限を管理してもらう以外立ち入らせなかった台所に、空がいる。びっくりするだろ。


 「それ一枚くれない?」


 それ?一枚?どれ?


 「え?皮?」


 分厚い木製のまな板を指差す空のほしいものが分からない。


 「玉ねぎ」


 玉ねぎ…?一枚…?くれない?

 ついつい眉間に皺が寄る。待てよ。しっかり考えるんだ、俺。

 玉ねぎを、一枚、ほしいんだな?


 「玉ねぎを一つ、じゃなくて、一枚、だな?」

 「うん。一枚でいい」

 

 玉ねぎをもらってどうするんだ?玉ねぎだぞ?何に使うんだ。


 玉ねぎに対して一枚二枚という単位を使う人はそんなに多くないだろう。多分、こうやって、剥がすんだよな。

 皮を剥いただけの玉ねぎは剥けないから、半分に切ってから一枚剥がして手渡した。


 「ありがとう」


 剥いた玉ねぎを受け取るや否やシャクっと齧り、無表情で咀嚼している。


 「え?まじ?」

 「ん。うまい」

 「まじかよ」


 辛みを抜く前の、しかもそこそこ分厚い玉ねぎをまるでスナック菓子のように食べた空。こいつの味覚音痴に気付いたのはこの時だった。


 「玉ねぎのにおいがして。つい」

 「好きな食べ物ないって言ってなかった?」

 「言った。でも玉ねぎ好きだな」


 生の玉ねぎが好きって馬鹿だろ。せめてスライス…。


 「それ全部使う?」

 「え、いや、半分くらい」

 

 今度はまだ手をつけていない長ネギを指差した。まさか…。


 「半分食べたい」

 「…まじで?」

 「うん」


 これは偏食と言うのが正しいのか?ただの舌バカか?


 「どうやって?」

 「?そのまま」


 切ってもいないネギの調理法を聞いて、どうして首を傾げるんだ。普通、調理してから食べるだろ?アホか?


 「まじで言ってんの?」

 「生が一番美味しい」

 「お前…舌イカれてんじゃねえの」


 思ったことを正直に言ってしまい、ハッとした。優の監視下でこんなことしたらまた怒られる。


 「あ、いや、なんでもない」

 「翔也にも言われた」

 「あっ、ふーん。んじゃ普通にイカれてるわ」


 なんだ。空の味覚異常は今に始まったことじゃないのか。


 使う分だけ切って残りをポイっと渡し、まじで食べるのかとガン見した。俺の視線なんか痛くもないようでシャクシャクと生のまま長ネギを齧る異様な光景。


 「…辛くね?」

 「ん。ネギのが好きかも」

 「………」

 「ネギって一本いくらくらい?」

 「150円あれば買えるけど」

 「毎日食べても5,000円行かないか」

 「は?なんの計算?」

 「毎食ネギがいい」

 「は?どつくぞ?」


 穏やかな口調で会話できたことを密かに喜びつつ、空の味覚音痴をどうにかできまいかと考える。味覚音痴って治るのかな。ネギが好きってことは、辛みが好きなのか?食感?話を深掘りする前にバイトへ行ってしまった。


 「なぁ、ネギを丸齧りするってどう思う」

 「空?まぁ、変だよね」


 齧りながら居間へ行ったからそりゃあ優も見てるわけだ。


 「味覚音痴って治る?」

 「さぁ…。幼少期からの食生活に問題があったのかもね」

 「あぁ。ま、そうだろうけど。毎食ネギがいいって」

 「へぇ。すごい変わってるね」

 「だよな」


 その後も優とともに、空の味覚音痴修正計画を練り、一応まとまった。

 ネギや玉ねぎ以外の好物を探して、軌道修正するというものだ。

 酸っぱいもの、甘いもの、辛いもの、しょっぱいもの、いろいろ作って少しずつ食べさせる。そして感想を言わせることによって、味を理解しているのかを同時に知る。

 バイキング形式にするためにあいつらを召喚しよう。


 「今日やるの」

 「もちろん。思い立ったらすぐ行動。明日やろうは馬鹿野郎」

 

 

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