side 夏木 あかり
「なんかこうやってみんなで学校行くの楽しいね!」
鏡堂の家から歩いて30分程で学校に着く。それぞれ好きに喋っている空間がたまらなく好き。30分って一人で歩いたらとても長い時間だけれど、みんなで歩けば一瞬。隣には空もいる。これ以上幸せなことってないと思う。
「まさか夏木ちゃんと通学デートができるなんて思ってなかったよ!幸せ!」
「私は空とデートしてるの!村尾は鏡堂とデートして!」
「鏡堂!?それなら藤ノ木がいいかも…」
「は?」
「もうやだ!怖いこの人ぉ!」
普段、口数の少ない空だから、どんな目線でどんなものを見て、どんなことを考えているのか分からなかった。
そんな空が唯一感情を全て表していると思えたのが歌だった。
笑ったり、怒ったり、悲しんだり、全く無かったわけではない。けれど、私にはほとんど見せてくれなかったね。
『ねぇ、空…?』
◇
「やっぱクソうめぇ」
練習中の生徒がまばらな夏休み中の音楽室に、鏡堂の声がしんと響いた。
空と同じクラスの西田という小柄な男子に半ば強制的に歌わされた流行りのバラード曲を、空はまるでプロの歌手のように歌い上げたのだ。
「そんなことない」
「すっごく上手だよ!!ほんとにすごい!!」
「ありがとう」
照れてる空、かわいい。
「あのね、俺思うんだけど、やっぱり文化祭は空一人で歌った方がいいと思う」
村尾の提案に何度も大きく頷いた。
「公開処刑じゃん。やだよ」
「違う違う!俺らが処刑されんの!空は一人で完成してる!」
「いやぁ、俺は出たくないのよ」
「なんで!?」
「目立ちたくない」
「いや!でも!もったいない!出るのは確定!今更出ないはナシだよ!うんうん!」
「身内だけで良くない?カラオケとかさ」
「だめ!もっとたくさんの人に聞いてもらうべき!歌うの楽しいでしょ?楽しいことやろう!」
村尾の説得にゴネているけれど、恐らくここにいる人は誰一人として、空の文化祭辞退を許す気はないと思う。私ももちろん、ゴリ押しする!
なんだかんだ空は優しくて、押しに弱いからやってくれる。
詳しくは知らないけれど、鏡堂は空を家に帰したくないらしい。帰ると言う空を必死に引き留めているのを聞いたことがあった。
早朝のやりとりで私は寝ぼけていたからいまいち内容がハッキリしないのだけど…。
最終的には空が折れて、私たちが寝泊まりするようになってからは一度も帰っていない。
感情を出さない空が珍しく、声を張り上げて自己主張していたが、鏡堂はそれ以上の大声を出していた。私以外にも聞いた人がいたかもしれないけれど、誰もこの話題に触れない。
「じゃあさ、もう一人、違う曲で出るのはどう?」
「もう一人?」
「うん!なにも一曲に絞る必要はないんだ。二曲エントリーしてもう一人が歌ったらいいじゃない!」
「却下!俺無理だよ!下手だもん!」
「私も無理!下手だもん!」
またしても西田くんの無茶な提案に空は困惑し、私と村尾は全力で首を振った。
私たちが拒否したから必然的に、優等生二人に視線が集まる。
「無理」
即答したのは藤ノ木。ピアノは弾けても歌を歌うイメージは湧かないかも。
「エントリー数の上限は?」
「四曲演奏するバンドもあるから、それ以下だったら大丈夫だと思うけど…」
「じゃあ三曲にして、お前も強制参加な」
「は。無理って言っただろ」
にっこり笑顔で鏡堂は藤ノ木に圧をかけた。
「空が出なくなるくらいなら俺らが歌えばいいだろ?減るもんじゃねーし」
「無理」
「決定な」
「話聞けよ」
鏡堂は不思議だ。不思議な力を持っている。
空も、藤ノ木も、喜怒哀楽が分かりにくいはずなのに、鏡堂と話している時だけは目に見えて分かる。鏡堂が威圧的な態度だからだろうか…。
「え、いいの?三曲で…」
なんのまとまりもない決め方をしたせいで西田くんが挙動不審だ。
「いい」
「無理」
「エントリーしといて」
物凄く恨めしそうに睨みつける藤ノ木を気にすることなく、鏡堂は楽器見学をしに行ってしまった。
「よぉおし!これで空の歌聞ける!!夏木ちゃん!当日は永久保存版撮影用のビデオカメラも用意しないとね…三脚と、スポットライトと…」
「スマホでできるじゃん」
「データが飛んだらと考えたらわぁああ」
「私は目に焼き付けるから、撮影よろしくね!」
「まかせろぉお!!!」
盛り上がる私たちに呆れている藤ノ木と空。最初の条件とは全然違う結果になってしまったけど、きっとこっちの方がいいはず!
私は本当に、歌が上手じゃないから!
「優ー!空ー!」
音楽室の端っこから声が聞こえたかと思ったら、直後にドラムの轟音が響いた。
力強いシンバルとドラムの音に、胸の奥がどん、どん、と叩かれているよう。
パァーッと輝く笑顔でリズムに乗る鏡堂の姿に、全員が浮き足立っただろう。
「優ー!俺ドラムなー!」
「はぁ」
ドラムの爆音に負けじと声を張り上げる鏡堂と、全てを諦め、悟った藤ノ木の小さなため息が聞こえた。
「それ貸りてもいい」
「えっ、あっ、まだチューニング終わってなくて」
無茶振りの張本人、西田くんがいじっていたギターを借りようとすると、やはり彼は挙動不審に慌て出した。
「こっちでやるから」
スッと手を出し、ギターを受け取った藤ノ木は、ギターの頭に付いていた機械を外し、鏡堂のいる方へ歩いて行った。




