espoir
いじめこそないものの、次第に俺の周りには誰もいなくなっていた。誰にも話しかけられない学校は静かで、勉強しに来ている自分にとって最適な環境だったけどどうしてか虚しさもあった。友達を作らないということは孤立することだって分かっていなかったわけじゃない。でも思い描いていた高校生とは異なる現実に少し戸惑ってしまう。進学校ってみんな勉強しかしない、俺みたいなガリ勉の集まる高校だと思っていたのに。陽キャばっかりじゃないか。
「あの~…」
机にかじりついて英語の復習をしていたら聞き覚えのない声に話しかけられた。まだいたんだ、俺に声かけてくる人。心の中では冷めた風に言うけど、実はほんの少しだけ嬉しかった。かも。
「なに?」
顔を上げ返事をするとぱぁっと笑顔を咲かせた男子生徒。誰だろう。クラスの人?全然思い出せないや。
「丹羽くんだよね。クラスでまだ部活入ってない人を探してて」
「入ってないけど、入る気ないよ」
顔とノートの名前を交互に見て確かめられた。俺が知らないってことはそっちも知らなくて当然?けどそれじゃ部活について触れられたことに理由が見つからない。まさか校則で絶対入らなくちゃいけなくて、何でもいいから入れと言いに来た厄介な学級委員的な立場の人なの?そんな校則あったかな、生徒手帳で確認しよう。
「丹羽くん、もしよかったら僕と一緒に軽音部に入らない?」
「けい、なに?」
「軽音部!ギターを弾いたり、歌をうたう部活だよ」
聞き馴染みのない名前につい聞き返してしまったけれど強制じゃないなら入る必要もないし、今初めて話した人と一緒に入る義理なんてどこにあるというのか。無駄な時間を過ごしてしまったな、と反省。
これ以上話しても無意味と判断し机に向き直す。
「僕、丹羽くんと友達になりたいんだ」
この期に及んで友達って。けいおんぶに入ってほしいだけのくせに。
「微力かもしれないけど君が寝てしまっている間の授業くらい、僕が再現してあげるよ」
交換条件ってわけね。ていうか、度々睡魔に負けてるって知られているなんて。…一番前の席だから仕方ないにしても嫌だな。
「僕と同じバンドを組んでさえくれれば来なくてもいいから、お願い!」
「行かなくても、授業してくれるの?」
「うん!人数が集まらないと練習させてもらえないから、名前を貸してくれるだけでいいんだ。嫌かな?」
部活に顔を出さなくていいなら勉強に支障は出ない。名前を貸すだけで授業してくれるなら安いものだよね。
こうして俺は軽音部の幽霊部員として入部届を提出した。