side 鏡堂 広太
夏休み中頃。学生の勢いがピークに達して
いるであろうこの時期に、俺と優は都内の小さな病院にいた。
世間を賑わす夏の風物詩、花火大会の夜だった。
夕食後のゆったりとした空間でテレビの画面越しに綺麗な花火を見ていた時、同じクラスの斎藤翔也から連絡が入った。
『空の家知ってる?あいつバイト無断欠勤しててさ。最近荒ぶってたしなんかあったのかも』
荒ぶっていたというのはそこら中にアザや切り傷をたくさん付けていたということらしい。
◇
この日も優と勉強会をしていたから招集する手間が省け、電話を受けてすぐに空の家へ行くことができた。
空の父親が置いて行ったマンションの一室に空がいる。
バイトを無断欠勤しているとのことだから夏木と一緒ではないのだろう。夏木の性格上、そういう不良っぽいことは嫌いだろうから。
空が家にいると確信していたのは幼馴染の勘ということにしておいて、今更躊躇うことはない。
命の危険が伴うからだ。
前回同様、妹が出てくれば優の演技に騙されてすんなり入れてくれるだろうが、そううまくはいかない。むしろあの日が珍しかったのだ。
居留守を使われる前提でインターホンを何度も押した。
俺のしつこさはどこの誰にも負けない。出てこなかったらこのドアぶち壊すぞ、と考えていたらドアホンから男の声が聞こえた。
『出るな馬鹿ガキ!!』
『お兄ちゃん達かもしれない!助けに来てくれた!』
『お兄ちゃん?あんた誰かと会ったの?あたしの知らないとこで』
中の様子が丸聞こえだが、そんなことには気付いていないらしい母親っぽい人物が咳払いをした。
『あの、どちら様?』
母親特有の電話口で作る可愛子ぶった高い声に苛立つ。
「鏡堂です。空いますよね。出してもらえます?」
腐った親に敬語を使うなんてこれきりだ。まともに話したことがないからかしこまってあげただけで微塵も敬ってないからな。
『鏡堂……!?なんで…鏡堂さんとこの…』
「早く空出せって言ってんだよ、聞こえねーのかクソ親!!」
近所迷惑だと通報されても構わない。むしろ警察が介入してくれた方がスムーズなんだよな。
「鏡堂さん、話し合いましょう…?」
母親が間抜けでよかった。テンパったのか普通にドアを開けてくれた。
テンパる親を無視して家の中へ押し入る。
「待って!私は悪くないの。私はサキを守ろうとして、サキが殺されるのを見ていられなかったの!!」
ズカズカと進む俺を追いかけようと、頼りない優の制止を振り払い、俺の足にしがみついてきた。
空の部屋は目の前だ。もう終わりにしよう。今から俺と一緒に暮らそう。空は十分苦しんだ。俺が何とかするから黙ってついてこい。
「なんだてめぇ、人ん家に土足で踏み込んできやがって」
居間から出てきた大男は今にも俺をぶん殴りそうだ。
こいつか。空を散々殴って苦しめてきた奴は。
「俺を殴ればあんたは間違いなく一発刑務所だ。社会復帰なんてできると思うな。二度と普通の生活ができねえよう、社会から抹殺するからな」
「お願いやめて!鏡堂さんを殴ったら、本当に、本当に、あたしたち死んじゃう」
さすがに狂った母親でも、鏡堂家の権力は分かっているみたいだな。後ろには優もいるし。連れてきてよかった。
「離れろクソババア!」
いつまでも俺の足にへばりついてどかないクソを振り払う。
「いぎゃあっ!!」
空の部屋のドアノブを握ろうと手を伸ばすと同時に左から聞こえた妹の悲鳴。
「今の聞いてなかったのかクソガキィ!!勝手なことするんじゃねえ!」
正直、妹に構っている暇はない。反射的に見てしまったのだから仕方のないこと。
カッターを握りしめた妹の腕が変な方向を向いている。
腕だけを持ち上げて体をぶん投げたからだろう。
折れたのか?今の一瞬で?
「ママ!ママぁ!」
「空のせいね、空が変な人を連れてきたせいね。ママが守るからね、大丈夫よ、ママ強いのよ」
「もしもし。救急車を二台要請したいんですが」
狂った部屋でただ一人冷静な優が、固まっている俺の肩にぶつかってきた。
「一人は腕を骨折。もう一人は」
躊躇なく空の部屋に入り、灯りのつかない暗闇の中を進んでいった。
「意識がありません。息はしています。頭部に出血が見られます。他にも、多数の傷が」
スマホのライトを空に向け、住所や名前、現状を淡々と伝えた。
「すぐ来るって」
部屋から出てきた優はケロッとしていて逆にビビる。
駆けつけた救急隊員に『話はあっちの人に聞いて』と親共を押し付け、ボロボロの空と病院へ来たというわけだ。
「さすがコンピューター。俺は天才だし賢いけど、さすがにあれは思考停止した」
待合室で待つ間、空の家での衝撃エピソードを振り返る。
「俺だって動揺した。空はずっとあんな環境にいたんだって、驚いた。だからこそ、一刻も早く動かないといけなかった」
「…そだな。助かったよ」
「うん」




