side 鏡堂 広太
夏休みといえばやることは一つ。優と仲良く勉強会だ。
毎年恒例、俺の家の馬鹿でかい居間を広々と使って気が済むまで。親は引っ越したから例年よりしんとした空間に二人きり。
別に一緒にやる必要はないけれど小学生からずっと同じ道を歩いていると家族のようになり、理由なく行動を共にすることが自然に思えてくる。何より、本人には言わないけれど一人でやるより競争心が掻き立てられて勉強が捗るし、居心地悪くない。
特に何を喋る訳でもなく日が暮れる。そのまま泊まったりできるのも夏休みならではの過ごし方だ。
「広太さ」
無口で、言葉と表情どちらにも感情が現れない優から話を振られるのはそう多くない。
基本的に俺に興味がないように振る舞うし意味のないこと、生産性のないことが嫌いなんだろう。
そんな優に名前を呼ばれると少し身構えてしまう。普段、世間話らしいものをしないからこそ。
「空のことどこまで本気なの」
スッと心の奥を覗くようなまっすぐな視線。そんな目で見なくたって分かっているはずだ。俺が冷やかしや軽い気持ちで空と関わっていないことなんて。
「俺はもう無力な子どもじゃないからな。できること全部、空に尽くすよ」
「あ、そ」
答えた途端、視線をノートに移し口を閉じた優は何事もなかったかのように勉強を続けた。
「連絡取れないのが難点なんだよな」
「連絡できたとしても相手にしてくれるとは限らない。空は広太のこと好きじゃないかもしれないし」
「はっ!?なんなの?喧嘩売ってる?」
一定の抑揚でサラッと酷いことを言う。間髪入れずに反論するとほんの少し、口角が上がったからきっと優のオリジナリティー溢れる冗談だったんだろうけど、超嫌な奴。
空の家に突撃訪問した時は空の妹相手に、しっかりと抑揚をつけて話していた。それができるなら普段からもう少し気を遣って、分かりやすく喋ってほしい。
「夕飯どうする」
集中力が続く限り永遠に勉強してしまいそうになる。勉強は知識を蓄える手段だからやればやるだけ自分の身になる。俺には勉強を嫌う理由がない。
一日三食しっかり食べたいのを理由に声を上げた。優は食にこだわりがないから俺だけ離脱して食べるという手もあるが、せっかく一緒にいるなら一緒に食べたい。
「なんか、適当に」
適当を求める声が適当すぎて悩む。昼はそうめんを食べた。となると麺類はパス。ご飯ものにするにも暑くてガッツリ食べられる気がしない。
じっと座って勉強するだけで汗だくになった経験から、毎年恒例、夏の勉強会は忘れずに冷房を付けることにしている。
けどなんていうか。気分が暑いから涼しくても夏バテしている気がする。
「腹減ってる?」
「そんなに」
引っ越していなくなった両親が、冷蔵庫の中をパンパンにする様子を眺めていた時の記憶を呼び起こす。冷蔵庫を開ければ一目瞭然だけど1秒でも有効に使えれば。
高校生の息子を一人で住まわせて大丈夫かしらと母さんが何度も言っていた。入るだけの食料品を買い込んで置いて行かれた俺の身にもなってくれ。ありがたいけど、一人だ。食べ切れないよ。
ファミリーサイズの立派な冷蔵庫を開けて一番に目に入ったものを食べよう。期限や鮮度は明日から考える。
「優って、辛いの食べれるっけ」
「無理」
「じゃ、ラー油ドバドバかけとくわ」
「耳ないの?」
軽口を叩いて会話を楽しみながら冷蔵庫に眠る豆腐を取り出した。
明らかに一人用ではない大量の高級豆腐を最大限美味しく食べられるよう、工夫する。
味付けはシンプルであればあるほどいい。
醤油をたらし、すりおろした生姜を添えれば質の高い一品料理に早変わり。
「足りなかったら言って。なんか作る」
さっきまで勉強していたテーブルを一旦片付けた簡素な食卓。母さんが見たらひっくり返るかもしれない。
毎日の食事に一切の手抜きを見せなかった母さんの料理はいつもゴリゴリに凝っていた。
大げさな飾り切りや豪勢な品数。俺や父さんが望んだものではなかった。母さんが好きで楽しくてやっていた趣味のようなもの。
高校入学時に作ってもらった弁当があまりにも衝撃的で、きっと一生涯忘れることはない。
小さいとはいえさすがに重箱に花畑を詰め込んだような弁当は持っていけず、一般的な弁当にしてくれと頼んだ。
「おかわり」
高級豆腐一丁を一瞬で平らげた優の瞳が輝いている様に見える。おいしかったんだ。
「同じのでいいの?調味料変える?ラー油とか唐辛子とかいる?」
「同じの」
その辺のスーパーでは見ない高級品なだけあって、食に無頓着な優の心を鷲掴み。
二丁食べ終えてからも在庫数を聞いていた。まだまだたくさんあるから何個でも食べたらいい。




