side 夏木 あかり
「恭子も一緒に軽音やろうよー」
「嫌よ。部活ってダルいし」
「なーにーがー!?もー。強情すぎ…」
「あたしはいいの。丹羽と村尾がいたらそれで十分楽しめるでしょ?」
恭子はきっと、空と一緒にいたくないんだと思う。付き合うことに反対はされなくなったけど…多分まだ、心の奥では認めてくれてないっていうか。空のこと、悪い人だって思ってる。いい子なのにな…。
「ねー、明日のおやつ何にしたらいいと思うー?」
一番認めてほしい人に認めてもらえないって結構くるなぁ。…認めてもらえるように空のいいところ何回でもアピールしよっ。
「えぇ?あんたお菓子ばっか食べるのやめたら?体に悪いよ」
「私的にはプリンかドーナツなんだけど…」
「話聞きなさいよ」
授業の教室移動中、わざとらしく話題を変えて明日のお昼ごはんについてのアドバイスを恭子に求めたけれどいい返事がもらえない。心配してくれるのはありがとうだけど、おやつって美味しいじゃん?
なんか楽しいことないかな〜。
「菓子ばっか食ってると太るぞ」
「はぇ?誰…げっ!」
あまり聞き慣れない声に振り向くと、去年同じクラスだった、斎藤 翔也がいた。
正直、苦手な人。
「久しぶり。彼氏できた?」
「…いるよ。そっちはどうなの」
興味はないけど一応、社交辞令として会話は成り立たせる。
「まじ!彼氏いんの?誰?」
こう、グイグイ来るところが苦手なんだよな…。もう一人うるさいのもいるけどそれとは全然違うタイプ。
しかも、去年同じクラスだったにも関わらず、A組によく遊びに来ていた空の存在を知らないってことは、別に興味があって聞いてるわけではないんだろう。私も興味ないけど…。普段から人のこと気にしたことなさそう。
「…F組の丹羽くんって子。どうせ知らないでしょ。あんたより超イケメンなんだからね」
「丹羽?誰それ。下の名前は?」
「大空。もういい?次の授業間に合わないんだけど」
「あー。知ってるかも。グレた奴?」
「グレたっていうか。イメチェンだけどね!恭子、行こ」
「避妊はしろよー!」
「馬鹿!!そんな大きい声で言わないで!!!」
授業に間に合わないのとこれ以上話したくなくて、恭子の腕を引っ張った。
本っ当にデリカシーがない。
「あいつ、あんなんでもS組に行けちゃったんだよね。ふざけた奴なのに」
恭子は『ありえない』と首を傾げてぼやいた。
B組からA組に上がるのは、テストの点次第で特別難しいことではない。問題はA組からS組に上がったことだ。S組は、ただ勉強ができるというだけで入れるような甘いクラスではないから。
女癖が悪く、真面目とは程遠い斎藤がS組にいるなんて何かの間違いじゃないかと思う。
「夏木ちゃん、男女が朝から夜まで一緒にいるってどういうことか分かる?」
移動した音楽室で村尾がなにやら気取っている。
「え、なに?分かんない」
「俺ら、そういう仲ってことだよ」
「…は!?どういうこと!?もしかして学校のこと言ってるの?馬鹿じゃないの!」
相変わらず何を言ってるんだかさっぱり分からない。楽しそうだからほっとくけど。
「夏木ちゃんから馬鹿ってあだ名付けられちゃった。"ポチ"って感じで呼びやすそうだね…」
…本当に何を言ってるの?…そんな涼しげな顔で…。
馬鹿でもポチでも上機嫌だから放っとく。
*
「空!一緒にかーえろ!」
ホームルームが終わると同時に教室を飛び出し、ちょうどF組から出てきた空の腕に抱きついた。
「バイトだから駅までだけどいい?言うの忘れてた」
「しょーがないっ!バイト頑張ってね!」
学校から駅まで徒歩5分。いかにゆっくり歩いてもらえるかに全てがかかっている…!!
着崩した制服、ふんわり漂う香水の香り。空の匂い。ずーっと一緒にいたい。
わざとゆっくり靴に履き替えて「お待たせ」と声をかける。嫌な顔ひとつしないで手を差し出してくれるから、ついつい甘えちゃうよね。
「ね!明日は?明日もバイト?」
「明日もバイト。もうすぐ携帯買えるから今週シフト詰めちゃった」
「わぁ!楽しみ!!いつも頑張ってるもんね!!えらいえらい!でも無理だけはしないでよね」
「大丈夫だよ。ありがとう」
時間を稼ぐつもりが、話が盛り上がって一瞬で終わってしまった。寂しい!!
いやいや、空はバイト頑張ってるんだし、今は我慢我慢。




