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君がいたから  作者: HRK
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side 矢吹 楓



 私が通う高校は所謂、進学校と言われる部類。学力、偏差値が命の勉強馬鹿が集まる学校。そんな偏見を抱いていたからここを志望するのは正直、嫌だった。高校こそは、勉強ばかりじゃなく、遊びも、恋愛も、部活動も、平行に楽しみたい願望があったから。


 両親は教師で、兄姉はみんな、有名会社に就職。末っ子の私に残された選択肢なんて知れていた。勉強が嫌いだと本心を打ち明け返ってきたのは、私という人間を否定するような心ない言葉。

 せめて高校だけは楽しい思い出を作りたい。部活動は時間の無駄だと、私の気持ちをひとつも聞いてくれなかった両親への初めての反抗だった。

 以前から興味があった軽音部に、勝手に入部届を提出した。成績が良ければ何をしたって自由だよね?


 「矢吹さん、新曲どう?歌えそう?」


 ベースを弾いてみたかったのだけど、楽器を担当するのはリスクがあるから断念。自分専用のベースを買うお金も、それを置く場所もなかったから。音楽室に置いてある、誰が使ったかも分からないマイクだけあれば十分だ。


 「覚えてきたよ」


 勉強馬鹿が集まる学校。部活に力を入れる人なんていないだろう。そう思い込んで、自分の能力を過信した。


 「そ。じゃあ、歌ってみてくれる?」


 形だけのバンドメンバー。どこの部も同じだけど、進学校だからか人数が少なく、バンドを組むだけの人数がいないと練習さえさせてもらえない。利害の一致だけで一つの輪を作っている私たちに協調性なんてなかった。


 「ねぇっ。ふざけないでちゃんと歌ってよ」


 私は音痴だ。勉強にしか興味がない家庭で、勉強しかしてこなかった私だから。歌の歌い方が、分からなかった。


 「歌詞、間違ってなかったでしょ」


 おまけに屁理屈ばかり言ってしまうから、友達がいない。

 夢に見た楽しい高校生活。入学して時間が経つのに私はいつもひとり。


 「歌詞は間違ってないよ。矢吹さんさ、覚えるだけじゃなくてちゃんとメロディーの練習もしてきてよ。じゃなきゃ他の子入れるよ」


 他の子なんて居ないくせに。脅せば歌が上手くなると思ってるの?進学校なのに地頭が悪い人ばかり。

 私が突然、歌い出したら家族のみんなはすごい顔をするだろう。

 それくらい、私と歌は無縁なもの。



 「ねー!あおちゃん!絶対音感の先輩が来てる!噂には聞いてたけどめっちゃかっこいいよ!!」


 「まじで!?本当に軽音部だったんだ!見たい見たい!!」


 バンドメンバーの二人がはしゃぐのを横目に音楽室のドアを見ると確かに、見慣れない先輩達が来ていた。

 仮入部したいから歌わせてって部長に頼んでいるみたい。

 二年生にもなって仮入部?受験勉強は?


 「丹羽くん!!もう辞めちゃったかと思ってたよ!一緒に練習しよう!」


 ド陰キャの西田先輩が"絶対音感"さんにマイクを渡した。


 絶対音感だからって何も威張れないじゃない。この世は勉強が全てで、人生っていうのは有名会社に入社することに意味があるんだから。


 「気分じゃない」

 「えー!?歌いにきたんじゃないの!?」


 関わることがなさそうな二人の会話に呆れる。学校は、歌う場所じゃないのよ。勉強しに…………。


 はぁ。やだな。お母さんの口癖が、思考が。私だって楽しみたくて軽音部に入ったのに。気が付けばお母さんと同じ脳になってしまう。


 自分だって歌うために、ここに来てるのにね。


 「ねぇ、空!私もギター弾いてみたい!」

 

 絶対音感さんの後ろからひょこっと顔を出した、キラキラオーラの先輩の声に我に帰る。

自分の行動と思考の矛盾に苛立ち、親指の爪を噛んでいたことに気付いて舌打ちしてしまうのも私の悪い癖。


 「弾いたことないからあの人に…」

 「空が教えて?」


 また頭の弱い人。弾いたことのない人がどうやって教えるの。


 「ギターがダメなら、一緒に歌おう!そうしよう!ね!」

 「そうだよ!丹羽くんは歌うべきだよ!初めて聴いた時、びっくりしたもんね!すごく歌が上手いんだから!」


 「空って歌上手いの!?ねぇ歌って!お願いお願いお願い!!」

 「やだよ」


 絶対音感ってだけでちやほやされて、ふてくされてるのに、見た目イカついのに。神様って不公平。私ばっかり縛られて、辛い。


 「ねー、お願い!」

 「空ぁ!俺も聞きたいんだけど〜」

 「お願いお願いお願いお願いお願い!!」


 「はぁ。しつこい。一曲だけね」


 「やったー!!」


 どうせ大したことない。場違いな不良と仮入部と言いながら練習する気のない人たち。成績だって中の下、とかなんだろうな。

 周りの練習が、自分のせいで止まっていることにも気付かないで盛り上がっちゃって。


 「ピアノの曲なんだけど」


 "弾ける奴いんの?"って目でモノを言う嫌な人。目は口ほどに物を言うというけれど。こんなに体現できる人がいるんだって、もはや感心する域。


 「弾こうか」


 口を開いたのは今の今まで存在感を無くしていた超ド陰キャの小さい男の人だった。


 「すぐ覚えられる、」


 二人とも棒読みで会話していて仲悪そう。


 「聞けばなんとかなる」




 まるでここにいる全員が、あの場違いな不良の歌唱を待っているように息を潜めている。

 練習しなよ。限られた部活動の時間がどんどん過ぎていくよ。そんなお遊び感覚でふらっと立ち寄った先輩なんかほっといてさ。



 私よりも劣っているはずの先輩たちが注目されている事実にむしゃくしゃする。少し顔がいいからって。絶対音感っていう、努力じゃどうにもならないただの副産物で…。




 準備が整った超ド陰キャ先輩がグランドピアノの椅子に座り直したのをみてイヤホンを取り出した。


 みんなが聞くからって私が聞いてあげる義理はないはず。私は私で部活を楽しむ。それだけ。



 …何を意固地になっているんだろう。自分で自分の気持ちがわからなくてイライラする。


 音楽を流さずに耳にはめたイヤホンでは当然、外野の音が聞こえてしまう。

 何を焦っているのか、絶対に聞いてやるものかとスマホを操作するけれど、こんなときばかり指が空回って上手く動かせない。


 苛立つ気持ちを落ち着かせるように、聞こえてきたピアノの優しい音色と、想像とは遥かに違った不良先輩の歌声に体が震えた。


 歌い出しはそっと柔らかく歌うのに、サビに向かうに連れて感情を揺さぶる表現力で、言葉の一つ一つを訴えかけるように力強く歌っている。


 気付けばスマホを置いて、無意識にイヤホンを外していた。より鮮明な彼の声が聴きたくて。




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