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君がいたから  作者: HRK
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side 鏡堂 広太



 カンニングを疑われてやさぐれた空は目の前で彼女が泣いていても、我関せずといった冷たい表情で見つめていただけだった。

 いつもキラキラしているアイドルみたいな女が意外とガッツリ泣いていて驚いた。空に何か言われたんだろうか。


 夏木に冷たく「帰って」と言い放つ様子は恋人同士とは程遠い関係のように見えた。


 空も帰ろうとしたが、なんとか生徒指導室での追試を受けさせることに成功。

 教師五人の見張りの中、あいつは900点を超える点数を叩き出した。


 最終下校時刻をとっくに過ぎた真っ暗な道を初めて二人で並び歩いた。

 特に話すこともない。そこにいるだけだったけれど、何か話さなければいけないような空気感はなく、どちらかというと心地よかった。空がどう思っていたかは知らないけれど。


 念のため家まで送り届けてしばらく留まった。


 空の親がヒステリーを起こさないか、物音がしないか、確認してから帰宅した。



 けれど、次の日には空の顔や腕には複数の傷が付いていた。



 「なんだこれ」

 「関係ない」

 「なかったよな、昨日まで」

 「だったら?」



 スッと見てくる空の視線をジッと掴んで離さない。嘘をつくな。隠すな。


 クラスの女子らは声をひそめて「これだから不良は」などと言っている。

 これが不良同士の喧嘩なら俺だって何も言わない。やりたくてやってるなら、何も言わないさ。


 「ちょっと来い」


 廊下に引っ張り出して問いただす。不良同士の喧嘩じゃないだろうって。


 「親?」


 デリカシーがないと言われても、空気を読めと言われても。


 「帰りが遅くて殴られた?」


 部外者は引っ込んでろと言われても。


 「カンニングを事実のように伝えられた?」


 なんと言われようと俺が気になることはなんでも聞くぞ。見て見ぬ振りしていいのは無力な中学生までだ。



 「……親じゃない」


 俺の気迫に根負けしたのか、空は目を伏せ小さく呟いた。


 「誰」


 「……知らない」


 嘘をつくなと合わない目で訴える。隠すな。


 「…まじで。知らないんだよ。あいつが誰なのか」


 顔を上げまっすぐに俺を見るその目に嘘はない。空の家庭の事情はこいつの様子でしか知らない。本人の口からそれらしきを聞くのは今回が初めてだ。


 「しばらく来てなかったけど帰ったらいた。訳の分からない理由をつけて殴られた。そんなのいつものことだから。構わなくていい。ていうか構わないでくれ」


 手短に終わらせようとしたのかもしれないがそんなことを聞いてほっとけるほど無関心じゃない。


 「お前さ、本当はそんな弱くないだろ」


 一年の頃からじっくり観察しているから思う。


 「心の話じゃなくて身体的な意味で。やり返そうと思ったらできるんじゃねえの」


 俺は馬鹿力だし声もでかいし態度もでかい。根暗な空が俺を煩わしく思ったら避けるはずだった。けどこいつは俺に黒板消しを投げてきた。俺が怒ったらあんなチビへし折れるくらい力の差は歴然だった。

 今なら不良と関わって筋肉も付いただろうし、身長も見違えるくらい伸びた。やろうと思えばいくらでもやり返せるんじゃないのか。

 

 「世の中は理不尽だから」


 「だから?」


 「俺が相手を間違って殺しちゃったら俺だけが悪くなるようにできてる」


 「は?殺さないように加減してやり返せよ」


 「あんな親の元に生まれてんだから一度ネジ外しちゃったら止まれないような気がする」


 殺してしまいたいくらい嫌いな相手を殺さないように加減するのは難しいのだと冷静に話す空の姿に少し恐怖を覚えた。

 いつかそんなことが現実に起こってしまったら俺は激しく後悔するだろう。


 「分かった。俺と一緒に住もう」


 以前失言したセリフだが今なら胸を張って言える。

 家の中という小さな鳥籠の中にいるから狂っていくんだとしたらそこから出てしまえばいい話。


 「…お前なら加減してはっ倒せるんだよ」


 「言っとくけど俺はふざけてないぞ。お前が嫌だと言っても一生付きまとってお節介焼く」


 「なんのために?小中、ずっと関係なかったのになんで今になって関わろうとする?」


 「俺は綺麗事が嫌いだからな」


 「は?」


 「この歳にならなきゃできないことが多すぎた。今だからできることをするだけ。無力なうちは何もしなかった。ただの綺麗事で片付けられるから」


 高校生なら一人暮らしも夢じゃない。モノの捉え方や価値観が子どものままだと正しい判断もできないだろう。

 目の前で困っているそらを自己満で助けたいと思うのは大人になっても変わらないだろう。


 「だから、なんで俺なんだって。他にもいじめられてるやつとか家庭環境が悪いやつなんてたくさんいるだろ」


 「なんでだろうな。幼馴染だから。ほっとけないから。目に入るから。理由なんていくらでも後付けできる」


 意味わかんねぇ、とため息を漏らす空に笑顔を向け、一緒に住むを目標に動くことを決めた。






 じめっとした梅雨。一ヶ月後の期末試験に向けての放課後勉強会中、A組のムードメーカーは常に騒がしい。


 「夏木ちゃんも武藤さんも部活入ってないわけだけどさ、この機会に俺と帰宅部同盟組むのはどう?」


 「どの機会だよ」


 「鏡堂も帰宅部だよね?どう?」


 「いらね」


 一時は空夏カップル破局説まで出たがなんとか続いている様子。


 「空は軽音部入ってるんだよね?楽器は?ていうか行ってる?」


 勉強のために集まっているとは思えない程おしゃべりなやつ。


 「行ってない」


 「今からカラオケ行こうよ!」



 一人浮いていることに全く気付かない能天気村尾に周囲は呆れを通り越して無関心だ。



 「え、無視?いじめ?嘘…」


 こいつはいじめられても気付かないタイプだろうな。


 「カラオケ!行きたい!」


 少し遅れて賛同したのは夏木だ。


 「夏木ちゃん!!!さすが俺の空の夏木ちゃん!!分かってる!!勉強なんてやめて遊ぼうよ!!」


 「またクラス下がっても知らないよ。あたしらにちょっかい出しに来ないでね」


 「武藤さん冷たい…。俺は夏木ちゃんに会いに行くから、武藤さんはお留守番ね」


 「なんであたしが留守番なんだよ。ふざけんな!」


 騒がしい環境にも少し慣れた。

一年までは知らなかった世界が今目の前にある。友達はたくさんもいらないけれどこれくらいいた方が人生豊かになるのかもしれない。


 同居の件はどう進めたらいいものかとまだ足踏み状態から進捗がないけれど、こうしてなんでもない時間を空と過ごすことでこいつがどういう人なのかを少しずつ知ることができた。数日前の村尾の何気ない発言をきっかけに。


 『空は夏木ちゃんのどこが好き?』


 『優しいところ』


 『あとは?』


 『まっすぐなところ』


 『他には?』


 『可愛い』


 『それと?』


 『性格がいい』


 『じゃあ、これは直してほしい!ってところは?』


 『無自覚に煽るところ』


 『どういう感じ?』


 『謝ったらキスしてとか。上目遣いとか』


 『ズルい』


 『あとは、村尾には優しくしないでほしいな』


 『俺にはってなに!?結構冷たくあしらわれてるですけど!?』


 『ははっ、知ってる』


 『空ってドSなの!?完全に俺を弄んだよね?』


 『そんなことない。ただ反応が面白くて』


 『それを弄ぶって言うんだよ!』


 『ごめんって』



 男だけで集まった時に見た空の笑顔。



 『ずっと思ってたけど、空って全然怖い人じゃないな!!普通に優しい!大好き!』


 『俺は村尾のこと別に好きじゃない』


 『ねぇなんで!!?』


 怖い人じゃない。確かにそうだ。目つきは悪いが基本的に優しい口調で話すし人の長所をよく見ていると思う。


 『やっぱり話してみないと本質って分からないよなぁ。超ヤンキーかと思ってたけど話すの楽しいわ』


 『ありがとう。でも俺は村尾のこと好きじゃ…』

 『それ以上言わないで!!俺の反応見て楽しまないで!!』


 根暗でガリ勉だった空が他クラスの男子と談笑している。環境が違ったら、もっと早くからこうして笑えていたのかな。


 空は無意味に人を傷付けたり誰かを馬鹿にしたりはしない。常に人の良いところを見る。悪口を言わないどころか、家族への恨み言さえほとんど聞いたことがない。

 誰よりも平和主義で平穏な暮らしを望む人なんだと知った。

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