side 明村 未来
空と気まずくなって仲直りできないまま迎えた中間試験。本当は直前まで復習したり話していたかった。でも気まずくさせた原因は俺にあるから…。自分から話しかけられなくてモヤモヤした気持ちで臨んだ。
試験の内容は意外と簡単ですらすら解けた。空が初めて受ける試験だ。結果を共有したい。やっぱり謝ろう、解き終えた空き時間に決意した。今日の放課後、絶対謝る。
長い試験が終わりいざ声をかけようと声を出しかけた時、A組のアイドルが勢いよく教室に飛び込んできた。
「空!どうだった!?できた!?答え書いた?見せて!」
超ミニスカで一見派手めな人なのかと思うが黒髪清楚というワードがぴったりハマるような可愛い子。アイドルと言われるのがよく分かる。
自己採点できるよう問題用紙に解答を書いたのだろう。
「ん、ん、合ってる!すごいじゃん!!鏡堂にも見せに行こう!」
一つずつしっかり確かめるように頷いて目を輝かせるアイドルとは正反対に空はとても落ち着いている。
はしゃぐアイドルに連れて行かれる空の後ろ姿をただ見ているだけで「待って」が言えなかった。向こうはチリほどにも思ってないのかもしれないけれど、このまま離れていくのだけは嫌だ。
「明村どうだったー?俺は今回もダメかも」
去年からいつメンの自己採点会よりも今は空を追いかけたい。
「後で。ちょっとS組行ってくる」
「は!?S!?なんで!ちょっと!」
*
「90点超えるよね!?来年は同じクラスになれるかな!」
藤ノ木の席を囲んで人が集まっている。空、本当に遠い人になっちまうの?俺は嫌だよ。そっちがいつメンになって優等生になるなんて。
「空すごい!!この調子で明日も明後日も全部100点取っちゃおう!!」
「100点は無理だよ」
「無理じゃないの!簡単に無理っていうの禁止!」
追いかけてきたはいいけど声をかけられず教室の入り口でモジモジしてしまう。よく考えればクラスに戻ってきたときに謝れば良かったんじゃね。こんな、鏡堂やアイドルの前で謝ろうとするから緊張するんだろ。
戻ろ。
「夏木ちゃ…何やってんすか!!邪魔なんですけど!!」
誰かに気付かれる前にひっそり戻ろうと振り返ったらうるさい男子とぶつかってしまった。そんな大声出したら俺の存在がバレちゃうだろ!!
「げー。また来た」
「明村?」
苦虫を噛んだようなアイドルと俺を見つけた空が同時に声を発した。あーもう最悪。
「夏木ちゃん!やっぱり、ここにいたんだね。俺ってば天才だからどこにいても夏木ちゃんを見つけられるんだ」
平気で変態発言している能天気野郎もいつメンなのか。そりゃあ俺みたいな高校デビューの陰キャ集団とは一緒にいたくないよな。
「それ以上近寄ったら」
「空きゅん!!分かってるから!!空の夏木ちゃんだから何もしないよ!!ただ顔を拝みたいだけ!お願い!!」
「同じクラスだろ」
「それを言われるとここにいる誰よりも夏木ちゃんにとって特別な存在って気がして嬉しくなっちゃうな」
「………」
「ねえ!怖い!!この人怖いよ!!!」
…楽しそうだな。俺のことなんて忘れてはしゃいじゃってさ。いいよな。全力で高校生やってさ。
「ちょっと待ってて」
不良のくせに。俺が止めなきゃ辞めてたくせに。
「明村。なんかあった?」
いつのまにか目の前に来ていた空が急に話しかけてきたから、今すげえ変な顔してると思う。
だって俺、すげえ嫌なこと考えたよ。
「あ、いや。なんかあったわけじゃ、ない」
「…?」
「…この前のこと謝りたくて」
「あれは俺も悪かったし。そんな顔しないでよ」
入学当初、俺が見下ろしていた空は小さく、暗かった。でも今は、空が俺を見下ろし、キラキラと輝く笑顔を向けている。
俺は空をこんな風に変えられなかった。不良の道に進んだ空を学校に来させることで多少の優越感に浸っていたくらいだ。学校一の問題児と仲良いぜって、不良にも優等生にもなれなかった俺の自己満足だった。
「…明村?」
「ごめん。俺って最低だ」
「なんで」
空と話すと、俺がどれだけ空に執着していたのかが分かる。俺はただ、自分よりも下で足掻いている空を見て安心したかっただけ。
俺よりも勉強ができて友達が多いと知って、嬉しいよりも嫌悪感が勝つ。こんなの友達じゃない。自分への見返りがなくてこいつばっかり幸せ掴んでずるい。そんな感情しか抱けない。
「ごめん。今の、キラキラしてる空見てると、自分が惨めになる。…こんなんなら、引き止めなきゃ良かった」
まるでメンヘラのように傷付けるだけ傷付けて教室へ走った。引き止めなきゃ良かったなんて思ってない。…思ってない、よな。
自分で自分が分からなくて辛い。なんであんなこと言っちゃったんだろう。
空の何も、知らないくせに。




