side 夏木 あかり
「だーから!やめなって言ったじゃん!ヤンキーだよ?不良だよ?いつなにされるか分からないよ」
「うん、、でも…」
振られたショックを食欲に乗せてマックで豪遊してしまった。
「あんた可愛いんだからさ、もっと他にいるよ。一旦村尾で手打っといたら?」
「ありえない!ないない!」
S組から落ちてきた村尾に付き纏われて辟易してるっていうのに。
「…明日も告る」
「嫌われるよ???」
いいもん。嫌われても私のこと思ってくれるならなんでもいいもん。
*
「夏木ちゃん!!俺、村尾って言うんだけど」
「知ってる!大丈夫!」
「今日もいい天気だね!こんな日は俺とお散歩したくならない?なるよね?こんなとこ抜け出して灼熱の太陽の下を正々堂々と歩いてみるのもいいんじゃないかな」
途中から何故かキメ顔で喋り出して本当に勘弁!なんでこんな人がうちのクラスにいるの!いや〜〜〜!!!そもそも灼熱って言うほど暑くないし、むしろそんなとこ歩きたくないし!
「俺と、水族館デートとかどう?」
水族館デートか…。丹羽くんと行きたい。
「水族館がダメなら、動物園とか。ひよこと戯れる夏木ちゃんを見てみたいんだ。今週末、どう?」
動物園…。ひよこと戯れる丹羽くん、、見てみたい。
「映画館もいいよね。ホラー映画好き?怖かったら俺の手、握ってもいいよ。夏木ちゃんのことは、俺が守るから…」
丹羽くんと、手…繋ぎたい。…丹羽くんに守ってもらいたい。
「スルースキル高いな…」
「最近は特にね…」
周りの声が気にならない程、丹羽くんにガチ恋。頭の中丹羽くんだらけでどうにもならないや。
「アカリー。お昼食べよー」
「…丹羽くんと食べたい」
「無理だって。振られたんでしょ。早く村尾と付き合いなよ」
「村尾は無いって〜」
本人がいないのをいいことに言いたい放題でごめんね、村尾。でもほんとにあなただけは無い。
放課後もう一度告白したけど結果は同じ。次の日も、その次の日も、しつこい!って怒られそうだけど何度も想いを伝えた。…全然ダメだったけど…。
…今日で最後にしよう。何回も告白されたってウザイだけだよね。
余裕を持って身支度を済ませた金曜日の朝。いつもより一本早い電車に乗った。
何時くらいに登校してるのか知らないけど、いたら朝のうちに終わらせる。いなくても、お昼休みで決着をつける。どうせ振られちゃうけど明日、明後日で気持ち切り替えるんだ。村尾じゃない誰か好きな人見つけて丹羽くんより幸せになってやる!
気持ちが先走って乗り慣れない特急に乗っちゃったけど…普通電車よりぎゅうぎゅうだな…。月曜日からは元の電車に乗ろう。痴漢とかされたら嫌だし……。
え…。待って。思ったそばから…待って。違う。気のせいだよね。
必死に言い聞かせて状況を整理したかった。
でも。整理すればするほど、スカートの中を弄る大きな手の感触がハッキリと伝わってしまう。
痴漢って、もっと、可愛い人が狙われるんじゃないの…?私みたいな、どこにでもいるような高校生相手に…なんで。
周りは男の人ばかりで、声を出してしまったら恥ずかしい…。どうしよう。どうしよう。掴まっている手すりから手を離してしまったらバランスを崩してしまうし、かと言って"この手"を止める勇気もない…。
スクバは足の間に挟んでいるから今更取れない。特急だからしばらく止まらない。どうしよう。
なすすべなくされるがままで耐えていたから反抗しないって思われたんだろう…。胸まで触られてすごく気持ち悪い。声を出さないように我慢していたけれど涙が止まらない。気持ち悪い。怖い。嫌。今すぐ恭子に慰めてもらいたい。助けて。誰か、助けて。
駅に着くと一斉に溢れ出す人の波。押し出されるように降りたけれどこの波に乗れる力はなかった。
学校に行かないといけない。でも歩けない。少しベンチで休んでもいいかな…。
私がやっと動けるようになったのは授業が始まる時間。朝のラッシュが嘘みたいに消えて静かになった駅を歩いた。
涙は枯れ、表情を作ることもせず教室に入ったら恭子と担任の先生が駆け寄ってくれた。
「アカリどうした?メールしたのに気付かなかった?何があった?保健室行こう」
「夏木さん、歩ける?」
恭子の顔を見た途端に再び溢れ出した大量の涙。保健室に行く途中もわんわん泣いた。
周りを気にする余裕がなくて『痴漢された』って噂が流れてしまったのを知ったのは数日後だった。
「怖かったね。よしよし。頑張った頑張った」
恭子はいつも私の欲しい言葉をくれる中学からの大親友。担任の杉山先生も理解のある人でよかった。私が元気になるまで恭子と一緒にいさせてくれて、すごく優しい。
「この勢いで、キッパリ振られてくる!」
「え、告白するの!?」
もう散々な目に遭ったし、失恋なんて大した傷にならないよ!うん!大丈夫!
「今日で終わりにするって決めたの!」
「えぇ、、うーん。本当に最後?」
「うん!最後!」
「…そ。じゃー今日は失恋パーティだね。よし!行っておいで!」
痴漢のクズ野郎のせいで朝の目標は崩れて放課後になってしまったけれど、今日中に片付けてしまえばおんなじ!派手に振られよう!
泣いて消えてしまったメイクも直さずに可愛くない姿で呼び出した。
「ノーメイクでもパンパンな顔でも嫌な顔しないでちゃんと呼び出されてくれる丹羽くんはとっても優しいよね」
「………」
「今までしつこくしてごめんね?でも今日で最後にするから、もう一度聞いてくれる?」
「………」
「…すぅーーー。はぁ。丹羽くん!好きです!付き合ってください!!」
大丈夫って思った。振られても傷付かないって思った。たくさん泣いたから、涙なんて出ないと思った。
勢いよく頭を下げたせいで丹羽くんの顔は見えないけれど、見えなくてよかった。だって今の私、ノーメイクでパンパンで、その上涙でぐちゃぐちゃ。全っ然可愛くない。明日からは真面目に勉強しよう。それでいつか、丹羽くんよりもっとイケメンと恋愛して可愛くなって、見返してやるんだ。
一目惚れは叶わないって言うし。仕方ないよね。
「へへ、自己満だから。返事はいいや……え?」
ぶさいくな顔を隠そうともしないで言い逃げしようとしたらなんか、おかしい。
体が、あったかくて。包まれてて。丹羽くんが見えない。
「これが返事って言ったら、嫌?」
耳元で聞こえる大好きな優しい声。これが返事って、どういうこと…。抱きしめるのが返事って、どういうことよ。
「ごめんね」
謝るってことは、やっぱり…。
「告白されたの初めてだったからどうしたらいいか分からなくて。…俺が守ってもいいかな」
「へ……?」
「…泣かないで」
ふわっと離れた丹羽くんは微かに笑っていて。胸がキュゥっと締め付けられた。
「それって…」
「…俺でいいの?ポンコツだよ?」
「それって!」
振られる気満々だったから訳が分からなかったけれどどうやらそういうことらしい。
優しく微笑む丹羽くんがかっこいい。好き。大好き。




