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君がいたから  作者: HRK
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side 丹羽 大空

 

 夏休み前に知った櫻田龍人の少年院入り。暴行罪だって。筋は通すと言っていたのに。相手を半殺しにして重体なんて。


 まるでそれが始まりみたいに須田さん、大林さん、根本さん、田村さん、次々と捕まった。

 一ヶ月だ。一ヶ月の間にみんないなくなった。阿部さんだけが残っているけれどこの人もきっといなくなる。だって最近、やたらと離れろって言う。


 「家に帰りたくないの分かるけど…それなら学校の友達にでも頼めよ。お前はここにいるべきじゃない」


 あの家に帰るくらいなら俺もなんかやって捕まった方が数億倍マシ。…でも無意味に人を傷付ける勇気がなかった。俺なんかと違って平和な環境で生きてる人から幸せを奪ってしまったら、一生俺のところに平穏が来なくなる気がして。


 幸せな人は幸せでいたらいい。そこに俺が土足で踏み入れる理由なんてどこにもない。


 帰るなんて嫌だ。惨めな気持ちを抱いてまで生きる力は俺にはない。



 「もうそろ期末じゃん?勉強しなきゃやべえよ」


 勉強が手に付かない俺を気遣って、櫻田龍人の代わりに分かる範囲で教えてくれた阿部さんは、九月の中旬にいなくなった。



 何も知らず部屋へ行った時に阿部さんの親が泣きながら片付けをしていた。


 「あの子はね、悪い子じゃないんだよ」


 「…知ってます」


 「みんな先輩にハメられたんだよ。だからアンタも、真っ当に生きなさい」


 真っ当に、なんて。今更無理だ。期末の勉強もろくにやっていない。ここで点数を落としたら留年する。それで退学して終わり。帰るところもない。何も楽しくなくなった。須田さん達が買ってくれた酒やタバコも美味しく感じない。生き甲斐が、なくなった。



 「あんた峰高だろ?なんでまたこんな不良の真似事なんて」


 …峰高だからって全員が全員エリートなわけじゃない。俺以外にも荒れてる人は何人かいる。


 「…家に帰れない事情があるなら、少しの間だけここにいてもいいけどさ。せめて学校にはちゃんと行って、ちゃーーんと卒業しなさいよ」


 俺の気持ちが分かるのか知らないけど、期末試験が終わるまでならここにいてもいいと言ってくれた。その後は引っ越すんだって。近所の人に顔向けできないからどこか遠くで静かに暮らしたいって。



 …なら、阿部さんや櫻田龍人が俺のためにやってくれていた勉強で、せめてもの恩を返そう。期末でいい点取って、帰ってきた時にありがとうって伝えるんだ。











 期末当日まで死ぬほど勉強した。今まで誰かに教わりながらやっていたものを一人でやるとなると、理解力の乏しい俺にはたくさんの時間が必要だった。

 たくさんやっても解けなかったらどうしようって不安が募って学校でも西田や明村に聞いて"努力"している気でいたかった。


 周りの声を無視してずっと勉強した。留年したらあの人たちに申し訳ないから、満点を取るくらいじゃないとダメだって、心の声を押し殺した。


 そうして試験を三日後に控えた今日、酒は飲んでいないのに二日酔いみたいに頭が痛くて身体がだるかった。元気がない日は一服して酒を飲んでハイになれば大丈夫。


 美味しく感じない酒を一気して勉強を続けた。




 「空、体調悪い?」

 「んーん二日酔い」


 嘘ではないと思った。酒飲んだし、二日酔いみたいなダルさだし。



 たかが二日酔いの癖に息がしづらい。授業が耳に入らない。眠い。


 でもここで負けたら全てが水の泡。今までも出来たんだから、出来ないわけがない。

 大丈夫、大丈夫。必死に言い聞かせて、阿部さん家と学校を往復した。



 試験当日は立ち上がっただけで目眩がしたけれど、静かに勉強できる環境があって学校には友達もいて、こんなところで甘えるわけにはいかない、と自分を奮い立たせた。


 自分の席に座った途端猛烈な眠気に襲われてやばい。寝るな。寝るな。



 「空。体調不良なら追試受けさせてくれるから無理すんなよ。まじでやばそうだから帰るか、保健室行けって」


 始まる数分前にはすでに限界だった。明村の親切心を蔑ろにした結果も想像しないで俺はどこまでも馬鹿だった。











─────・・・・・・





 「睡眠不足と栄養失調ですねー。必死になり過ぎて周りが見えなくなっちゃったんですかねー」


 「生活の見直しが不可欠ですから、親御さんがいらっしゃったらその点も踏まえて面談してみます」



 親……?あれ…。試験、どうなったっけ。どんな問題出たっけ。

 誰かが電話しているのか、一人で喋っている。



 親という単語を聞いた瞬間、一瞬で血の気が引いていく。



 「起きた?おはよう。いやー。試験中倒れる生徒なんて初めてだよ。今、親御さんに連絡したから、帰ってしっかり休んでね」



 保健室の白衣を着た先生の言葉がまるで理解できない。倒れた?親に連絡?…だめだ、頭が働かない。



 「今何時?鏡堂は?帰った?」



 「鏡堂?S組の?さぁ…どうかな。もうすぐ最終下校の時間だから、いたとしても帰る頃だよ」



 「放送で呼んで。いてもいなくてもどっちでもいいから放送して。親が来る前に早く!」



 どうして鏡堂の名前を出したのか。俺の剣幕に圧倒されたのか、理由も聞かず本当に呼び出してくれた。


 …奇跡的に、いた。





 けれど体力の限界すぎて放送中に寝てしまい、鏡堂と俺の親が鉢合わせることに。




 「空が?なんで?」


 「えっ、あら、やだ、」

 「この人誰ー?」


 ぼんやりとした意識の中で少し息が上がっている鏡堂の声が聞こえた。

 その直後に大嫌いな母と妹の声。


 保健室の先生どころか俺すら鏡堂がここにいる理由を分かっていない。呼んだ張本人の癖に何やってんだ。




 「あぁ、丹羽さん。今日ね、息子さん倒れちゃったんですよ。お家での様子、どうですか?ちゃんと休めてます?」

 「え、あぁ、そ、まぁまぁかしら」



 声を聞くだけで気分が悪い。頭痛い。



 「睡眠不足が続いてるので夜更かししないよう注意してあげてください。後、ご飯は3食食べるように…」

 「こいつに言ったって無駄だろ。なぁ空」



 閉められていたカーテンを乱暴に開けた鏡堂が俺を見下ろしている…。眩しい。



 「こらこら鏡堂。保健室では静かに」


 「…」



 喋る気力はない。俺の意味分からん行動と絶望的な未来に目を背けるので精一杯。



 「こいつ虐待されてこうなったんすよ。今更家に帰す方が馬鹿だろ」



 ……こいつはまた。そんなストレートに言うな。



 「ぎゃ、虐待!?失礼ね!いいいくらきょ、鏡堂さんの言葉でも、あんまりだわ!」

 「あ?誰だよアンタ」



 こんなに動揺している母は初めて見た。妹はこんな時でもにやけていて気持ち悪い。


 「んーっと、担任の先生呼びますね」



 



 「どうしましょう」



 保健室の先生と担任の話し声が聞こえる。

 …疲れた。あれこれ考えたって結局俺の人生はゴミでカスでろくなもんじゃないってことだ。


 死にてぇな…。




 「虐待が本当だとすると鏡堂の言う通り、このまま帰すのは危険かと。だからといってここに置いとくわけにもいかないですからね…」


 あー今、最高に迷惑かけてんだ。要は俺が我慢したら全部解決なんだよな。便利な感情を思い出せ。

 『諦める』って最高に便利じゃん?



 「帰る」



 ずっしり重たい頭を押さえて体を起こした。どうせ友達もいなくなったんだ。今更死ぬのが怖いとか、痛いのが嫌だとか、そんなの関係ねぇじゃん。


 いい加減殴り返せるし。こんなクソ親殺せるし。


 何も怖くねぇし。

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