side 丹羽 大空
殴られた翌日は腫物を扱うように、あの鏡堂さえ近寄ってこなかった。空気読むこともできるんだな、あのクソ坊主。また何か言われたら本当に窓から突き落としてしまいそうなくらい荒んでいたから殺人犯にならなくてよかった。
「んでね、ここがこうでーこうだからこうなるわけ。その傷どうしたー?」
阿部家での恒例行事、櫻田龍人による出張授業中、一瞬聞き間違えたのかと思うくらい自然に聞かれて思わず固まってしまった。須田さんたちですら触れてこないのに。
「あ、ちょっと」
「まさか転んだとか言わねぇよな」
低い声で凄まれて、まさか転んだなんて言えるはずもなかった。
「ちょっと…」
話してしまいたいと思うのに言葉が続かない。でも、話してしまったら失望されるんじゃ…?ならこのまま黙っている方がいい。父親でもない知らない男に殴られるのが怖くてじっとしていたなんて。母親から支配されていたと言え、自分より小さい存在に怯えるなんて。
「…すみません」
「ま、話せるときでいいけど。あんまり心配かけんなよ」
「心配…?誰に…」
「は?頭カチ割んぞ」
本当にカチ割られてしまいそうだ。答えが全く分からない。世界一難しいなぞなぞだ。
「さー。寝ろよー」
こんなに優しく、面倒見の良かった櫻田龍人と連絡が取れなくなったのはすぐ後のことだった。
*
「空って軽音部なんだよな?何やってんの?」
授業中でも関係なく俺と明村は喋り続ける。たくさん寝るようになってからそこそこ余裕も出てきて、机にかじりついていなくても良くなったから。
「幽霊部員。元々名前貸すだけだったし。行ったこともない」
「アニメの影響でやってみたいんだけど勇気出なくてさあ。一生のお願い!一緒に行ってくれない!?」
行く勇気が出ないのは俺も同じなんだけど。…どうしようかな。別に減るもんじゃないし…。
「一回だけね」
「ありがとう、神!」
放課後、約束通り仕方なく軽音部とやらに顔を出した。初めて近くで見るギターやベースはツヤツヤしていて素手で触っている光景に何とも言えない気持ちになった。だってそれ指紋付くよね。
「うわ。有名人来た。怖い」
俺を見るなり聞こえる声で文句を垂れた女はわざとなのかなんなのか。
「うぉー!本物だ!すげえ!持ってるだけでかっこいい!なぁ空!俺やりたい!」
「…やれば。俺はやらん」
「ねぇーー!お願い!お願い!おーねーがーい!」
…来るんじゃなかった。
「に、丹羽くん!久しぶり」
「あぁ、うん」
名前を貸してと頼んできた西田が不慣れな手付きでベースを持っていた。
「丹羽くんも一応部員なんだし、ちょっとだけでも触ってみない?…案外、楽しいかもよ!?」
怖がられているのか、遠慮気味に提案されたけど。
横を見ればキラキラした目でうんうんと頷いている抹茶頭がいるし…。
「落としたらごめんな」
「いや、絶対落とすな!高いんだからな!」
初めて触る楽器。思っていたよりずっしりしている。一本弦を弾いたら低い音が揺れ響いた。
「なんか、変」
「慣れないからだろ。似合ってるぜ、空」
「そうやって煽てられてもやらないぞ」
「いいからいいから。他の音も出してみてよ」
ベーンみたいな低い音を鳴らすけど、なんかハマらないというか。
「これってこういう音なの?」
「え?ベースは基本的に低いよ…?」
「俺、あれやってみたい!チューイングガムみたいな」
「チューニングですね」
「それ!」
「明村くんはギター持ってみてください!ここのつまみで調整できますよ!」
「あっ、丹羽くんのは僕がいい感じに調整した後…」
「ん-。違う。もうちょいかな」
ベンベン鳴らして自分で調整したらすっきりハマった。
「あれ!?僕がやったのよりそれっぽい…」
「だから変って言ったじゃん」
「えぇ…なんでチューニングできるの…」
俺がうまく調整したことにショックを受けている西田をよそに明村はどんどん違う方向へひねっていた。
「へったくそだな。貸して」
ギターもしっかりチューニングしてすっきりしたところで部長に声をかけられた。
「君もしかして絶対音感なんじゃないの?」
「んなわけ。たまたまだろ」
いやぁ~と首をかしげる部長を置いてこっちはこっちで盛り上がる。
「流行りのやつ弾いてよ!俺ら歌うから!」
「俺らって誰だよ。一人で歌え」
「ねー!お願い!」
「はぁ…」
今日初めて来たのに誰よりも盛り上がる明村と一緒になって歌った。人前で歌うことなんてなかったから変な気分だったけど意外と楽しい。
「ちょっと!!マイク通して歌ってみて!」
放置されていた部長が急に大きな声で俺にマイクを渡してきた。
「それは本当に勘弁。無理」
「お願い!」
みんな俺に手を合わせればやってくれると思いやがって。
「一回だけだからな」
「頷けない~~~~」




