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君がいたから  作者: HRK
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side 丹羽 大空


 初めての家出。行くところも金もない俺が行きつく場所なんて公園かコンビニ前の段差くらいで本当に嫌になる。こんな時に友達の一人や二人いればまた違った展開だったんだろうな。

 コンビニの喫煙スペースで煙草をふかすサラリーマンの何とも言えない顔に、どうしてか俺も吸ってみたいという気持ちが沸き上がってきた。金もないのに。どうやって?…こうやってなんでも諦めてきた。俺に自由はないんだから、囚われた鳥は鳥籠の中でおとなしくしているしかないんだよ。必死に言い聞かせて欲望を無いものとする。そうして消えたのが、食欲だった。母は俺が死なないようにギリギリの食糧を与えてくれていたからそれ以外の食事は期待せず、お腹は空かないと言い聞かせてきた。でもどうしても睡眠欲だけは消えなかったな。


 ぼーっと通行人を眺めて何時間経ったか。目を開けながら寝ていたのかな。鳥が鳴き始めた。携帯を持っていないから時間が分からない。コンビニ前の段差で微動だにせず夜を越してしまった。…結局追いかけてこなかったな。このまま学校に行くか、こっそり帰ってシャワーを浴びるか。……どっちもやめよ。飽きるまでここにいて、飽きたら公園に行こう。今日から晴れてホームレスだ。誰にも怒られないで済むならずっと外にいて、そのうち力尽きたらそれでいいんだ。



 「君、高校生?」


 って。そんな簡単な話じゃなかったや。二人組の警察官に声をかけられてしまった。高校生になった途端に補導って。すごい問題児だね。


 「あぁ。そうですね」

 「お家はこの辺?どうしてこんなところにいるの?」

 「すぐ近くなので大丈夫です」

 「うーん、大丈夫じゃないんだよね。君ずっとここにいたでしょ。通報入ってね。高校生が出歩いていい時間じゃないんだよ」

 「あぁ」

 

 ここに座ってただけなのに通報って。余計なことするなよクソが。


 「それにその顔の傷、誰かと喧嘩したんじゃないの?どこの高校?こういうのは連絡しなきゃいけないんでね」

 

 面倒な尋問に無感情で答えた。どうせ何したって責められるんだ。なんだっていい。


 「ちゃんと帰るところを見届けるまでおじさんたちも帰れないのよ。下手な小細工しようとしないで家に帰ってね。最後まで付いて行くから」


 飽きるまでここにいる予定が崩れた。強制殴られコースに決定。あの男まだいるのかな。いるならいっそ死ぬまで殴り続けてくれや。


 「妙に素直ですね」

 「油断するなよ。そうやって逃げた奴なんてごまんといるんだ」


 警察官の無駄な警戒に何の興味もない。逃げも隠れもしないよ。面倒なことが嫌いなんだ。なのに面倒なことしか起きないから疲れたんだ。




 「じゃあ、お家の人に挨拶したら帰るから」



 明け方の呼び鈴、これ以上ない迷惑な行為だ。といってもいつも起きてるんだっけ。俺の勉強の見張りとか言って。



 「あぁ、こんな時間にすみませんね。おたくの息子さんのことで…」



 親でも親戚でもない男と警察官のやりとりに何の感情も沸かない。こんな時でも母は居間で酒を飲んで笑っている。


 「すんませんねぇ!“息子”が迷惑かけちゃったみたいで」


 さっき俺を殴った男に父親面されて虫唾が走る。吐き気すら催す。今俺の脳内はとてつもない嫌悪感でいっぱいだ。義理でもそんなことを言われたくない。俺の父親は立派な人だ。俺たちを置いて出て行ってしまったけれど、少なくともあんたらのようなゴミとは違う。


 「いえいえ!では我々はこれにて失礼いたします」


 警察官が帰っていくのを見届けた男は俺の胸ぐらを掴んで家の中に引きずり込んだ。


 死ぬのが怖いとは思わない。ただ目の前の痛みに慣れるまでの辛抱だと言い聞かせた。





 「ママ、死んでる?」

 「死んでないよ。この蛆虫はこんなんじゃ死なない」

 「うげぇ」


 されるがまま。殴られるまま。歯が欠けた。








 外に出ようとする俺を、学校に行くんだと勘違いした母が「血を流してから行け」と言うから運よくシャワーを浴びれた。冷水だけど。


 学校には行かない。勉強もしない。力尽きて死ぬのを待つだけ。








 コンビニ近くの公園で寝ようとベンチに寝転んだ。机で寝るよりは幾分寝心地がいい。食欲がなくなって、痛覚も鈍くなってきたのかもしれない。もうどこも痛くない。『諦める』って便利な感情だな。



 「お、生きてる」



 頬に冷たいものを感じて目を開けると知らないヤンキーたちに囲まれていた。



 「ここらで喧嘩の情報聞いてないんだけど、誰にやられたの?」

 「…」

 「は?シカトかよ」


 意味のない会話はしない。眠いからどっか行って。



 「こいつ峰高っすよ。超頭いいじゃないすか」

 

 ヤンキーの一人が吸い出した煙草の臭いに頭がおかしくなりそうだった。吸ったことなんてないしいいイメージなんて何もないのに、それが欲しくて堪らない。


 「峰高は落差すごいって言うしなぁ。こいつも落ちこぼれなんじゃん?」


 可哀想にとゲラゲラと笑う奴が飲んでいる酒が、喉から手が出るくらい欲しい。


 「なぁ、俺らと良いことしようや」

 

 一生懸命、目を逸らしているのにたばこの臭いが近付いてくる。欲を諦めようとしているのに酒を見せられる。


 「なぁお前何歳?ちっせぇな。一年か?」

 「たばこ…」

 「あ?ごめんごめん煙いか」


 ぎゃははと笑って遠ざかって行ったけれどそうじゃない。欲しい。吸いたい。たばこの煙で体いっぱいにしたい。


 「吸いたい」


 俺の欲望に全員が口を開けた。生意気だと思われたなら殴ったっていい。なんだっていいから煙を…。


 「吸ったことあんの?初めては咽るぞ」


 案外親切に与えてくれたヤンキーたちは面白いもの見たさで穴が開く程、覗き込んできた。咽るぞと言われてもそんなことはどうでもよくて。欲望のままいっぱいいっぱいに吸い込んだ。


 案の定、咽たけれど心は満たされた。落ち着いた。途端に悲しくなってきた。咽た俺の背中をさすってくれたり、笑いながらも水を買ってきてくれたり。そんなやさしさに触れたことなどなかったから。


 「ここで寝るならお前も来いよ」

 「俺らも朝帰りだから今からこいつん家で寝るんだ。ふぁあ眠…」

 「ついでに傷の手当てもしてやるよ」

 「そのダサい格好も直してやる」


 知らない人の家に向かう途中、まだ残っている酒缶を捨てていこうとする人に『飲みたい』と伝えたらまた唖然とされたけれど半分くらいあったものを一気飲みしたらわっと笑い声が沸き起こった。




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