side 丹羽 大空
大嫌いな試験。それも大嫌いな成績に直結する中間テスト。どうしよう。既に授業で後れを取っているのに試験なんてできっこない。平和に勉強できる環境があればまだ取り返せるかもしれないけれど…。学校で居残り勉強しようものなら『遊んできたのか』って怒られるし、真っ直ぐ帰ったって叩かれる。昨日は机で寝てしまって頭から冷水をかけられた。熱湯じゃなかっただけマシなんだけど、おかげで教科書は濡れてべちゃべちゃだしノートの文字がぼやけてしまった。目を凝らして一生懸命内容を思い出さないとなんて書いてあるか読めない。そんなことに時間を使ってしまったらますます置いて行かれるのに…。
「それでね、さっきの公式は実はここでも使える優れモノなんだ!って聞いてる?」
「…ぁ、寝てた」
軽音部に入る代わりに授業を再現してくれるという約束を律儀に守ってくれている西田がお弁当を食べながら俺の肩を揺さぶった。テストが近いこともあっていつもよりしっかり教えてくれてるんだけど、どうしても眠くって。
「丹羽くんってお昼食べてないけどお腹空かないの?勉強ってエネルギー使うよ?」
「んん。だいじょう…ぶ」
「保健室で寝てきたら?全然大丈夫そうじゃないよ」
「んん」
眠い時のかっくーんってなりながら答えたけど自分でも大丈夫ではないと思う。もう…眠い。
「授業中寝るくらいなら昼休みに寝たらいいのに」
ごもっともだ。
「たった15分の仮眠で授業を受けられるなら何よりも昼寝優先にするべきだよ。って、聞いてないじゃん」
限界だった。毎日授業の復習と予習に加えて、酔っぱらった母からの暴言に耐える日々。睡眠時間なんてあってないようなもの。高校生になってから布団で眠れた日なんてないと思う。いつも机で…。
「――ら…、そら、」
「ん」
「そーら」
「…」
「空!時間!」
勢いよく顔を上げると辺りは暗く、鏡堂と藤ノ木だけが立っていた。
…最悪だ。俺史上最も最悪な展開に絶望しかない。昼休みからの記憶がないってことはそこからずっと寝ていて、チャイムの音も何も気付かず時間だけが過ぎて鏡堂に起こされたと。
最悪すぎる。帰ったら殴られるだろうな…。授業何にも聞いてなかったな。心の中で大きくため息をついて重たい腰を上げる。今更状況は変わらないけれど1秒でも早く帰ろう。そして机にかじりつくんだ。早く、早く。
「な、空ってさ。」
急いだところで後の祭りだけど一応急いでるから話しかけないでもらえるかな。起こしてくれたのはありがとうだけど。
「もしかして虐待されてんの」
曇りのない視線でのド直球な質問に驚く隙も無かった。普通そんな平然と聞くかね。しかも別に仲がいい間柄でもない人に。
「答える必要ないよね?」
下から思い切り睨みつけた。藤ノ木もいるのにさ。なんでこう、デリカシーがないのかな。お坊ちゃんって甘々に甘やかされてるから人の気持ちとかが分からないの?嫌いだな。こういう、他人の心にズケズケと踏み込んでくるやつ。
*
帰宅して一番は母からの平手打ち、ではなく知らない男からのグーパンチだった。顔がジンジンする。ほっぺたが痛いとかじゃなくてもう全体的に痛い。なんで初対面の人に殴られなければいけないのか。考えたって答えが出るわけじゃない。でも、なんで?と考えずにはいられない。だって、あなたに迷惑かけてないじゃない。なんなら親にだって、妹にだって、迷惑なんかかけてない。どうしていつもいつも殴られなきゃいけないの?
『虐待されてんの』
あいつの、鏡堂の言葉がチラついてイライラする。
別に、お前に迷惑かけてないし、関係ないし、変に関わろうとするなよ。虐待されてるからって同情されたくないし、だからって何か変わるわけじゃない。ほっといてくれ。
なんでも見透かしてますみたいな真っ直ぐな目が嫌いだ。あいつの目は俺を惨めにする。馬鹿にしたいんだろ。可哀想な奴だって笑いたいんだろ。うざい。消えろ。みんな消えろ。みんな。みんな!死ね!
全てが嫌になり、家を飛び出した。追いかけてくるなら殺されたっていい。むしろ、殺して、楽にさせてほしい。
人生に希望はない。やりたいことも、会いたい人も、何もない。もう、親の言いなりになって惨めな思いをするのは嫌だ。うんざりだ。




