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君がいたから  作者: HRK
2.
121/152

side 小鳥遊 雷人




 『このまま続ければ、声を失いますよ』


 昨夏、不調を見て見ぬ振りし続けた報いを受けた。

 多忙を理由に喉のメンテナンスを怠ったのが原因だ。一番大切な部分が使い物にならなくなるのが恐ろしかった。歌うのが、怖くなった。

 初めは喉がイガイガするだけ。保湿して眠れば治るだろうと軽くみていた。なんとなく痛みを伴うようになったが、ツアー中に病名をもらう訳にはいかない。ツアーが終わったら、行ってみようか、どうしようか。

 行かなかった。好きなものを失う怖さが判断を鈍らせた。

 歌唱中、鉄の匂いが口内を占めた。

 ダメかもしれない。でも…。


 喉に異物を抱えるようになって、それがどんどん大きくなるように感じた。呼吸するのも難しい日があった。

 まだまだやりたいことがたくさんあるのに、こうなってしまったら何もできなくなる。


 今更ながら、治療をしたいです。医師に頭を下げた。


 『このまま続ければ、声を失いますよ。声、出しにくいでしょう?どうしてこんなになるまで放置しちゃったの』


 手遅れだった。


 すぐに手術して異物を取り除かないと、死ぬまで、死んでも、声を出せなくなる。

 今、全てを放棄すれば、最悪、声は残るだろう。


 やりたいこと、やり残したこと、全て肩から下ろして、引退した。



 治療して、声は出た。

 歌は、歌えなくなった。


 大袈裟かもしれないけれど、生きる意味を考えるようになった。


 作りたかったものも歌いたかった曲も全て中途半端にダメにして、この先どう生きたらいいのか分からない。考えに考えて出た苦肉の策が、アーティスト育成だった。


 誰かを育てるという名目で曲作りに関わればいつか奇跡的に歌えるようになるかもしれない。人に教えながら、リハビリする。

 俺はそういう、ズルい人間。


 ダイヤの原石なんて、そう都合よく見つかる訳がなかった。


 歌わないRAITになんの価値もなくなり、忘れられるのも時間の問題。俺は全てを失ったけれど、俺がいなくなって困る人なんてこの世にいるのか…。いや、いないよ。

 一人、深夜に考え事をするのは良くない。どうしても自暴自棄になってしまう。


 ちょっと気晴らしに母校の文化祭にでも行こうかと、同級生からのメールを確認した。晴れて無職となった俺には他に気にする予定もなく、お気持ち程度の変装をして出掛けた。


 「お目当てはやっぱり軽音部?」


 高校卒業から唯一、今も連絡を取っている杉田満はとにかく人のことをよく見て、いろいろなことに気が付く。職業柄そうなのかと言われたら、そういう性格だから教師になったと言う方が正しい。


 「そういうんじゃないよ。今どきの子はどんな音楽を嗜むのかなって」


 満は満で気に掛けたい生徒がいるとかで軽音部の演奏を聴いていた。

 至って普通の体育館のステージで楽器を奏でる生徒たちの姿は懐かしくて、キラキラ輝く。

 昔を思い出すなぁとしみじみしていると、隣に立つ満がソワソワし始めた。どうやら気に掛けたい生徒というのが次に出演するバンドの中にいるらしい。

 満に限ってそんなことはないと思いたいが、とびきり可愛い子だったりして。


 高校生の演奏なんて、たかが知れてる。演奏する曲も楽器屋で初心者に優しいと謳われている定番曲ばかりで真新しいものではないし。

 こんなところで油を売っている暇があるなら曲を書くなりアーティストを探すなり、いろいろ……………。



 「あの、ほら、ボーカルの子」

 「ボーカル…」

 「見えてる?あの、怪我してる。目立ってるでしょ」

 「うん、見えてるよ」

 


 満が柄にもなくはしゃいで指を差す。スタンドマイクの前に立つ生徒はとびきり可愛い子でもなければ、どちらかといえば不貞腐れて、無理矢理そこに立たされているようだった。


 キーボードとギターの演奏が始まり、バンドなのに、という疑問も違和感も消し去る歌声が響いた。


 見かけに寄らず、落ち着いた声で抑揚を付けて、名曲『糸』を歌う彼は、RAITと同じ歌い方をした。まるで昔のコンサート音源を流しているかのような。

 微々たる違いはあれど、本人でないと違いを見分けられない程、似ていた。


 「うっま。まるでお前じゃん」


 満も感激している。俺に似ているという面でも、意外な一面を知ったという意味でも。

 文化祭特有のノリで盛り上がっていた体育館はいつしか静寂に包まれていた。曲が終盤に差し掛かると、映画館で感動モノのクライマックスを待つ瞬間のような緊張感と期待感が一点に集まるのを体感した。全ての視線が自分に集中していたあの頃のように。


 「歌が上手いとは聞いていたけど、こんなに上手いとは」


 一曲目を終え、満が感動したと拍手を送っている。彼の出番は終わったらしく、スタンドマイクの前には他のメンバーが立とうとしていた。

 なんの機材も揃っていないただの文化祭で、たまたま歌い方が似ているというだけで、自分がステージに立っていた時の高揚感を味わうのだろうか。


 「プロから見てどうよ?結構よくない?」


 満面の笑みで問いかける親友の声に応えるより先に、口が動いた。


 「アンコール!!」


 口パクでないことは明らかだった。しかし、確かめたい。


 「アンコール!アンコール!」

 「おい、雷人。そんなに声張り上げていいのかよ。また喉潰れるぞ」

 「もう一曲!!アンコール!!」


 ステージから一番遠い、入口ドア付近に立つ変質者と教師に急にアンコールと言われても戸惑うだけ。冷静に考えれば分かることだったが、俺の熱い思いが届いたのか、ステージ上では会議が始まっていた。


 「おい、小鳥遊!」


 生徒やその他観客の視線が釘付けになっていることに気付かず、大声を発していた。苗字で呼ばれることなんてなかったのに、満はやっぱりいい奴だ。


 「ははっ。ごめん」

 「言わんこっちゃない」


 掠れた声で笑った。

 帽子を被り直し、咳払いをした。


 「雷人も、感動した?」

 「ん。だから、確かめたい」

 「確かめる?何を」

 「運命って、本当にあるのかなーって」


 数分間の会議でアンコールの答えが出たようだった。

 ダイヤの原石、どころか、ダイヤかもしれない彼が再びスタンドマイクの前で下を向いた。どうやら下を向くのが落ち着くらしい。


 次の曲もキーボード演奏でバンドらしさはないものの、これが運命か、と感動した。


 イントロから、最初の一音から分かる。


 「俺の曲だ」


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