side 鏡堂 広太
担任に頼まれていた進路希望用紙を登校中に空から手渡されて落胆してしまった。見る気はなかったが、堂々と表面を向けられたから不可抗力で見えた。
「大学、行かないの?」
夏木や飯田が恋バナで盛り上がる傍、真剣に聞いた。
S組の生徒は九割が進学するのに対し、下クラスは就職と五分五分なのが現状。進学校とはいえ落差が激しいこの学校の闇とも言える部分だ。
空は来年、A組かB組にまで上がる見込みがあって、進学しないのはもったいない成績。高卒より大卒の方が進路の幅も広がる。急いで働く必要は無いだろう。
あわよくば、同じ大学を目指して楽しい学生生活を送れたら…なんて思っていた。
「うん。国公立に行く頭はないし。私立の学費は払えないし。やりたいこともないし」
「やりたいことを見つけるために大学に行くのは?」
学費は奨学金でなんとかなる。将来の為に大学は出ておいた方がいいと思うんだけど。
「見つかる気がしないよ」
やわらかくもさっぱり否定して意思の強さが垣間見える。『やらない』と決めたらどこまでも頑固な空だから、俺がとやかく言っても疎まれるだけ。それ以上何も言わなかった。進路に関しては自分で決める事だから。
「何の話してるのっ?」
「テストの話」
恋バナから戻ってきた夏木に嘘を吐いてまで触れられたくないらしい。何の疑いもなく、それを信じて"テストの話"を続ける二人を見ていると心が痛んだ。
朝のHRの後と昼休み、放課後、計三回に渡り、杉田先生は空と面談した。わざわざF組に空を呼びに行ってまで。俺と同じように、進路希望調査用紙の内容に納得がいかなかったのだろう。放課後には大学についての資料を抱えていたから。
遠目から覗いた面談の様子を見るに、空の意思は固いようだった。杉田先生の言葉を愛想笑いで交わすような。
「広太の担任、めっちゃいい人だな」
帰り際、相も変わらずガヤガヤと騒ぐ愉快な仲間たちに加え、今日は伊藤と巌もいる。みんなで一つの家に帰るなんて、普通は経験できない。
「杉田は元々熱血だけど、最近彼女に振られてヤケクソなんだよ。ウケる」
教室内でも伊藤やその他、男子にこのネタでいじられている。S組の鉄板ネタになりつつある。
「そろそろプロポーズしようかって時に振られたらしい。不憫だよな」
斎藤も乗っかり、盛り上がる。
「担任が杉田先生って本当に羨ましい」
「ねっ。あんなに生徒思いな先生、他にいないよね」
女子軍にとっては"推しメン"らしい。一年の頃からS組担任として人気が高い。
『俺はVIPだから三年契約なの。来年もS組、これ決定事項。一人も落としたくないけど、そういや村尾は落ちたな…。あいつ元気にしてっかな』
熱血で真面目な教師だけど、村尾のことはしっかりいじる。ON・OFFがしっかりしているのも人気な理由だ。
「今日の夕飯、リクエストある人ー」
両親から大量の食材が送られてきたから、買い物をしなくてもある程度のものは作れる。これが仕送りというやつ。
「肉肉!絶対肉!」
「ピザ」
「鏡堂が作るものはなんでも美味しいから特になし!」
「わたしもー!」
「何が美味かった?」
「おすすめー」
「豆腐」
それぞれが好き勝手に提案する中、一歩下がって微笑んでいた空に、視線が集中した。誰が何を言ったわけでもなく、みんなが自然に空の意見を求めた。
「え、なんでも…」
「何でも良いは無し!」
「え、アカリ何でも良いって…」
「空は無し!」
「理不尽…」
「何食べたい?」
夏木の理不尽な問い詰めに数分、考えた。
絞り出すように発した答えは…。
「…唐辛子」
「辛いの作って!!みんなで競争しよう!」
「アリ!負けた人は勝った人の言うこと聞く!」
「辛い肉作って!」
各々、食べたいものがあっても、空の意見を尊重する関係性。俺にとってはとても有り難かった。
空が言う『唐辛子』は、そのまま唐辛子を食べたいという意味なんだろうけれど、生で食べさせる訳がない。激辛一味でヒーヒー言わせてやる。




