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君がいたから  作者: HRK
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side 鏡堂 広太





 試験の結果が想像以上に芳しくなく、帰ったらすぐに復習しようと固い決意を結んだ。しかし空の順位を喜ぶのは俺だけではなかった。そう簡単に一人きりになれるはずもなく、村尾と愉快な仲間たちが家に押しかけ、朝まで打ち上げパーティーをしてしまった。


 俺の朝は早い。どんなに遅くに寝て、短い睡眠時間でも必ず五時に起床して少量のエスプレッソを飲む。

 決まったルーティンだから、寝ずに待っていたのかもしれない。俺と二人で話せるタイミングを。


 「朝っぱらからごめん。携帯の契約をしたいんだけど、名義貸してくれる人いない?」


 小鳥の囀りが教科書通りの朝を演出している。翔也のお下がりであるダボダボのスウェットを着こなし、気怠げな空は爽やかな笑顔を向けている。笑顔というより、困り顔のようにも見える。頼れる人がいない空の、初めての頼みだった。


 「父さんに聞いてみる」

 「こんな朝早く…」

 「起きてるから!大丈夫!」


 空が頼ってくれた事実が嬉しくて、覚醒し切っていない寝起きの脳みそを一生懸命に回転させて父さんに電話をかけた。

 翔也が紹介してくれたバイトで、誰にも搾取されず給料が支給された。そんな当たり前のことさえ嬉しい。試験の結果が良かったことも、携帯を買えるようになったことも、全部が嬉しい。


 「もしもし!!?」


 感情の起伏が激しい俺は、朝っぱらでもなんでも、嬉しかったら嬉しい声が出る。


 「空がさ!携帯買いたいんだって!一緒に買いに行こう!名義人として付いてきて!」


 父さんも、空も、俺の興奮ぶりに呆れていた。どんな感情もその時々に伝えなきゃ意味がないからいつだってその場で正直に伝えたい。

 


 次の土曜日に携帯ショップへ行くことが決まり、今から胸が躍る。空が一歩ずつ前進している気がして嬉しいのだ。


 「今日は調子良いから、学校行ってみようかな」


 怪我をしてから行っていなかった学校にも行くと言うからもっと嬉しくなる。無理はしてほしくないけれど、本人が頑張ると言うなら応援したい。それこそ一睡もしていないのだとしたら寝ていてほしいんだけど。


 「調子悪くなったらすぐ帰れよ」

 「うん」

 「今から少しでも寝とく?朝飯食べる?」

 「んー、寝る」


 できれば不規則な食生活は避けたい。睡眠か食事、究極の二択で睡眠を優先しただけ。そう言い聞かせて自分の朝食を準備する。

 白米かパンかと言われたら朝はパン派だが、今日は珍しい。白米が食べたい気分だ。炊飯器で炊くと楽ではあるが時間がかかる。ごはんを炊く専用の土鍋で時短しよう。その間に味噌汁、だし巻き玉子、ほうれん草のおひたしを作る。生憎、魚がないから代わりに時間がかからないメインを…。

 冷蔵庫を漁り、朝食にぴったり且つ簡単な食材を掘り出した。


 豆腐にひき肉のあんかけをかけたらそこそこ良い朝食になるのでは。スーパーの安い豆腐。母さんは一度も買ったことがなかったお値段二桁のお買い得パック。俺は食べられれば割となんでも良かったりするから、母さんのように食材にはこだわらない。安くてたくさん入っているものを選びがちだ。

 冷蔵庫がからになることはほとんどないけれど、何もなければ粉から適当にパンやらうどんを作る程度には料理が好き。安い食材でも扱い方次第で三つ星になる、その過程が好きなのだ。


 さっきまで騒がしかったのが嘘のように全員寝静まっている空間は慣れない。まるで世界に自分しかいないみたいに、しんとしている。

 そうだ。昔は夜が孤独だったから朝起きるようにしたんだった。両親が早寝早起きの習慣だったから、暗闇に取り残されないように誰よりも早く眠るようにしていた。すっかり忘れていたな。


 俺に唯一、怖いものがあるとすれば『孤独』かもしれない。

 幽霊は信じていないし、高いところも全然平気。狭いところは窮屈で鬱陶しいけど怖くはない。暗い場所でも取り乱すことなく平然としていられる。何かの先端を向けられたら腹が立つくらいで無害。うん、俺が怖いものと言ったらひとりぼっちになることだけだ。

 でもこの先、優や空と暮らしたってあいつらは完全に夜型。早起きは三文の損と思っているようなやつだ。可能な限り寝ていたいと考えているやつと生活できるのだろうか。かと言って今から夜型人間になれるかと言われても、恐らく無理だろう。孤独感を誤魔化す方法はないのだろうか。


 心の中でしくしく泣いていると居間から物音がした。こんな朝早くに誰かが起きてくるなんて、今までの経験ではありえない話。

 まさか、おばけ?


 んなわけないだろ、しばくぞ。


 一人漫才をして台所から居間へ行くと意外な人物がソファーに座っていた。



 「寝たんじゃないの」

 「なんとなく。呼ばれた気がして」

 「別に、呼んでねーけど」

 「あっそ。何作ってんの?」

 「豆腐のあんかけ」

 「ふーん」


 食に関して特に興味無さそうな返事。誰かが持ってきた漫画を、それはそれは無表情で読み始めた。全く興味無いんだろうな。そこにあるから手に取ったってだけで。


 「なんか食べる?」

 「んー」

 

 ページをめくりながら考えているのか、はたまた何も考えていないのか。数秒の沈黙の後、口を開いた。


 「ネギない?または玉ねぎ」

 「あるけど、せめて調理しようよ」

 「生が一番うまい」


 目の前の偏食モンスターは少年のように屈託のない笑顔でネギをくれと言う。


 「昔からネギばっか食ってんの?」

 「うん。ネギはまさか生では食べないだろうって思ったんだろうね。調理の痕跡がないからバレたことなかった」

 「玉ねぎは?」

 「皮でバレた」

 「あーね」

 

 空は普通の世間話みたいに話しているけれど、バレないように食事しなければいけなかったのだと、家庭環境の悪さを改めて知った。

 

 「唐辛子は多分、嫌がらせだったんだろうけど、おいしくいただけたから俺にとっては大サービス」

 「まじで味覚イカれてんな」

 「翔也にも言われた」

 「世の中にはもっとおいしいもんがたくさんあるから色々食べような」

 「広太の奢り?」

 「あぁ、全部奢ってやるよ。え?」

 「え?」

 「え?なんて?」

 「え?答えたじゃん」


 あまりにも自然で気付かなかった。おかげで聞き返すタイミングを誤った。


 「今、広太って」

 「うん。広太でしょ」

 「え、うん。誰も呼んでないのに」

 「優が呼んでるだろ」

 「あれはノーカンじゃん」

 「かわいそ」

 「やべえ、超嬉しい!」

 「名前呼んだだけじゃん」

 「それが嬉しいんだよ!」


 意味が分からないという様子の空の手を取りぶんぶん振った。

 名前を呼び合う友達がほしいと願った。でも空は最後まで呼んでくれないだろうと思っていた。まだ誰も呼んでいない名前で呼ばれると特別感が芽生える。空に呼ばれるからこそ特別感が増す。


 「空!これからいっぱい楽しいことしような!」

 「え、あ、うん。ありがとう」

 「朝食作ってくるから待ってて!絶対ここにいて!」


 孤独がなんだ。俺には友達と呼べる人がいるじゃないか。ちょっと人より早起きだからってめそめそすることないじゃないか。俺はみんなより早く起きてみんなの朝ごはんを作るんだ。全然ひとりぼっちじゃないぜ。


 はぁ〜〜〜、幸せってこういうことを言うんだな!俺って世界で一番幸福かもしれない。

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