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君がいたから  作者: HRK
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side 鏡堂 広太




 毎週火曜日は昼休み前に体育があり、多くの生徒が気の抜けた掛け声を出す。F組との唯一の接点になる体育の合同授業。別室で試験を受けている空の姿は当然無い。

 秋に移り変わろうとする時期。まだグラウンドの向こうは陽炎が揺れていた。


 「え?あいつが?」

 「うん」

 「っしゃ、締め上げるか」


 ぼーっと別チームのサッカーの試合を見学している俺の後ろが何やら騒がしい。S組vs F組の練習試合。たかが体育だけどまぁまぁ本気。学力で勝てない分、実技でって考えてる生徒が多いのかも。


 「何の話?」


 真後ろにいる斎藤が闘志を燃やしているが、俺たちの試合はもう終わった。巌と優と斎藤と、近頃よく絡んでいる。そこに試合中の伊藤が加わればS組内のいつメンが出来上がる。俺は特に関わっていないけれど何故かいつも近くにいる。


 「あのやる気ないゴールキーパーが空の悪口書いてたって話」

 「しょうもな」


 斎藤が指の関節を鳴らして肩をブンブン回しながら答えた。悪口って小学生か。

 F組のゴールキーパー、名前は確か…明村だったか。去年、空と話しているところを何度か見たことがあるが今年になってからはめっきり話さなくなった。空が学校を辞めないように説得してくれたのも、こいつだったはず。


 「あいつとは同中で、一年の頃は勉強教えたりもしてたんだけど…」

 

 暗い面持ちで話し出したのは巌だった。


 「二年になってから変わったっていうか。人の悪口を言うことが増えてさ」

 「超ヤな奴じゃん」

 「誰がどこで聞いてるか分からないから辞めようって言ったんだ。そしたらパッタリ…」

 「うわーダル」

 「SNSに俺とか空の悪口をぶわぁぁぁあっ、って噂で聞いて、まさかね、と思ったんだけど、書いてたんだよね」


 まじで小学生じゃん。恥ずかしくねーのか。

 巌と斎藤の会話を横目に明村を見る。なんつーか女々しいな。


 「仮にも友達だと思っていた相手に、自分の見えないところで悪く言われてたら凹むよね…。悪口の内容もそうだけど、普通に生活してたら、明らかな悪意を向けられることってそう多くないと思うんだ。ショックだったな」


 眉を下げ傷付いた表情の巌と、眉間に皺を寄せている斎藤、それから無表情の優。こいつらの顔を見ているだけで全部どうでも良くなるくらい対照的で面白い。

 悪口を書かれようが言われようがどうでもいい。自分にとって不要な人だと分かって良かったじゃないか。


 「鏡堂はそういうの、気にした事なさそうだね」


 また顔に出てしまっただろうか。


 「ない。時間の無駄。そういう奴は誰かに何か言われたくらいじゃ変わらない。そっちがその気なら関係を切るだけ。いつか独りになっても助けない。最高の仕返しじゃん?」


 ニコニコ笑顔を向けて、我ながら腹黒いかもしれないと思う。


 「鏡堂は一度敵に回したら二度と味方にならないって顔に書いてるようなもんだから誰かにナメられることもなさそう」

 「分かるわ。顔面うるさいもんな」

 「広太の取り柄は表情が豊かなことくらい。あとは全部短所。声でかい、しつこい、うるさい、しつこい」


 悪口を言われて悲しいと言っていた奴が悪口言うなよ。処すぞ。


 「全員罰金一万円な」

 「高すぎだろ」

 「二人はともかく、俺は悪口じゃなくない!?」

 「巌は偏見と決めつけで倍額でもいいけど」


 明村を殴り飛ばす勢いだった斎藤も、落ち込んでいた巌もすっかり笑顔になり、俺って天才なんじゃないかと再認識した。まぁ、天才以外の何者でもないけど。


 「なになに〜盛り上がってんじゃん」


 試合を終えた伊藤が滴る汗を拭いながらやってきた。


 「鏡堂の悪口大会。今なら何言っても許されそう」

 「まじ?テストの点数勝てますように!いつも二位の癖に威張ってんじゃねぇよ。今回は俺の方が上!ハハっ、怒った?」

 「うん、怒った。お前ら二人には二度と勉強教えねー」

 「いいですよ?こっちには学年一位の藤ノ木様がいらっしゃるので」

 「腹立つ。優はこっち側だろ」

 「広太よりこっちの方が落ち着く」

 「鏡堂ぼっちー!ぼっちぼっちー!」


 幼稚なじゃれあいだけど、全員笑ってる。悪口ってのは、こうやって本人同士で言い合って初めて許されるもんだろ。全員が同じ立場で、同じ事が許される場であれば、いじめでもないし、嫌がらせにもならない。

 明村のそれは、どれにも属さないただの悪質な嫌がらせだ。


 


 *



 「ただいまー。空ぁ?そーらー。テストどーだった?できたー?自己採点した?空ー」


 夕方、優と帰宅し空の部屋へ押し入る。頭まで布団を被る空の体を揺らして強引に引っ張り出す。


 「んん」


 眠いのか、不機嫌な空はまた布団を被ってしまう。


 「空ー。テスト用紙出してー答え合わせしよう。あ、炒飯食べた?辛さどう?足りた?」

 「んー」

 「それどっち?分かんないから喋って。ティータイムしよーぜー」



 「名前書いた?見張りの教師誰だった?何も言われなかった?」


 強制的に起こして居間へ引きずり質問する。昨夜、耳にタコができるくらいしつこく問題用紙に解答を書くように言ったからちゃんと書いていて安心。ダイニングテーブルで優に紅茶を淹れつつ、回収した問題用紙に目を通す。

 肝心の本人は質問には答えず、ソファーにもたれて寝ている。


 「残りはいつ?」


 放課後まで残れば全部終わったんだろうけど、他生徒が授業している間に帰るという話で通っているから半分しか終わっていない。問題用紙をめくりながら聞く。


 「明日」

 「明日もおんなじ?」

 「ん」


 二日連続で行って疲れやしないだろうかと思うが、正直に心配だと口にしても良いものかと迷う。空は多分、心配されるのが嫌で俺たちに何も話さない。だとしたらそっとしとくのが良いのかも。


 「明日の教科、勉強する?」

 「んん」


 今にもガチ寝しそうだけど一応勉強するって言ってるし。寝る前にやっとくか。


 「これ採点しといて」

 

 ティータイムを楽しむ優に問題用紙を押し付けて空が座るソファーの向かいに腰掛けた。何の気なしに空の寝顔を眺めてみる。

 超能力欲しいなーっつって。


 「めっちゃ視線感じる」


 目力が強いと、ただ見てるだけで強い光線が送れるらしい。寝ることを諦めた空は教材を取りに部屋へ消えた。

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